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残り12ヶ月、未性別の皇貴は誰を選ぶ━━三国の王子と王女の国取り婚姻譚  作者: ぬこ@nuko_nuko
第二十一章

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変化の儀


 ──ひやり、と背中に、腰に、尻に、足に何かが染みて来る。


 それがゆっくりと上がってきて、耳元に、とぷ、と小さな音がした。

 こぽ、と何かが入ってきて思わず身じろぎしそうになる。

 だが、全身を固くきつく布で巻かれ、横たえられているため指先ひとつ動かすことができない。


 恐らく箱のようなものの中にいるのだと思う。

 かたん、と蓋が締まる音がしたのは、どれほど前のことだったか。

 ほんの少し前のようにも、ずいぶん前のことのようにも思える。


(寒い)


 急激に、体中が冷えてきた。

 きんと冷えた氷水に全身を浸されたかのようで、冷えを通り越して痛む。


 寒さと痛みとで体が震えそうになるが、固く巻かれた布がそれを許さない。


(痛い、痛い)


 逃れようもなく延々と押し寄せる痛みに、思わず歯を食いしばる。

 じぃんと歯の根が熱くなり、舌に力が入り、そこだけに熱を感じると急に息苦しくなってきた。

 

 頭の奥にずきんと激しい痛みが走る。


(痛い、苦しい)


 動けない。身をよじることもできない。

 ただただ痛みと苦しみを受け止め、全身が強張る。


 閉じた口の中に、鼻に、恐ろしいほど冷えた何かが入ってきた。

 苦しくてもっと息を吸いたいのに、かわりに侵入してくる「なにか」が、粘膜を容赦なく犯していく。


(苦しい、怖い、怖い)


 全身から汗が噴き出すのがわかる。

 けれど、それもすぐに冷えていく。


 閉ざされたままの目の奥に赤い光が瞬くのに気付くが、苦しさと痛みに塗り替えられた。


 ──何かが、溶けていく。


 身体の中が、どこかが、何かが、少しずつ輪郭を失っていく。

 それと同時に、身体の内側から、外側から──同時に押し寄せていた圧迫感がふっと消えた。

 


 何も、感じない。


 苦しさも、痛みも、──何も。



『変化の儀は、失敗をすることもある』

『過去には、変化の儀で命を落とした皇貴もいる』



(嫌だ)


 押し寄せる喪失感に、ざぁっと血の気が引くのがわかる。

 頭のてっぺんから首、背骨を通り胸の真ん中へと穴が開き、そこから何かが出ていくようだ。


(怖い、寂しい)


 どく、どく、と耳の奥に響く鼓動が、徐々にゆっくりに、細く小さなものへと変わっていく。


(わからない、けど、怖い、怖い)


 不安が、恐怖が、寂しさが。

 様々な感情が頭に開いた穴からじわじわと侵入してくる。

 自分が、これまで積み重ねてきたものが、心が、思考が、感情が、少しずつ抜けていく。

 

 なんとか穴をふさぎたい。こぼしたくない。なにひとつ、失いたくない。

 

 そう思っても、動けない。

 ただただこぼれていくのを感じるばかり。

 それがどうしようもなく悲しくて、恐ろしくて、


 (……いや、だ)


 ふ、と急激に眠気が、意識が遠くなるような感覚がする。

 それに身を任せてしまえば、楽になれるかもしれない。


 浮かんだ考えに、またぞくり、と寒気がする。

 

 しかし、そうしている間にも自分の内側に開いた穴は、容赦なく何かを奪っていくのだ。


 

 ***

 


 変化の儀が終わるまでの間、三人には来客用の部屋が準備されていた。

 だが、三人はコトネの部屋で待つことを選んだ。


 時折少し話をし、また、黙る。

 三日三晩続く儀の間、コトネが何を感じ、どんな想いをするのか。

 それは想像するしかできないが、考えるたび胸が苦しくなる。


(失敗をすれば消えてしまう、と導師は言った。それはつまり、人の手のおよばぬ儀式だということか)


 何物かと戦うのならば。

 手を貸すことができるものならば。


 そう思うが、何もできない。ただコトネを信じ待つことしかできない。

 それが歯がゆく、サヴジはきつく唇を噛む。


(コトネ……コトネ……お願い、戻って来て、エリン信じてるから……コトネ……)


 コトネは『第五十三代皇貴になる』と言った。

 そう言って、笑った。

 だから、と言った。


 その続きは、きっと「待っていて」「戻って来る」だと思う。そう信じる。

 ギュッと目を閉じ、次から次へと溢れる涙を、エリンはこらえる。


(たった一人で、今どんな想いでいるのかしら……)


 コトネはずっとこの部屋で育った。

 様々な重荷を抱え、重責を背負い、生きて来た。

 さらに命を懸け、今たった一人で儀式に臨んでいる。


 それを思うと、ただただ、苦しい。

 フェリカは行き場のない思いを抱え、部屋の中を歩く。


 部屋の外には、物音ひとつ立たない。

 人の気配も、ない。

 遠くで鳥が鳴く。顔を上げると日が少しずつ傾いて来ていた。


 

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