第二十篇 ミスパールの苦悩
『秩序』を司る大君主ミスパールは苦悩していた。
その理由は、ただ一つ。『混沌』を司る大君主ジェスト。
ミスパールにとって、ジェストは妹にあたる概念体だった。
同じ三位概念から派生した大君主たちは皆、兄弟姉妹のような存在である。しかし、その中でも秩序と混沌は、互いが互いを成立させる表裏一体の概念。
故に、二柱は姉妹として結び付けられていた。
「また世界が溢れている……」
ミスパールは静かに額へ手を添える。
ジェストの創り出す世界は、あまりにも自由だった。
法則は一定せず、因果は気まぐれに捻じ曲がり、境界は曖昧になる。
本来であれば一つの世界として完結するはずの混沌は、その勢いのまま他の世界へと滲み出し、侵食を始める。
その度にミスパールは現れ、乱れた構造へ秩序を与えた。
境界を定め。法則を固定し。崩れかけた世界を、世界として成立させる。
「せっかく作ったのに……何してんだよ」
そう言うジェストに対し、ミスパールはただ静かに息を吐くだけだった。
それだけではない。ジェストは気に入らないことがあれば、すぐに他の大君主へ突っ掛かる。
モートには「暗すぎる」と笑い、ロウには「熱苦しい」と茶化し、ラプラスには「面倒」と言い放つ。
その度に仲裁へ入るのも、決まってミスパールだった。
「ジェスト。貴女はあくまで世界の大きな歯車。その歯車を乱すことは止めなさい」
「うるさいな、ミスパール。何をやろうと、俺の勝手だろ」
そんなやり取りが、何度繰り返されたか分からない。
それでもミスパールは、ジェストを見捨てることはなかった。
だが、ある日。事件は起きた。
ジェストは、天界第七階層へと赴く。
「気に入らないな、ザイオン。この世界にはもっと混沌が必要なのに、お前は調和のためにしか創造しない」
ジェストは、ザイオンの元へ行くと、不満そうにザイオンを見上げた。
「それを僕に言って、どうする気だい?」
静かな天界に、両者の声が響いた。
「ザイオン、勝負しよう。今、ここで」
ジェストが告げる。それは宣戦布告だった。
ジェストの放つ混沌のオーラは、大地を揺らし、空間を砕く。
「落ち着け、ジェスト。そんなのが、認められるわけないだろう」
ザイオンは困惑する。
これは単なる喧嘩ではない。
秩序を乱す行為。
そして何より。大君主は、世界のシナリオへ直接干渉してはならないという戒律に、抵触しかねないものだった。
「――そこまで」
そんな中、一つの声が響く。
ミスパールだった。
「ジェスト」
穏やかな声だった。しかし、その声には秩序そのものが宿っていた。
「これ以上は、許されません」
その刹那、幾重もの光がジェストを包み込む。
鎖ではない。檻でもない。秩序そのもの。
世界を定義する法則が、混沌を優しく拘束した。
「くっ、放せミスパール!」
暴れようとも、秩序は揺るがない。
ジェストは抗議するが、ミスパールは首を横へ振る。
「混沌とは本来、可能性を混在させる変化への起点。無闇に秩序を乱し、壊すものではありません」
その言葉に、ジェストもそれ以上は抵抗しなかった。
それからほどなくして、大君主会議の招集される。
秩序。混沌。生。死。そして数多の概念が、一堂に会した。
今回の件を受け、大君主たちは改めて話し合う。
「僕たちにも意思が宿っている以上、互いに思うところがあるのは自然なことだ」
始めに、ザイオンが口を開く。
「しかし、それを世界へ持ち込むことは許されない」
それに、変化を司るアナストロも続いた。
しばしの沈黙。やがて、一つの結論へと至る。
「不平不満があるなら、公の場で決着を付ければいい」
そう提案したのは、性質を司るオールだった。
私情を世界へ持ち込まない。戒律を守る。互いを尊重する。
その全てを満たす方法として、大君主たちは決議した。
個々に対して不平不満がある者は、公の場で正々堂々と決闘を行うこと。
世界へ干渉せず。私怨を持ち込まず。力と信念のみで決着をつける。
この決議は、後に長い年月を経て一つの催しへと発展する。
概念と概念が競い合い、互いを理解し、親睦を深める祭典。
後世の世界では、こう呼ばれることになる。
――大君主親善大会。
その始まりは、一柱の姉が、一柱の妹を止めた小さな出来事だった。
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