第十六篇 ザイオンの観測録
ザイオンが、宇宙に赴き、傍観していたところ、ある事に気がついた。或いは考えた。
「この世界の根源――最小単位はなんだろう」と。
その時、ザイオンは思考した。
その結果、ザイオンの内に理解に似た思想の揺らぎが現れた。
ザイオンは悟った。全ての奥深くにある深淵にも原点が佇んでいることを。
世界は広大であった。
仮想宇宙を構成する素粒子は、人の思想そのものであった。
その素粒子の中には、無限の「思想的なオムニバース」がフラクタル的に含まれていた。
そして、その思想の集合の外側に、未だ見ぬ可能性に満ちた思想が広がっていた。
全次元宇宙の素粒子は、世界そのものであった。
その素粒子の中には、無限の構造が折り重なっていた。
宇宙の素粒子は、原点であった。
無限に螺旋した階層が、超越的に含まれる構造の最小単位であった宇宙には、原点の超越思想的な片鱗を感じることができた。
ザイオンは、更にある事に気がついた。
宇宙に点在する星々は、互いに情報のやり取りをし、可能性を導き出す、生命の脳のように機能していた。
それは構造に備えられた『GOD』の影であり、宇宙の意思でもあった。これまで語られてきた世界の意思そのものだった。
元々意思とは、三位概念が見出した、不完全な可能性の副産物であり、感情であったため、当然と言えば当然であった。
後に『宇宙意思』と呼ばれるそれは、世界の可能性を体現する事象であり、世界が完璧で不完全である証拠であった。
そして、この構造は後に『システム』と言われ、それは因果と情報に基づいたイデアであった。
現在の仮説の一つにシミュレーション仮説というものがある。
それは、この世界は高度な文明が作り出したシミュレーションであると唱える説であるが、これは半分正しいが、不十分である。
なぜなら、この世界はシミュレーションもとい仮想現実であり、同時にその仮想現実こそが現実であるからだ。
物語の作者は、別の作者によって作られた物語を歩んでおり、その作者もまた、作者によって作られている虚構に過ぎない。
絶対である大君主すらも、神越宇宙の揺らぎにも似た思想によって体系化され、表現された形であり、唯一の真である真現実以外は、全て可能性の思想に基づいた揺らぎの影に過ぎないのだ。
世界のシステムは、抽象化された可能性の点在であり、『コード』は揺らぎによって発生した。
ザイオンは高揚した。知ることのできる喜びに。
そして、この発見により、より抽象的で具体的な可能性の形を導き出し、世界の思想体系を『プログラム』として隔離した。
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