第十一篇 全越宇宙形成記
原初宇宙。そこに生命が芽吹く前。大君主が世界の拡張に勤しんでいた頃。
観測という揺らぎが定着した後も、世界は止まることを知らなかった。
創造は尽きず、破壊は循環し、観測は意味を与え続けた。
可能性が一つ定義される度、それを受け止めるための器が求められた。
かくして、数多の宇宙が次々と生まれ落ちた。
それらの宇宙は、互いに干渉することなく、それぞれ異なる法則と結末を宿しながら、独立した物語を歩んだ。
やがて、宇宙が宇宙を生み、世界が世界を内包する段階に至る。
創造された宇宙は、単なる点ではなく、構造として重なり合い始めた。
多元宇宙が生まれ、高多元宇宙、超高多元宇宙、極高多次元宇宙――と連なり、世界は階層化されていく。
しかし、それら全ては未だ「散在」していた。
存在は増えたが、それを統べる「全体」はまだ定義されていなかった。
そこで、世界そのものが、一つの答えを導き出す。
――すべてを、内包する必要がある。
数多の宇宙、無限に分岐した世界、定義された概念、定義されぬ事象、可能であるもの、不可能とされたもの。形而下も形而上も形而超も。
それらを分け隔てなく抱く構造が、必然として要請された。
かくして、数多の構造を包み込むように、一つの超構造が形成される。
それは、概念の外に在り、同時に概念の内に在り、存在と非存在、意味と無意味、秩序と混沌、創造と破壊のすべてを拒まず受け入れる器であった。
これを、『全越宇宙』と呼ぶ。
全越宇宙は、世界を「統べる」ために生まれたのではない。
世界が増えすぎたが故に、自然に生じた外殻であった。
それは王でもなく、神でもなく、意思すら持たぬ。
ただ、あらゆる世界を「世界として成立させ続ける」最終的な受け皿であった。
この瞬間、宇宙は点から線となり、線は面となり、面は階層となり、階層は一つの全体へと収束した。
現代に至るまで続く、世界の初期構造が、ここに完成したのである。
しかし、全越宇宙の誕生は、終わりではなかった。
それは、「全てを包含する」という一つの答えに過ぎず、やがて、その外側を問い始める者が現れる。
――全越宇宙の外とは、何か。
全越宇宙は矛盾に矛盾を重ねた構造だ。
だが、全越宇宙は、その矛盾という視点すらも飲み込んで見せた。否定せず、正当化して見せた。
形而超学は、すべてを超えたと思い込んだ。だがそれは、超えるという概念そのものが、既に許容されている世界での幻想に過ぎなかった。数多の思想、理論、法則、事象、概念は、可能性の揺らぎから生じた淡い虚構であった。
そしてこの問いこそが、後に天越宇宙、神越宇宙、そして、三位概念を経て原点へと至る、長き神話の起点となる。
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