異世界から召喚された用済み聖女は無口な護衛と終わりの道を往く
この物語はハッピーエンドを迎えた。心躍るような冒険も、ロマンスも、特になく。この巡礼の旅はこの世界の大多数によって喜ばしい結果に終わった。めでたしめでたし。
じゃあ、異世界から召喚されて、聖女になった私の行く末は?
全部終わった。ハッピーエンドというやつなのだろう、めでたしめでたし。
世界からの聖女召喚・聖女の選定の儀で一般女子高生である私とその他女子高生数名の無差別の召喚から始まり、ただ一人だけ聖女適性資格を持っていると認定された私はオルディ国各地の聖地巡礼の旅、聖女による浄化儀式、魔王の封印、その他諸々面倒ごと全て終わらせた。もちろん、他の召喚者はオルディ王国城で他貴族と同待遇を受けながら悠々自適に過ごしていることだろう。
しかし、この国を揺るがす色々諸々を終わらせたことによって、聖女のやるべきことは終わった。いわば聖女はもうこの世界には必要ではなくなった、と言ってもいい。不必要になった重い肩書をこれ以上背負う必要も無い。聖女召喚によって無差別に召喚された女性たちの中の一人、聖女・シオリはもうお役御免なのだ。そもそも私みたいな一般人がこんな重大なお役目をするなんて場違いだった。……なんて他の人に知られたら「まあまあ聖女様そんなこと仰るなんて!重大なお役目なのですよ」と嫌味な神官に怒られるのかな。それは嫌だな、怒られるのは苦手だし。
他の召喚者は「聖女?とかいうやつのためにウチらも巻き添え食らったんだからアンタ一人でどうにかしてよね」「てか、王子様いるらしいよここ」「何それファンタジーじゃんウケんね」「んじゃアタシお姫様になっちゃうかな〜」と完全に他人事である。まあ、他人事だよね。
だからこうやって、聖女を一気に引き受けて、そして全てを終わらせた一般JKの私が魔王城帰りの馬車でのんびりガタガタ揺られている。魔法も魔王も簡単じゃなかったけど、達成感はあったし、それに私一人じゃなかった。心境的にはこれが大きい気もする。あんなに荒れていた魔王城周辺の気候も今は嘘みたいに薄くオレンジが広がって穏やかな夕暮れ。それは元いた世界と変わらない綺麗な景色で、ファンタジーみたいだと勝手に思っていた。あっちの世界もこっちの世界も変わらないのかも。色々と。
そうやって余韻に浸っていると、流石に気付いた。射抜くような視線。彼だ。
「……あの、何か?」
「いえ」
「そうですか。てっきり用でもあるのかと思いました。」
「…………………………」
目の前にいる護衛の彼はすっかり黙ってしまった。濡羽色の睫毛は伏せられていて、何か言いたげだ。もしかして彼もこの旅の終わりを憂いている、とか思ったりするんだろうか。そんなわけないか、私じゃあるまいし。
この罰のような旅に彼も巻き込んでしまった。護衛として、聖女と一緒に旅をする騎士。異世界から召喚した聖女を見張るためだけの役割を持った彼は、私と同じ色のウェーブがかった黒髪に海のように青い瞳で、整った顔の造形に相応しく静かな人だ。異世界のゴタゴタに巻き込まれた、私と彼。よく考えたら似たようなものなのかもとすら思えてくる。旅の間は彼といると心地が良かったし、気を尽くしてくれたのだろう。付き合わせて申し訳がないことをしたと思う。
また、車窓を眺め始めた。だって今しかない自由だもの。精々満喫させてもらっちゃお。そうして私たちが乗っている馬車の外は清々しいほどに美しい草原だった。
「綺麗。」
「どうしてですか。」
「え?」
「どうして貴女様はそうしていられるのですか。」
青色の瞳が揺れていた。怒っている、のかな。私はいつも無口で少し不器用で生真面目な彼しか見たことがなかったから、こんな彼を見るのは初めてだった。
「どうしても何も、綺麗な物には綺麗と言いたいじゃないですか。」
「その綺麗な景色は確かに貴女が取り戻したものです。私たちでは取り返せなかった。だからこそです。」
「何が言いたいのですか?」
「この世界に無理矢理連れてこられ、貴女がやる必要のない苦行を強いられ、そうして今。この後我が国に戻った先で何があるかは知っておられるのでしょう。召喚された聖女の行末は、神官からすでに聞いているはずです。」
彼は顔を歪ませながら私を見抜いている。オレンジに照らされた髪色が彼の中の優しさを表しているようで、なんだかこんなところでおかしくなってしまう。
この国では召喚された聖女は元いた場所に帰すことができない。この世界の魔法技術的に不可能なのだそうだ。だから、聖女は聖女らしく、神殿で慎ましやかに貞淑に保管される。聖女がいればその地は常に浄化され、魔物の発生を起こさせない。あの面倒な魔物退治やらに二度と赴くこともなく生きたままで伝説となる。それが何を意味するかというと、この国にある大神殿に生きたまま棺桶に入れられるということ。この国のために生贄となることである。
彼はそのことを言っているのだろう。初めて会ったときは機械と喋っているみたいだったのに。同情、されているのかな。この生贄のような小娘に。
「知っています。だから、貴方こそ喜ぶべきなんです。私のような小娘に優しさを見せることなく、貴方の国のスーパーハッピーなビッグニュースに心躍らせるべきなんです。」
「喜べるわけがないじゃないか」
「何をそんなに怒るんですか」
「知ってしまったからです。」
「ああ、『聖女の行末』をですか。私も承知の上ですよ、むしろ今まで殺さず生かし続けられていたことに感謝した方がいいかもしれませんね。いや、お役目を終えたからこそ用無しになっちゃっただけなのかも。」
「違います。」
「はい?他に何があるんですか」
「貴女を好きだと、知ってしまったから」
苦しいとでも言いたげな顔で彼は私に言った。一拍置いて深呼吸をするとまた真っ直ぐに私を見つめる。
目の前にこの騎士はそう言った後で、まるで自分の発言に確信を持ったように瞬きをする。
「貴女が好きなんです。聖女シオリ様」
唖然としている私を見て、見つめ直して、そうしたことで彼は止まらなくなってしまった。
「凛としているお姿が好きです」
「ど、どうも」
「誰もを差別することなく接しているその平等性も結構好きです」
「え、あ、はい」
「でもあんまり人の前に出るのは苦手そうなのも守ってさしあげたくなります」
「まも……って何言ってるんですか貴方。」
「それでいて、他の聖女よりも責任感があってしっかりしているのに、ご自分のことになると少し疎かになっていると私が支えなくてはと思ってしまう」
「いや自分のことは自分でやりますから!次はちゃんと忘れ物とかしないようにしますし!」
「誰かのために平然と努力ができる、尊い方で」
「私のせいで足を引っ張りたくないだけですよ。」
「誰かのために心を痛めるところを見ると代わって差し上げたいと同時にその原因を根こそぎ断ちたくなる衝動に駆られる。そして、他の誰かではなくどうか私を見て欲しいと欲張りにも思ってしまう。そうして貴女が思うのは私一人だけでいいと、そうなってしまえばいいと思うのです。」
その怒涛の告白に、言葉が出なくなってしまった。おそらく今、私は顔が真っ赤になって火を吹きそうなほど熱くなっている。口端がむず痒くって仕方ない。目線をあげれば彼は子犬のような青い目でやっぱり私を見ていた。馬車は変わらず揺れている。それらが私を現実に引き戻していく。
「私は貴女が好きなんです」
「その、わかりましたから。」
あまりの恥ずかしさに彼の口を手で塞いでしまった。が、それも容易く絡めとられる。
「いえ、まだ1割ほども伝えられてません」
「どんだけあるんですか!」
「話せば三日三晩でも足りません」
「貴方実はおしゃべりなんじゃないですか!?」
「貴女のことだけでこんなにたくさん伝えたいことがあるんですよ、まだ足りません。」
絡めとられた私の手を彼が口元に寄せる。それは紛れもなく手の甲へのキスだった。
「足りないから、生きていて欲しいんです。聖女様、シオリ様。」
縋るようなそれに、彼が漏らした本音が確かなんだと私にもわかった。握られた手は彼の額に押し付けられて、それこそ真摯な祈りのように真っ直ぐに伝わる。
「この国のために身を捧げるのなら、この国のために貴女が死ぬのなら、私のために生きてくれませんか?」
わがままな人だ、最後の最後になんてこと言ってくれるんだこの人は。これでは、私の覚悟なんて欠片も意味がなくなっちゃうじゃないか。
「困らせてしまって、すみません」
「……本当ですよ、貴方って人は」
「後悔したくなくて、言ってしまいました。聖女様になんとお詫びを申し上げれば良いのかと」
「貴方今そんなにお詫びしたいと思っていないでしょ。こんな土壇場でこんなこと言うんだから。むしろ清々してる感じがします」
そう言い切ると彼は目を細めて微笑んだ。うわ、すごい破壊力だ。それよりこの人笑うとかできるのか。私は妙なところで感心した。
「この旅で我が国のために身を尽くしてくださる尊いお方に、そんな懸想を抱いてはいけないとあんなに心に決めていたのに、しかもそのお方にわがままを言ってしまうとは、私は騎士としては失格といえるでしょう。」
「私はそんな偉大とかじゃないですからいいんです。道中いつも守ってくれて、貴方に感謝しているんですよ。」
これは本当のことだ。彼がいなくては、この世界のことをろくに知らずにそのまま旅をしていた。この世界にも上手く馴染めずに旅をすることになった私なら、おそらくまだ魔王を封印していなかっただろう。だから、当たり前ではないことをやってくれた彼には精一杯の感謝を伝える。
「そ、んなことを言われてしまうと私はどうしたらいいのです。私は騎士として当たり前のことをしただけなんですよ」
「それがすごいことなんですよ。それに旅の間は私の話の聞き相手もしてくれたし。貴方はあんまり喋ってくれなかったけど」
「……………………」
「黙っちゃった。」
「私は護衛騎士失格同然の人間です。」
顔面蒼白になりながら悲壮感に塗れている。しかも、ものすごくダメージを受けて有名小説のタイトルみたいなことを言い出してしまった。私はそんなことはないと思うけどな。
「ですが、使命を受けたからこそ任務は果たさなくてはなりません。」
「はい。」
「聖女シオリ様の護衛騎士、並びに王族の一員として聖女の行く末を見届ける。これが私の任務です。」
「はい。……?すみません、貴方って王族の一員だったんですか?」
「一応王位継承権第二位になりますね。しかし、王位を継ぐのは兄上ですし、私は末席に座しているだけなんです。」
さらっと言っているが、私は急に恐ろしくなった。王族の人になんて不敬な振る舞いをしたんだろうか。
「王子様なんですね、私不遜な態度をとってしまいました。すみません。」
「いえ、私は一護衛にしかすぎません。それもダメ寄りの騎士です、頭をお上げください。」
謝れば彼はさらに自分の発言でへこんでいる。さっきまでいた無口でクールな感じとはちょっと程遠くなってきた。これが彼の素なのだろうか、面白い人だなあ。
「では聖女の行く末を見届けるのが、貴方のお役目なんですよね。」
「はい。」
「では、私からのわがままがあるんですが、聞いてもらってもいいでしょうか?」
目の前の彼を真っ直ぐ見る。静かに頷くと、安心して話出せた。この人なら聞いてくれるかもしれない、そんな希望を持てるんだから私はいい人に巡り合えたと思う。
「私がこの国のために死んだら、貴方だけは悲しんでくれますか?」
それが私の願いだった。
異世界に飛ばされる前もそうだった。聖女シオリ、柿原詩織は俗に言う「要らない子」だ。一人の女の不倫の末にできた、実の父から認められなかった人間だった。母は実の父に「要らない子」を認知してもらうために産んだが、そんなこともなく蒸発した。結果、私は誰からも望まれることもなく、親族をたらい回しにされながら疎まれながら生きてきた。誰かに思われることもない、思うことはあっても無意味だと私は知っていた。すでに何回もあったのだから。
だから、異世界に飛ばされても悲しむ人なんていない。なら、私が救った世界で潔く散っていったっていいじゃないか。そう思っていたけれど、やっぱり私は強欲なのかもしれない。
「……重いですよね?嫌なら忘れてください。願い過ぎですし」
そんな私の欲深さを知って呆れたんだろうか。彼はまた顔を歪めていた。怒らせたかな。
「私は……」
「いいんです、気にしないでください。貴方がなんでも聞いてくれるからって欲張りすぎました。あ〜恥ずかし。」
「貴女が死ぬだなんて、考えたくもないです」
彼はそう言って、言葉を続ける。目の前の人の死なんてそりゃ考えたくないよね。そう思っているとぎゅっと手を握られた。ずっと握りっぱなしなのも相まってめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
「生きて欲しいんです。私はずっとそう言っているんです。貴女に。」
「でも、聖女の行く末を神官は教えてくれました。生きたまま伝説になるのだと言っていました。それは変えられないのでしょう。」
だからこそ、私は覚悟を決めてこの馬車に乗っているのだ。この旅の終わりが、まさしく私の終わりなのだ。それは護衛の彼も充分わかっているはずだ。彼も覚悟を決めたように口を開く。
「シオリ様。貴女のわがまま、私が叶えます。貴女が死ぬときはこの世界の誰よりも悲しみ慈しむと誓います。」
「はい。嬉しいです、貴方にそう言ってもらえるなんて。」
「代わりに私からもシオリ様にわがままを言ってもいいでしょうか?」
彼からの珍しい要望に驚いたが、聞かないわけにはいかない。彼が私に対して無茶を言わないこともこの旅で嫌というほどわかっているからだ。
「いいですよ。私にできることなら、なんでも。」
「なんッ、でも……。そう言っていただけるのは大変嬉しく思いますが、あまり他の方にも軽々と言わない方がよろしいかと思います。」
「なら私にあんまり無茶なことはさせないでください。」
「無茶ですか、そうですね。私は今から結構無茶なことを言いますが、受けてくださいますか?わがままを。」
「はい。」
「聖女シオリ。オルディ王国王族第二子ディオス・ドゥーシュ・オルディからの進言により貴殿の聖女資格を剥奪する。またこれをもって聖女執行任務から外れ、来賓と同等の待遇とする。しかし、聖女としての貴殿の功績を鑑みて、褒賞ならびに最大の謝辞を余から贈りたい。」
「ありがとうございます。」
オルディ国王からの言葉にそう返すと王宮内には割れんばかりの拍手が鳴り響いた。これも結構恥ずかしいのだけれど、彼のためなのでやりすごそう。なんでもする、とは言ったがここまでかと思うと結構気軽に言ったのかもなあ。
かくして、私は彼のわがままを聞くことになった。彼のわがままは簡単なようで、それでいてまさしく無茶である。
彼のわがままは簡単で『聖女でなくなること』であった。無茶苦茶だ。
聖女は清く正しく、そして処女であることと聖魔力が誰よりも秀でていることが条件である。誰にも触れられていないものを誰かが触れたことによってその条件は棄却されることから、私は私の護衛騎士によって聖女資格剥奪を王に直訴した。その結果受諾されて今に至る。この国の聖女の行く末も、私が未来永劫ここに存在することによって解決する。聖女の行く末についてもこれから解決していくつもりだ。
「シオリ様、私のわがままを聞いてくださり、ありがとうございます。」
「本当ですよ、貴方のわがままも聞いたんですから、私のわがままもちゃんと聞いてくださいよ。」
「勿論です。貴女の存在を誰よりも慈しみますから。一緒に永遠に旅に出ることも可能です」
「やりすぎですよ、重たいです」
「事実ですから。」
彼は微笑んで私を見つめる。私と彼の揃いのリングがちらりと光りそれが現状を実感させてくれる。
そうして、この物語はハッピーエンドをちゃんと迎えることになったのだった。めでたしめでたし。




