漫画研究部のやる気と言ったら
学校の最寄り駅である波冶駅から邑石咲璃という女子と約10分ほど走って、俺は30分ぶりに波冶高校に戻ってきた。
生徒用の入り口という扱いの西門をくぐると、邑石はようやく速度を緩めて息を切らしながら俺の方を振り返ってきた。
「漫画研究部の部室ってさ、五階の突き当たりだったよね? 階段上るの疲れるし、ここからは歩いて行こうよ」
「よく五階の突き当たりだって知ってたね。五階は廃部寸前の部活が集まるからほとんどの学生は詳しい場所なんて知らないのに」
俺が呼吸を整えながら答えると、邑石は前を向き直し顔を傾げて、
「あれ? 私なんで知ってるんだろう? 五階行ったことないのにな」
と呟いた。
「まあ、ウチは昔からあることないこと言われまくって悪い噂が立つことが多いらしいから、それで聞いたのかもね。あ、さっき階段上るの疲れるって言ってたけど、五階まではエレベーターがあるからそれで行けるよ」
疲労を気にしていた邑石にエレベーターという五階利用者だけの裏技を教えると、さっき駅のホームで見せた悪い笑顔で俺の方を振り返ってきた。
「エレベーターがあるのは知ってるよ。でも使わない。そもそも中央階段から行くなんて言ってないよ? 」
「え?」
「中央階段もエレベーターも部員さんたちと鉢合わせするかもしれないでしょ? それに五階まではもう一つ階段あるじゃん......ね!」
速度を上げて再び走り出した邑石を追っていくと、段々と人気のないところに入っていき、ようやく止まると、目の前に今にも崩れそうな非常階段が建っていた。
「マジか......これは確かに疲れるな......」
「よし! 行くよ!」
ギシッ、ギシッ。
怪しい音のする階段を気合を入れて上り始めた邑石の後について俺も上り始めた。
「はぁはぁ、やっと着いた......」
五階についた途端に地面に手をついた俺に向かって、邑石は言い放ってきた。
「もう、こんなんでへこたれすぎだよ。それでも男子高校生なの?」
「いや......荷物見て荷物。そっちスッカスカの通学バッグしか持ってないけど、俺パンパンのリュック背負ってるからね?」
邑石のバッグの中身に教科書が詰まっていたとしても、俺の背負っている合計約20キログラムのリュックには到底敵わない。
見た目からして重いのはわかるはずなのに、邑石はデリカシーの無い言葉を続けた。
「君そんな弱っちくていいの? 漫画研究部の部長さんでしょ? 私先に行ってるから追いついて来てね」
「くそ......こいつ......」
そのまま歩いていく邑石から5歩ほど遅れて、俺も進み始めた。
「まあ、俺は漫画の感想をそれぞれ言い合うとかやってみたい」
「いいなそれ! そういうの憧れだったわー」
「それに、合作で漫画作るとかもやりたいよな」
これは漫画研究部の部室でのとある部員二人の会話だ。それを今、俺は邑石と扉に隠れてこっそり聞いている。
部室の前に到着してから一言も発していなかった邑石が、小さな声で俺の耳元に問いかけた。
「思ったよりさ、部員の皆やる気あるんじゃない? こんな感じなのに協力してくれないことなんてあるの?」
俺は邑石の方を向くことなく、小さな声で返した。
「部員それぞれに何かしらやりたいことがあるのは薄々気付いてるよ。問題は全体でのやる気なんだ。漫画研究部のやる気と言ったら......」
「言ったら?」
俺が一番大事なところを答えようとしたその時、部室の中から足音がこちらに近づいてくるのに気が付いた。
咄嗟に、俺は部室の扉が開く瞬間に隣の空き教室の扉を開けて、邑石と一緒に飛び込み床に横たわった。
「......ん? 今この教室誰かいたか?」
「何言ってんだよ。ここずっと空き教室なんだろ。お前の勘違いじゃね」
「そうだよな、すまん俺の勘違いだ」
離れていく二人分の足音。完全に聞こえなくなったところで、俺はようやく体を起こした。
「危なかった......先に帰ったはずの俺が隠れてたなんてバレたら......」
「バレてはいるけどね」
俺の呟きに反応した声は、横で体を起こそうとしている邑石のものではない。
声の主を知るため扉の方を見ると、先ほど閉め切ったはずの扉が僅かに開いていて、そこからまるで獲物を狙っているような鋭い目がこちらを覗いていた。
その正体を探ろうと俺が声を出す前に、邑石が先に声を上げた。
「あれ? 美純? なんでここにいるの?」
威圧さえ感じるウルフカットヘアの美純と呼ばれた人物は扉を開け空き教室の中に入ってくると、まだ体を起こしきれていなかった邑石の手を掴み、そのまま引っ張り上げた。
「咲璃が男子と非常階段上ってくのが見えたから、気になって追いかけてきたの。そしたらそこの扉の前でコソコソしたり、かと思えば急にこの教室に飛び込んでいくから何事かと思ってね」
「あはは、見られてたんだ。それならすぐに合流すればよかったのに」
立ち上がった邑石がそう言うと、美純と呼ばれた人物は俺の方を向いて鋭い目で睨みつけてきた。
「咲璃には申し訳ないことをしたと思ってるけど、やっぱり未遂よりも現行犯の方が検挙はしやすいからさ」
「え? 検挙?」
目の前の人物の口から突然飛び出した「検挙」という言葉に俺が驚いていると、邑石がその人物の両肩に手を置いて話し始めた。
「あ、違うからね!? 美純もしかして私が襲われたと勘違いしてるんでしょ?」
「違うの?」
「全然違うからね!? 私とこの鹿原くんはそこの部室に用があって来てただけで、そしたら部員が出てきそうだったから急いでこの部屋に隠れただけ! だけ!」
「ほーん」
邑石の説明に納得したのか、美純と呼ばれた人物は俺を睨みつけるのをやめ、「ごめんね。勘違いだった」と言いながら俺の腕を掴み引っ張り上げた。
立ち上がった俺は目の前の美純と呼ばれた人物を見て気付いた。
「あれ......女子だったの?」
野性味すら感じるウルフカットに鋭い目つき、そして俺を簡単に引っ張り上げることの出来る腕力から勝手に男子だと決めつけていた。
しかし、明らかに筋肉系の膨らみではない胸、やけに丈の短い制服のスカート、黒いタイツで覆われた細い脚、そして俺よりも明らかに小さい背丈といった女子でしかあり得ない容姿をしていることに気付いた。
「それ失礼じゃない? 鹿原くんだっけ? 君モテないでしょ」
眉間にしわを寄せて再度俺の方を睨みつけてくる美純と呼ばれた女子。
すぐに謝ろうと俺が声を出したが、それはまた別の人物の声にかき消された。
「モテることは学校生活に必要ですか? 否。不必要です。五階の使われていない空き教室から音が聞こえると思って来てみたら不純異性交遊とは......」
空いた扉の向こう側に腕組みをして立っている、青い長髪の女子生徒が俺たちを睨みつける。
最初こそ気付かなかったが、その胸元に付いたバッジを見て俺は思い出す。
「......あ! 踊川生徒会長!?」
「今更ですか」
俺が一年生で部長になったこともあり踊川生徒会長とは顔見知りだった。
「あの、私たち処罰の対象になるんですか?」
「ホントに私たち不純な事してません!」
驚いていた美純と呼ばれた女子と邑石がようやく口を開くと、踊川生徒会長はため息を吐きながら俺たちに向けて言った。
「まだ入学して半月ですから今回だけは見逃します。見たところ、その......チをしたわけではない様ですし」
「「「......チ?」」」
はっきり言わなかったところを俺たち三人が復唱すると、生徒会長は顔をみるみる紅潮させていき、
「......ッ! つまり! 次はないということです!」
と言い残して去っていった。
「......」
残された俺たち三人の間に流れる静寂。
俺が邑石の方を見ると、邑石は美純と呼んでいた女子の方を見る。そして美純と呼ばれていた女子は俺の方を見る......ことは無く廊下の方へと歩き出す。
「美純どこ行くの?」
邑石が出ていこうとする背中に声を掛けると、振り返ることなく一言。
「塾だよ。先帰るね、また明日」
美純と呼ばれていた女子は手の甲をこちらに向けて振りながら廊下へと出て行った。
「私たちも帰ろっか。先行ってるね」
邑石もすぐに廊下へと出ていき、地面に乱雑に置いたリュックとバッグを俺は拾い上げ、その背中を追って学校の外へと出て行った。もちろん非常階段で。
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