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ハシラビト和合同盟

思案のニール。

作者: 回天 要人

 ヴェノバとは一体どんな人物なのかしら。

 あれだけ巨躯を破壊して、気分が悪くなったりはしないのかしら。


 破壊される巨躯(キョク)はいつ見ても惨い。実際に視覚を通して見たわけではないけれど、ヴェノバが巨躯を破壊する様は、まるで片手でリンゴを握りつぶすかのようだった。

 巨躯を一体破壊するのだって、人を一人殺すことと同じことだと思えるのだけど、ヴェノバは平気でやってのける。平気と私が思うのは、彼はすでに何度も巨躯を破壊しているから。人一人殺すことと同じ行為を何度もやってのけるヴェノバとは、一体どんな人物なのだろう。

 その精神状態は正気と言えるのだろうか。殺戮を好む人とは思わないけれど、殺すことに躊躇いのない人物であるならば、私は第三の勢力として今後二勢力を相手にしなければならない。

 ヴェノバが信頼のおける人物なのか、確かめる必要がある。


 新幹線に乗りながら、私はずっとそんなことを考えていた。ヴェノバの力の出所は東北か北陸地方。これは間違いない。とりあえず太平洋側を行くのか、日本海側を行くのか、それだけは勘と運任せに列車に飛び乗ったのだった。

 私が選んだのは日本海側。日ごろ見慣れた太平洋を眺めるよりも、見たことの無い日本海を眺めたいと思ったから。

 確立は二分の一だったけれど、私はどこかでこちらが正解ではないかと思っていた。


 どの駅で降りるのかは決めていない。でもヴェノバなら、今夜あたり再び力を使ってくれるはず。今度こそ、町の名前を特定するに至ればいいのだけど。

 列車が終点に着くまでに、どうか力を使って。私はそう祈っていた。だって、終点まで行っちゃったら折り返しの新幹線に乗らないといけないじゃない。お金がもったいないわ。

 私の祈りは通じたようで、ふと、ヴェノバの力を感じた。これでお正月の鏡餅も買えるわね…。


「………」


 近い、もう二駅先くらいかしら。やっぱり日本海側へ来て正解だった。

 私は人知れずほくそ笑む。隣の席のマダムはビールを飲みながら新聞を読んでいる。その行為はとてもマダムとは言えないけれど、格好だけはきちんとしていて、そこだけは評価できた。斜め前のリクルートの若者は、深夜に近いからか気兼ねなく席を回して向かい合っている。こちらも同じく酒をあおりながらくだらない話をしていた。この列車は酒のにおいに侵されている。私の髪ににおいが移らなければいいのだけど。

 さて、今夜の宿を手配しなければ。二駅先で降りるとするなら、かなりの田舎町であることは間違いない。私がつく頃に、まだ空いているといいのだけど。クリスマスを過ぎて、あと数日で新たな年が始まる。年末の仕事を前倒ししてまで来たのだから、絶対にヴェノバを発見しなければ。


 私は目的の駅へ降り立った。シンとしたホームにはほとんど人がいない。エスカレーターの電源もすでに落とされていて、私は長い階段を徒歩で降りる羽目になった。ブーツが立てる足音が、駅の構内にこだましている。ここまで無音なのはなぜだろう。怖いくらいに足音以外の音が聞こえない。

 改札を出ても人影はなく、かろうじてあったホテルの看板にしたがって、夜の町を歩いた。駅を出ると遠くの彼方に月に照らされた雪山が見えた。道路にもすこし、雪が積もっている。

 ああ、無音なのは雪が音を吸収したからなのね。久しぶりに目にした雪はまだ新雪で、触れると儚く解けてしまいそうなくらいふわりとしていた。

 水溜りは氷が張って、踏むとカシャンと音を立てて崩れる。転ばないように注意しながら、空を仰ぎ見た。

 寒い。吐く息が白い。この町がヴェノバの住む町なのか…。


 ホテルの空室も見つかって、私はスーツケースを開きながらあちらの様子を思い浮かべた。今日は破壊もされなかった。けれど争いは起こった。ニールは小回りが利くから、大抵の争いからはすばやく逃げることができるけれど、ヴェノバのように巨大な体を持つ巨躯は歩くこともままならない。一方的に攻撃を受けて、それに応戦する形だった。

 幹部はまだ動きを見せていないけれど、取り巻きは少しずつ動き始めている。ヴェノバとの力の差は目に見えているのに、ヴェノバを破壊しようと躍起になっている。

 平気で巨躯を破壊するヴェノバだけど、今まで自分から動いて破壊することはなかった。そこが未だよくわからない。彼は殺戮を好むというよりも、仕方なしに破壊をしているようにも見える。でもいざ破壊するとなると躊躇いがない。リンゴのようにはじけるのはリンゴではなく巨躯の体で、飛び散るのは体液に血液、そして肉片だというのに。

 仕方なしに破壊しているにしては、気持ちがいいくらい躊躇いなく破壊する。ヴェノバという人物は何を思って破壊するのだろう…。


 あくる日、当てもなく町をさまようと再びヴェノバの力を感じた。私の勘は当たっていた。ヴェノバは確実にこの町に潜んでいる。取り立ててこれと言える特色のない町。町の中心を縦断している川にはいくつもの高架橋がかかっていた。ヴェノバの力は川の西側に感じられ、私が居るのはその真向かいの東側のエリアだった。お土産は何か海の幸にしようと思って、乾物屋を覗いている時だ。いっそ年取り魚をクール宅急便であちらへ送ろうかと思っていた、まさにそのとき。

 私は商店街の乾物屋を出て、足早に駅に程近い位置にあった観光案内所へ向かった。今さっき感じた力の出所を地図と照らし合わせるためだ。向かいながら川の方角を見て、力の出所がどの辺りなのか目算する。丁度橋の麓あたりだ。駅と商店街、大きな川は一本の道路で結ばれていて、とても見晴らしがいい。土手の辺りまで行けば対岸を見渡せるのではないか。


「こんにちは」


 手馴れた営業スマイルで自動ドアをくぐった。淑女とかわいいお嬢さんが受付に並んで座っていた。同じようににこやかな笑顔で「こんにちは」と返される。


「南側から三つ目の高架橋の、西側の麓あたりの地図ってあります?」

「町全体の地図ならこちらです」


 かわいいお嬢さんがカウンターと一体になった地図を指す。透明のデスクマットの下に細かく地名や建物が記載された地図が広げてあった。

 私はその地図で橋の数を一つ、二つと数えていった。三つ目の橋は町のほぼ中央に位置している。その西側の麓にヴェノバは居るはず。


「観光ですか?お仕事ですか?」

「ええ少し、仕事でね」


 実際はそのどちらでもなかったけれど、かわいいお嬢さんの質問にはそうにこやかに答えた。淑女はやり取りを見守ることに徹している。


「……学校、があるのね」

「ええ、この町唯一の高校です。実は私も母校なんです」


 お嬢さんははにかんだように答えた。「小さな町なので、高校も一つしかなくて」と呟く。もし、私の予想通りなら、ヴェノバはこの学校の関係者だ。ただの通行人だったという場合以外は。


「ありがとう。できるならこの地図と同じもの、私に頂けないかしら」


 私はデスクの地図から顔を上げた。「この地図は無料ですから」と淑女が私に地図を差し出した。地図を受け取って、お礼を済ませると私はバス停へ足を向けていた。駅の前には大きなバスターミナルがあって、この町の主な公共交通手段はバスなのだろうと思った。あれだけ大きな川が町を縦断しているのだから、それもそうだとも思う。

 高校前へ停まるバスに乗り込んで、私はしばらく地図を眺めていた。橋の麓の大きな施設は学校以外にない。おそらくは学校関係者がヴェノバなのだろう。

 もう一度、力を使ってくれれば、確実なのに。そう思っていると、またしても運は私に味方をした。


「……!」


 ヴェノバが間近で力を使っている。出所がはっきりとわかって、私は驚きに目を丸くした。


「次は高校前、高校前です」


 丁度、バスも高校前に着く。慌てて降車ボタンを押してバスを降りた。バス停の前には校庭が広がっていた。フェンスの向こうでは雪山が校庭を埋めている。校庭の向こうには校舎があって、窓から生徒が授業を受けている様が見て取れた。

 私は降り立ったバス停から、校舎のある一室を凝視していた。バスを降りる寸前に感じたヴェノバの力は、間違いなくあの部屋から放たれていた。彼の力はコントロールをしても普通の柱人とは異なっている。明らかに強い力は隠しようがなく、私が間違えることもない。

 その部屋は電気が消され、窓際に一人の少年が立っているばかりだ。他の生徒はどうしたのだろう。少年は校庭を見つめながら難しい顔をしていた。


「あの子が…ヴェノバ…?」


 まさか、あんなに子供だったなんて…。

 四階建ての校舎、三階の端の一室。多分そこが彼のクラスなのでしょう。


 巨大な巨躯の所有者で、躊躇いなく破壊を行うヴェノバ。彼は幹部の企てを阻止しようと考えている。だけれども、破壊する様には躊躇いがない。

 憂いを帯びたような目、ふんわりと柔らかそうな色素の薄い髪。雪のように白い肌は少年なのか少女なのか、見るものを惑わせる。けれど彼が着ているのは男子の制服だ。一見して、血など見たら倒れてしまいそうなくらい儚い少年だった。あの子がヴェノバとは信じがたいけれど、あの子であることは間違いない。

 ヴェノバ発見の喜びよりも、あちらの世界のヴェノバのイメージと、あの少年のイメージがかけ離れていて、私は夢でも見ているかのような気分だった。大きな巨体で破壊するヴェノバは、形容するなら醜いとしか言えない。逆に少年は天使か何かのように美しかった。

 しばらくバス停の前で私は立ち尽くした。その間も少年は難しい顔をして窓の外を眺めていた。


 ――――――決めた。

 あの子の顔を見ればわかる。あんなに悲しそうでつらそうな顔をした人間が、殺戮を好むはずがない。

傍から見れば、顔を見ただけで何がわかると思うでしょう。けれど私の勘がそう言っていた。勘だけでこの町までたどり着き、ヴェノバ発見に至った私の勘がそう言うのだから、彼は幹部と相対する正義の味方であるはずだ。


「…見つけたわ。私たちの大将を」


 大将という単語が似合わなさ過ぎて、私は一人、小さく笑った。彼が私たちを率いるリーダーだ。どれほどの人数が味方してくれるのかわからないけれど、幹部の企てを阻止すべく立ち上がるリーダーなのだ。

 彼が何者か、調べ上げなくては。スパイか何かになった気分で、私は高校周辺を散策することにした。放課後にまた訪れて、彼が何者なのか探らなければ。そのためには、役職が必要ね。塾勧誘の営業マンにでも扮しようかしら…。

 そんなことを思いながら、私は笑みを湛えてその場を後にした。


短く、まじめに。

こうしてニールは決意を固めたのでした。

本編の裏では柱人(ハシラビト)たちが地味に活躍しています。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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