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第四幕



 佳穂が話した怖い話……というよりは、最近あった不気味に思った話。物語という程でもなく、ただ思った事があるだけだという簡単な話だった。理香に後6分と急かされていただけに、他の3人は野次を飛ばすような事は何も言わなかった。


 むしろ、共感を示した。


 急に教室で怖い話をそれぞれ話す流れになって、最後に佳穂が締めくくる事になったけれど、時間もないという事で佳穂は、最近あったふと思った不気味な事を他の皆に話して聞かせた。その内容は、また水に関すること。


「これ、最近の話で、いつも忘れた時に怒る現象なんだけど……急に床が濡れていたりしない?」

「え? どういうこと?」

「いや、だから水を垂らした覚えもないのに、そこが濡れているみたいな。そう、例えば廊下が濡れていたり」

「あはは、佳穂。それって、あれじゃない。絶対アレだよ。佳穂の家族の誰かがつけた水。例えばパパのお風呂上りあととか、脱衣所の床が濡れていたりするもん」

「うん、さもありなんって感じね」

「そうじゃないの! 私も最初は、家族の誰かだって思ってちゃんと身体を拭いてから歩き回ってよって思っていたの。でも一度じゃないし……時には、夜中にトイレに行きたくなっていった時に、廊下で水あとを踏んでしまったり、今日は自分しか家にいないって日だったのに同じく廊下、玄関とかキッチンで小さな水溜まりがあったりしたのよ。それって凄く不気味じゃない?」

「うーーん、可能性としてキッチンは、料理とか洗いものとかして水が飛んでいる事だってあるだろうし……それ程不思議に思わないかもだけど、確かに夜中とか廊下で覚えもない水溜まりをみたらちょっと恐怖するかもね」

「何かが通った後かもしれない……」


 恵がぼそりとそんな事を言った。佳穂は慌てて、それを確かめようとした。


「え? 何かって何!? 教えてよ、恵!!」

「わ、解らないわよ。でもなんとなくそう思っちゃって。って怖いよー」

「自分で言っといてなによ、それーー。でもまあ恵の言ったことも一理あるかもいれないね。水は滴るものだし、伝うから。恐怖は伝染し、人から人へ場所から場所へ伝っていくものだから。呪いもそうよ」


 佳穂の話を聞いて恵が反応をすると、理香は急に変な事を言い始めた。これには他の3人も目を丸くした。栄美が心配をして、理香に声をかける。


「ちょ、ちょっと理香。呪いって? いったい何を言っているの?」

「え? 今、私なんか言った?」

「言ったわよ。恐怖は伝染し、人から人へとかなんとか……なぜ、急にそんなことを言い始めたの?」

「え? それは……わかんない!」

「ええ! 解らない!? 自分で言った事なのに?」

「ごめん、今のはノリで言ったんじゃん! それより、ほら! ママが来てくれたよ」


 教室のドアのある方に目を向けると、確かに理香ママが立っていて、私達に微笑みかけて手を振ってくれていた。


「理香―! それに皆も、遅くなってごめんねー! でもこれからちゃんと、皆をうちに送っていくから!」

「ど、どうもすいません! お忙しいのに、家に送ってもらうって、こっちの方がごめんなさいと言わないといけないですよ!」

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」


 栄美が先に理香ママにお礼を言うと、佳穂と恵も慌てて続いた。そしてようやく教室を出ると、職員室に向かい担任の青島泳子に会って、理香ママが迎えに来てくれたのでこれから一緒に帰ると伝えた。


「もう真っ暗ね。雨もザーザー振りで、雷も鳴ってるもんね。こりゃもう、早く帰った方がいいわね。それじゃ皆、ちょっと濡れるけどあそこに停車している私の車まで、一気に駆けるわよ!!」

『はい!!』

「いい返事ね。理香は前の席ね。他の3人は後ろね。それじゃ、ゴーゴーゴー!!」


 海外ドラマや映画で見るような特殊部隊の動きのように、校舎から飛び出る5人。大雨と雷。思い切り駆け抜けて、理香の母親の軽自動車に辿り着いて乗り込んだ。


「はい、雨が入るから、乗ったら直ぐにドアを閉めて!! そうそうそう、いいわよ。あれ、佳穂ちゃん大丈夫?」

「はい、大丈夫です。えっと、ちょっと恵、もう少しそっちよって」

「う、うん。じゃあ栄美ももう少し向こうに移動してくれると嬉しい。私、真ん中になっちゃったから」

「はーーい、ちょっと待ってね」


 これから帰宅してゆっくりできる。その事が、4人に安心感を与えていた。先程まで怖い話で盛り上がっていた事を、もう誰も覚えていない。意識をしていなかった。それよりも家について、お風呂に入って暖かいご飯を食べて、お気に入りのテレビ番組を見たりネットをする。それしか考えていなかった。


 ブウウウウウ!!


 車のエンジンを入れて出発。5人の乗る車は、学校をようやく出発した。


 雨は強く降り、5人の乗っている車の屋根、ボンネットや窓ガラスを激しく叩いた。直接肌を打たれている訳でもないのに、見ているだけで痛みを感じる程だった。そして稲光。


「えっと、それじゃあ誰から家に送っていけばいいかな?」


 理香の母は、そう言って助手席に乗る娘をチラリと見た。


「えっと……誰からだろ」


 佳穂、栄美、恵は、どうすればいいのか解らず、理香と理香の母に委ねてしまっていた。


「えーー、あんたが解らないって言ったらもうアレじゃない」

「そんなこと言っても、いつもママに送ってもらっている訳じゃないから解る訳ないでしょ!」

「それじゃあ、解った! 家が一番遠い子。だれだったけ?」


 これは理香の母親意外、全員が解っていた。恵の方を見る。


「恵ちゃんね。えっと、それじゃ……」

「えっと、すいません。私の家ですけど……」


 小賀恵の住む家は、かつて廃寺があった場所に建てられた。この黒水市でも、一番見晴らしの良い場所に建てられた家で、荒水山の上にある。


 荒水山は、黒水市にある山でその標高は200メートル。大きな山ではないが、恵の自宅から黒水市を一望する事ができた。道路も整備されており、その高さからいっても車があれば距離的にも大して時間はかからない。それでも大雨の中を歩いて行くとなると、大変には違いなかった。


「それじゃ、恵ちゃんから送って行くわよー!!」


 理香の母親はノリノリで声をあげると、お気に入りの曲をつけた。そして恵の家の方へとハンドルを切る。アクセルを強く踏み込んだ所で、理香が母親に釘をさした。


「ママ、お願いだから安全運転でお願いね! 雨も凄い降ってるし」

「わーーってる、わーーってるってえ! 安全運転ね、もちろん私はいつだって安全運転よ!」

「ちょっとスピードが出てるような気がするんだけど。フロントガラスにだって、凄い雨がぶつかってきていて前が良く見えないし」

「それはそうと、あなた達。私が車で結構待ってくれていたみたいだけど、何をしていたの? お喋り?」

「うん、ママの言う通り。でも怖い話をしていたの」

「怖い話? それってどんな話?」


 理香は自分の母親に放課後、教室で皆で怖い話をした事を話した。すると理香の母親は、「百物語みたいね。じゃあ、私も一つ」と言って、話をし始めた。恵はとても怖がったが理香の母親はそれを知ってか、理香の期待を裏切って恐怖、半魚人の話をした。4人は、そんな訳はないと爆笑をした。


 雨は降り続ける――


 車は、交差点を追加。そしてまたその先の交差点を通過する。その時、佳穂ははっとするものを見つけてしまった。隣に座っている恵に聞く。


「恵」

「なに?」

「今さっき、交差点のところで、真っ赤な傘を持った女の子がいなかった?」

「え? 何を言っているの佳穂!? 怖い事を言ってまた私を怖がらせようとして……」

「確かにさっき、見たの!」

「そ、そんな訳ないじゃない! っもう、佳穂は私が怖い話が苦手だからまたそんな事を言って……」

「ううん、本当にさっき見たんだって! 偶然、赤い傘を差した女の子だったからもしれないけど、でもさっき見た子の傘、先端も持ち手の部分も全部真っ赤だった。なんて言っていいのか解らないけれど、気持ちが悪い位の赤だった」


 確かに見た。佳穂はさっき見た少女の持つ真っ赤な傘を見て、鮮やかだとかそういう風には思わなかったのだ。気持ちが悪いと感じる赤。それこそが佳穂が一番強く感じた、傘の色の印象だったのだ。ならなぜ気持ちの悪いと感じたのか。勿論それは、さっき学校で理香から聞いた話を思い出したからかもしれない。でもそれ以上に、真っ赤な傘の色が他の何でもない、人間の生々しい鮮血に見えたのだ。


「そんな訳ないじゃない。佳穂も私が怖がっているのが面白いからそんな事を言って……」

「うそ、信じられない!! ちょ、ちょっと皆、アレを見て!! 」


 栄美の信じられないという言葉に、車内にいる全員が振り向いた。すると通過した交差点に、真っ赤な傘をさした女の子が立っていた。着ている制服から女の子だという事は解るけれど、真っ赤な傘を深めにさしていて顔は解らない。佳穂が震えた事で言った。


「そ、そんな!! さっき私が見た所にもいたわ!! でもこの車は走り続けているのよ。どうやって、この交差点に先回りできるの? そんな馬鹿な……」

「ちょっと!! ママ!! 前!!」


 ドンッ!!!!


 理香の叫び声。衝撃。何かが車にぶつかった。車体が揺れる。全員がフロントガラスの方に向き直った時、ボンネットの上を女の子が転がって、そのまま屋根にあがり鈍い音を立てて下に落ちた。車を運転していた理香の母親は、人をひいてしまったと真っ青な顔で慌ててブレーキを踏む。


 車内にいる5人の脳裏には、さっきの女の子が車に激突し鈍く生々しい音を立ててそのままボンネットから屋根にあがって横へ転がっていった映像と、フロントガラスから上がっていく時に一瞬見えた彼女の恐ろしい形相がこびりついて忘れる事ができなかった。長い髪は振り乱していて、顔はよく見えずとも目は確かに合った。そしてその少女が差していたと思われる真っ赤な傘が、宙に舞い落ちた。


 振り乱した長い髪に顔は隠れて、はっきりと解らなかったものの、5人を見る憎悪の塊のような呪いの眼。見れば失禁してしまいそうになる程の恐ろしさ。金縛りになったように、彼女から顔も眼も反らす事ができなかった。


「ママ……」

「どうしよう!! ああ、神様!!」

「ママ……」

「理香!! 他の皆もこのままちょっと車に乗っていなさい!!」

「ママ!!」

「私がいいって言うまで、絶対に車から降りないで!! いいわね、理香!!」


 理香の母親は、そう言うと意を決した顔つきで車を降りた。外は土砂降りで、あっという間にずぶ濡れになる。でも理香の母は、そんな事を気にする訳もなく自分が車ではねてしまった少女の身体を探した。車に残った4人は、放心状態。


 車で人をはねた。理香の母親が、よそ見をしていたのも事実。栄美は、佳穂が見たという真っ赤な傘をさしていた少女を目にして、それを証明しようとして車内にいる全員に向かって見てと言った事を悔んだ。佳穂も同じだった。そして理香は、こんな事になるなら学校で真っ赤な傘をさす女の子の話なんてしなければ良かったと思い、恵も過剰に怖がり過ぎた事を後悔した。ありえる訳もない怖い話なんて、笑い飛ばせば皆こんなに真っ赤な傘をさす少女に気をとられる事もなかったに違いないと。


 車の外を雨に濡れながらも、あっちへこっちへとウロウロといている理香の母親。我慢ができなくなった娘は、少し窓を開けて母に向けて叫んだ。


「女の子は!? 女の子は、どんな状態なの? 今から私、救急車を呼ぶわ!!」

「待ちなさい、理香!!」

「なんで!? 人が車にひかれたのよ!! 直ぐに救急車を呼ばないと!!」

「だからちょっと待ちなさい!!」

「だからなんでよ!!」

「ひいた女の子がいないからよ!!」

「え?」

「いないの!! 車にぶつかった拍子に、ボンネットに乗ってそのまま屋根の方に転がっていって、横に落ちたわ。でも辺りには、誰もいないのよ!」

「そんなはずはない!! だって私も見たし、皆も――」


 助手席で見た理香は、後部座席へ振り返る。すると後ろにいる3人も理香と同じく見たと、頷いて見せた。でもこんな事態になっているのに、自分の母親が嘘をつく理由がない。理香は、「皆、ちょっと待っていて」と言って車から降りた。

 

 雨は強くなる一方だった。土砂降り。激しく降る雨の中を、理香と理香の母親は、車で確かにひいた少女を探してまわった。


 陽も落ちて、辺りは闇に包まれ始めていた。その中を探す。でも見つからない。幻覚だったのか? いや、理香の母親が運転していた車には、人がぶつかった時にできた形跡がはっきりとついていた。バンパーに残る凹み。もしかしたら女の子の血の跡もついていたかもしれないが、それは大雨で流れてもう解らなくなってしまっていた。


 そればかりか、肝心の車にはねられた女の子がいない。理香も母親と同じく、頭からバケツの水を被ったみたいにビショビショになっていた。そして呟く。


「女の子どころか、その子が差していた真っ赤な傘もない……」

「幻覚とも思えないわね。だって私もそうだし、理香とお友達全員目にしているんだもの。それにバンパーの凹みもそう。あの子は、確かにここにぶつかったはず……」

「でも本当にいない」

「……もしかしたら、あっちにとばされたのかもしれない」


 全員が目にしていたはずなのに……


 理香の母親は、車から少し離れた場所もくまなく調べてまわった。でも女の子も、女の子が差していた真っ赤な傘も出てくる事はなかった。





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