第一幕
黒水西女子高校二年B組、教室。
この日の放課後、佳穂は親友の栄美、理香、恵と4人で教室に居残ってお喋りに夢中になっていた。梅雨のこのジメッとした季節、外はシトシトと小雨が降り始めていた。
佳穂は、本当はさっさと学校から家に帰りたかった。見たいテレビ番組があったからである。でも傘を忘れてしまった。誰かに途中まで入れてもらえばいいとも思ったけれど、栄美、理香、恵の親友3人もこの日は揃って傘を持ってきてはいなかったのだ。
傘を持ってきている生徒達は、学校から帰宅を始める。でも佳穂たちは、教室の1番右の後ろ、窓側の席に集まってペチャクチャとトークを弾ませる。
話はコスメから話題のアイドルになり、そこから今見ているテレビドラマへと移った。そして現在進行形で、好きな男はいるのかって話。この位の女の子なら、誰もがするような普通の話をしていた。
すると次の瞬間、窓の外がピカっと光った。稲光。栄美と恵が悲鳴をあげると、理香が大笑いをした。
「きゃあああっ!!」
「雷!!」
「あはははは、乙女だねー」
「えーー、理香と佳穂は怖くないのー? ピカ―って光ったし、結構大きな音がしたよ」
「確かに今のは、何処かに落ちたかもしれない。でも学校に落ちても避雷針あるし、ぜんぜん大丈夫なんじゃん?」
「理香は本当に楽天的だねー。まあ、佳穂も一切動じてなかったみたいだけど」
「ま、まあね。避雷針だってあるし、怖くはないかなー」
「本当にーー?」
佳穂は強がってみせた。それがまたおかしくて、仲の良い4人は揃って大笑いした。そしてシトシトと振っていた雨は、更に本格的な雨へと変わる。傘を差さずに帰宅するともなれば、学校の正門から外へ出る前にバケツの水を被ったかようにビショビショになるだろうって事は、誰にも予測がついた。
「うわーー、めっちゃ振っているな。これじゃ、帰れないよーー」
「私、ママに電話しようかな。迎えに来てくれって」
「理香のママって、凄く優しいもんね」
「ママは誰のママだって優しいもんでしょ。よし、電話してみよう」
理香はそう言うなり、スマホを取り出して電話をかけ始めた。栄美がぼやく。
「うーーん。私も迎えに来てくれって電話しちゃおうかなー。でも今日は、両親共ちょっと旅行に行っちゃってさ」
栄美の言葉に佳穂は驚いた表情を見せた。
「え⁉ 両親共に旅行って……栄美のお父さんとお母さん、栄美を置いて2人だけで旅行に行っちゃったの?」
「うん、そうなんだよ。ラブラブなんだよね」
「それ、ちょっと酷くない」
「ううん、本当はね、私が2人だけで行ってきていいよって言ったんだ。だから別にいいの」
「そうなんだ。それ、なんだかいいね」
佳穂と栄美の会話を聞いて、うんうんと頷く恵。そこで理香の電話が終わって戻って来た。
「どうだった?」
「うん、もうちょいかかるけどね、ママが車で学校に迎えに来てくれるって」
「やったー、良かったね」
「佳穂、何言ってんの? 皆もだよ。私が皆と一緒に雨宿りしているって話したら、ママが佳穂達も家まで送ってくれるってさ」
「えーー、マジでーー」
「やったーー」
「ありがとう理香」
「ついでだよ、ついで。だから気にしないで」
佳穂、栄美、恵は、理香に感謝をした。これで、ずぶ濡れにならずに済む。まだ月曜日だから、佳穂達は週初めにいきなり制服を雨に濡らしたくはなかったのだ。
理香は、スマホをしまうとさっきと同じく椅子に座りパンと手を叩いた。
「それじゃあさ、ママが迎えにきてくれるまで、ちょっと時間かかるかもって言ってたし、ここでもう少しお喋りを続けて時間を潰さない?」
理香の言葉に栄美が笑った。
「他にする事もないし、それしかないよね。っていうか、まだまだお喋りしたいし」
ピカっ!! ゴロゴロゴローー!!
『きゃああああっ!!』
また稲光が走った。今度は4人全員が悲鳴をあげた。逆に4人の悲鳴しかしない事に気づいた佳穂達は、辺りを見回した。すると彼女達のいる教室には、いつしか佳穂達4人しか残っていなかった。同じクラスの生徒は、もう皆帰宅してしまっている。
ふと窓の外を見ると、カバンを頭の上に乗せて走る1年生2人組の姿が目に入った。
「それじゃあさ、なんかどんどん雨が強くなっていくし、薄暗いしさ。ちょっとこんな話をしない?」
「こんな話ってどんな話?」
「また好きなイケメン俳優の話でしょ?」
「押しメンの話?」
「そうじゃないんだってば」
理香はにこりと満面の笑みを浮かべると、一転して深刻な表情を作った。そして話始めた。
「これ、怖い話」
「やだーー!!」
「ええ!? これから怖い話始めるの!!」
「ちょ、ちょっとやめてよ、理香!!」
理香がこれから怖い話を始めると言って、一番動揺を見せたのは恵だった。4人の中では、一番大人しい性格をしている。そして気も小さくて、怖い話が得意ではなかったのだ。
「解った解った、解ったから落ち着いて恵。あんたがそんなに怖がるなら、そうでもない話にするから」
「そ、そうでもない話?」
「そうそう。そうでもない話。つまりそれ程、怖くない話よ」
「じゃ、じゃあ怖くないの?」
「うーーーん」
「ど、どっちなの?」
「恵、あなた本当にこういう話が苦手なのね」
「皆知っているでしょ?」
「そうね。でも大丈夫よ。この話は別に、その……なんていうか、それ程大した話じゃないから」
「大した話じゃない? でも怖い話なんだよね?」
恵は本当に怖がっていた。でもここまで理香が引っ張ると、逆にどんな話なのかという興味も少し湧いてきていた。佳穂と栄美は、理香の母親が車に乗って学校に迎えに来てくれるまでのいい暇つぶしができたと喜んでいる。
「フフ、なんでもない話なのよ。これは、私がある人に聞いた話」
ピカっ! ゴロゴロゴロ……
また稲光がした。
「真っ赤な傘の少女の話……知っている?」
「真っ赤な傘の少女?」
「どんな話?」
「やっぱり、怖い話だよ、うう……」
理香は、皆の興味を十分に引くと話を始めた。
「私も体験……というか見た人から聞いた話だから、ちょっと簡単になっちゃうかもなんだけどね」
「うん、それで?」
理香の話に佳穂と栄美は、これから理香がどんな怖い話をするのかとワクワクした様子で耳を傾けた。
「丁度、こんなシトシトと雨が連日振り続ける日。ある少女がいたの」
「ある少女? その子が真っ赤な傘の少女?」
「ううん、その子は違う。その日も朝から雨が降っていてね、女の子は私達と同じく高校生で学校に行こうと思って家を出たわ。それで学校に向かう途中で、あるものを目にしたの」
「それが真っ赤な傘の少女」
栄美の相槌を打つ感じの言葉に、理香は頷いた。
「そうよ。学校に行く途中に、真っ赤な傘を差した女の子が目に入ったの」
理香の言葉に、栄美が突っ込む。
「ちょっと待って。真っ赤な傘の女の子が目に入ったって……ほら」
栄美は教室の窓の外を指さす。教室は3階で、正門まで見渡せた。そしてそこを歩く、赤い傘をさす女の子の姿が目に入った。
「ほら、いきなり突っ込むのもアレなんだけど、赤い傘ってさ。普通にあるよね。怖い話に、いちいちツッコミを入れるのもナンセンスだと思うんだけど、でもねーー」
「慌てないで聞いてよ。真っ赤な傘は傘でも、ちょっと他にはない変わった傘なんだから」
「何処がどう変わっているの?」
「まず骨の部分っていうのかな? 傘の持ち手の所や、そこから伸びている棒も全部赤い傘なの」
栄美の疑問に理香が答えると、佳穂は感心する声をあげた。
「おおーー、確かに骨の部分まで真っ赤って見た事ないかも」
「そうでしょ。先っぽの部分もそうらしいよ。パッと見たら……そうね、まるで傘じゃなくて傘の影みたいな感じかな。影の場合は黒いけど、それが赤だったらまさにそんな感じ」
「赤い傘の形をした影ね。それで」
「女の子はその日、たまたま真っ赤な傘を持つ女の子を見たの。それで、なぜか無性に気になった。そして次の日、また雨が降ったわ。女の子は、同じように傘をさして登校していると、昨日と同じ真っ赤な傘が目に入った。やっぱり気になったわ。例えば、なぜその傘は全部が赤いのかってね。そういうデザインなのか、それとも何か理由があるのか……とかね。更に3日目、また雨。学校に向かう途中で、また同じ傘を持つ人に出会ったわ。そこで女の子は、ある事が気になってしまったの」
「ある事ってなに? もしかして、その傘をさしている人?」
佳穂の言葉に、またしても頷く佳穂。
「そう、持ち手の部分もそうだし、全部が真っ赤な傘っていうのもちょっと変わっているな。それ位に最初は思っていたんだけど、女の子はある事に気づいたの。その傘をさしている子が、自分と同じ高校に通っている女の子だってね。そうなると、どんな子がこの傘をさしているんだろうって……どんどん気になって仕方がなくなる」
「どうして同じ高校の子って解ったの?」
「自分と同じ制服を着ていたから。でも顔は解らない。傘は深めにさしていたし、斜めに向けられていた。だから女の子からは、そのさしている子が自分と同じ高校の女の子って事くらいしかわからなかった」
「そうなんだ。それで、女の子はその傘の子の顔を見たんでしょ? どんな子だったの? もしかして可愛かった?」
顔を左右に振る理香。
「女の子は、傘をさしている子がどんな子が気になって、顔を見たいと思ったわ。でも女の子の位置から、顔は見えない。そして次の日、また雨だった。その日もまた同じように傘の少女を見たその子は、気になって仕方がなくなってしまってとうとう……傘の子を追い越した瞬間に、思い切って振り返ったの」
「で、どうだったの?」
「いなかったらしい」
「え? どういうこと?」
「傘の子を追い抜いて、振り返った瞬間、女の子が目にしたのは登校する為に傘をさして歩いている他の何人もの生徒達だけ。忽然と消えた」
「うそ、じゃあ、その傘の子って振り返った瞬間、消えたの? それって完全に幽霊じゃん!!」
「そう思うでしょ? その女の子もそう思って、学校についてからクラスメートにその話をしたんだって。そしてまた翌日、雨が降ったんだけどその女の子は、今度は友達のクラスメートの子と一緒に通学したの。もちろん、真っ赤な傘をさす奇妙な子がいるって話の証明と、2人なら今度こそ傘の子の顔が確認できると思ったから」
理香の話に、佳穂は前のめりになった。
「それで、どうだったの? 赤い傘の女の子は、また通学路にいたの? 顔は? 顔とか見えたの?」
理香の顔がすっと、無表情になった。ここはニヤリと笑って怖い話のオチをいうと思っていた佳穂達は、少し怖くなった。窓から見える外の雨が、強くなってきているのもそうなった理由の1つかもしれない。
「ちょっと、教えてよ!」
「ここまできて、じらさないでよ!」
「真っ赤な傘の女の子は、その時現れなかったわ」
「ええーーー!! じゃあ、どんな顔をしているのか、解らなかったんだ?」
「正確に言うと、クラスメートの子は……かな」
「え?」
「それってどういうこと?」
「も、もう、理香も佳穂も栄美も、もうこの話はやめようよ。なんだか、怖いよ」
「まあ、まあ、恵。怖い話なんだから、怖くて当たり前でしょ。それで、どういうことなの? 理香」
「女の子がクラスメートと一緒に通学しても、その真っ赤な傘をさした女の子は現れなかった。でも女の子はクラスメートの子に、嘘を言っていないと必死に言ったの。またクラスメートの子も、怖い話とかとても好きな子で、それなら見たいって言ったわ。でも結局、真っ赤な傘をさす女の子は現れなかった」
…………
「丁度、雨の多い時期で、女の子とそのクラスメートの子は、それから何日も通学中に探したわ。同じ学校に通う子だから、学校で見かけるかもしれないとも思った。2人は、それからその真っ赤な傘を持っている生徒が学校にいないか見て回ったんだけど、結局見つからなかった。それから2人は、もうその真っ赤な傘をさす女の子の正体を突き止める事はできないと悟ってついに諦めたんだけど……」
「だ、だけど?」
「また雨が降ったある日の朝、クラスメートの子の携帯に女の子から電話が来たの。真っ赤な傘をさす女の子をまた通学中に見つけたって。だからこれから直ぐに来てって。クラスメートの子は、まだ家を出ていなかったわ。うんって答えて直ぐに家を出る準備をして出た。するとまた電話がまた鳴って、出ると女の子からだった」
「また顔を見ようとしたんだけど、見失ったってオチじゃない?」
「ううん、電話の内容は顔を見たって内容だった。クラスメートの子は、直ぐにそこへ行くからって言った後、真っ赤な傘をさしていた子ってどんな子だったの? どんな顔をしていた? やっぱりうちの生徒だった? とか続けて聞いたわ。すると相手の女の子は、何か怖がっているような震えた声で、真っ赤な傘の女の子は私と同じ顔をしていて……そして顔は血で汚れていて……とまで言った所で、プツリと電話が消えたの。クラスメートの子は、もう一度電話を掛け直したけれど繋がらない。すると通学途中の道で、人だかりができているのを見て、慌てて何があったのか駆け寄ったの。するとそこには、さっきまで電話をしていた女の子が血だらけになって倒れていたのよ」
「え? そ、それって……」
「女の子は通学途中だった。その時に、真っ赤な傘の女の子を見たと言っていた。そしてその日は雨が降っていて、女の子も傘をさしていた。透明のビニール傘だったんだけど、どういう訳か倒れている女の子の血で真っ赤に染まっていて、倒れている女の子の直ぐ近くに落ちていたらしいの」
「ええ!? そ、それってどういう……」
「解らない。女の子は、そのまま死んじゃったから」
「ど、どうして死んだって解ったの?」
「それはもちろん、クラスメートの子が救急車を呼んだからよ。女の子は、それで病院に運ばれる事もなく死亡が確認されて……死因は出血多量とショック死だった……」
栄美は、今の話を聞いて少し何かが心の中で引っかかった。恵は怖がってばかりだったけど、佳穂も同じだった。何かが引っ掛かる話。それが何かは解らない。雨が降り、雷まで鳴って学校の外はもうかなり暗くなっている。このシチュエーションに、こんな話。理香は、他の3人を怖がらせて楽しもうとして、誰からか聞いた話なのか、もしくは造り話をしている。誰もがそう内心決めつけていた。でも……
栄美が理香に聞いた。
「今の話、ちょっと怖かったかも」
「そうでしょ。本当にあった話なんだから」
「そうなの?」
「そうよ、本当にあった話」
「それじゃ……」
怖い話が始ってずっと怖がっている恵と違って、栄美と共にスリルを楽しんでいた佳穂だったが……ここに来て、栄美の口を塞ぎたい衝動にかられた。
それは、なぜなのか。栄美が理香にこれ以上突っ込んだ話をすれば、決して関わってはいけない何かに触れてしまうんじゃないか……そんな気分に陥ったからだった。でも実際に止めるという行動はとれなかった。変な気分になったのは事実だったが、やはりその心の内側では理香の創作話であると決めていたからだった。
「それじゃ、理香は誰からこの話を聞いたの? もしかしてその亡くなった女の子や、クラスメートの友達だったとか……」
「惜しい!」
「え? 惜しいの?
「その亡くなった女の子のクラスメートなんだけど、実はそれって私の事なんだ」
「え?」
…………
理香の衝撃の言葉に、質問していた栄美と傍で聞いていた佳穂と恵も固まってしまった。
いくらなんでも、そんな話……恵は、大きな声で理香に言った。彼女の話に矛盾を感じたからだった。話に明らかな矛盾があれば、この話はもちろん人を怖がらせるだけの作り話という事になる。
「おかしい! それって、おかしいおかしい!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、恵!」
「ご、ごめん、佳穂。私、理香の怖い話が単なる作り話だったんだって、安心したらなんだか安心して声が大きくなっちゃって!」
「え? 作り話じゃないよ、これ。だって私が実際に体験した話なんだもん」
「嘘よ。だってそんな話になっていたら、大騒ぎになっているはずだわ。理香の友達が亡くなったっていうのなら、私や佳穂、栄美だって当然知っているはずでしょ? そんな大事件あったら、第一忘れないわよ!」
「ううん、嘘じゃないよ」
「嘘よ、じゃあ証明できる?」
「いいわよ。それじゃ、証明するよ」
理香はそう言うと、スマホを取り出して何かを検索した。何かの画像と記事。それを恵達に見せた。
そこには、とある学校で起きた少女の死亡記事が載っていた。登校途中に、急に倒れた女の子。それを目撃した生徒の話では、女の子は目と鼻と耳、そして口から吐血して死んでいたとのこと。そして亡くなった時の表情は、まるで拷問でもされて殺されたかのような酷いものだったのだという。通学路であり、登校時間でもあった事から、それを見た学生達も何人かいて、亡くなった女の子のあまりにも恐ろしい形相に失神者もいたとか。
「で、でもそんな……」
「待って!!」
恵を栄美が遮った。
「ちょっと待って! そう言えば……理香って丁度一年前位に、この学校に転校してきたんだよね。それから私達は仲良しになった」
「そうだよ」
理香のスマホに映し出された画像を栄美が差して言った。
「理香の以前いた学校って、何処だっけとか聞いた事がなかった気がするけど、もしかしてこの学校にいたの?」
「だから、私は嘘なんて言っていないんだって」
…………
ザーーーーーーー……
ゴロゴロゴロ……
雨は全く止む気配がない。そして何処かで稲光がまた光った。