第十一幕
気が付けば午前3時過ぎになっていた。
理香と佳穂は、その時間まで電話で話を続けていた。でもようやく、理香の部屋の電気がずっと点灯している事に気づいた理香の母親が部屋を覗いて、「何時まで電話しているの? 学校あるんでしょ、寝なさい」と言って娘を叱ったのでそこまでとなった。
――翌朝、眠気と闘いながら理香は登校した。空は曇っていて、ぐずついているも雨は止んでいる。登校中に、理香は佳穂の姿を見つけたので、手を振って呼び止めた。
「おはよう、佳穂」
「おはよう、理香。それはそうと昨日の話……」
理香はこれまでの自分にあった事や、それについてネットで調べた事、更に恵とのやりとりなどを全部佳穂に話していた。あの真っ赤な傘の女の子の正体が、東怜であるという事も含めて。
「佳穂……私、こんな話……昨日学校で話さなければよかった……皆を巻き込んでしまったみたいで……」
「ううん、怖い話は私達も楽しんでいたし、別にいいよ。それに理香が昨日、そんな話をしなくても……いずれあの真っ赤な傘をさす女の子は私達の前に現れていたと思う」
「それってどういうこと?」
「実はね。昨日理香との電話の後、私眠れなくなってね……色々とネットで調べものしてたんだ」
「調べたって、もしかして真っ赤な傘の……」
佳穂は、理香の目を見て深く頷いた。
「怖い話をして面白がることは過去にもあったけど、マジな奴……っていうか、そういう洒落にならない話ってちょっとやっぱり苦手で皆、避けてきたじゃない。でもこの黒水市には、かなり前から呪われた暗い話があったみたい」
「呪われた暗い話って……」
「遥か昔、この黒水市は黒水村って呼ばれていたみたいで、その頃にいた村長がとても恐ろしい人だったって噂があってね、蛇の神様を崇めていたらしいんだけど……人を生贄にしていたんだって」
「い、生贄ってそれ、どれだけ昔の話?」
「もちろん、江戸時代とか凄い昔の話だけど……でもね、その生贄にされた人達の怨念が今も、この黒水市を彷徨っていて、住人達を呪い殺しているそうよ」
「呪い殺しているって、そんなの証拠はあるの?」
理香の言葉に佳穂は足を止めた。そしてスマホを取り出すと、画面をタッチして既にダウンロードしていた画像を理香に見せた。それは、ここ何年も何十年も続く黒水市で亡くなった人の事件だった。
「皆、水に関係した何かで亡くなっている。私達は敢えて気づかないように生きていたのかもしれないけれど、何十年も……もしかしたらもっと昔から、それは続いていたのかもしれない」
「ちょっと待って佳穂! それと真っ赤な傘の女の子の話とどう関係があるの?」
「全部関係があるのよ。真っ赤な傘をさしていた女の子も、怨霊になったんだと思う。そうでないと、車ではねていなくなった理由が説明つかないでしょ。あれは幻覚じゃない。理香だってそうだし、恵も栄美も理香ママだって見たわ。大昔に生贄として殺された人達が、怨霊となってこの黒水市を呪い続けている。だからこの黒水市には、代々の呪いが渦巻いて……だからこんなにも人が亡くなっているのよ」
「そ、そんな……」
佳穂の話を聞いて、理香は突拍子もないと思った。その反面、スマホの画面に映し出された数々の、いままでこの黒水市で起こった誰かの死亡記事を見て、呪いは現実にあるのではと思った。
亡くなった人全てではないが、そのほとんどが佳穂や理香と同じ位の歳の女の子。そして全て、何かしら死因は水に関係しているものが多い。
理香が以前いた学校。そこで死んでしまった友達は、全身の穴と言う穴から大量の血を流して死んだ。血液が水と関係しているとすればそうかもしれないけれど、それ以上にあの日は昨日と同じくずっと雨が降っていたのだ。
あれこれと話を続け、気が付けば学校に到着していた。
理香と佳穂。教室につくなり、恵と栄美がいないか見回した。もう少しで始業のベルが鳴るのに、2人とも来る気配はない。いつもなら、もう教室には来ているはずなのに。理香は、クラスメートに2人はまだ来ていないのかと聞いてみた。
「え? 恵も栄美もまだ来ていないよ。っていうか、理香の方があの2人と仲がいいんだから、知っているんじゃないの?」
「そ、そうだよね。ごめんごめん、あはははは」
佳穂は窓の外を見た。空は、どんよりと曇っている。また昨日みたいな大雨にありそうだと思った。
――――結局、お昼を回っても恵も栄美も学校へ来なかった。担任の青島に理香と佳穂は、2人が登校しない理由を聞いてみた。なぜなら休み時間に電話をしても不通状態で、メッセージを送っても返事が来ないどころか既読もつかなかったからだった。
理香と佳穂は、お昼を食べると担任の青島のいる職員室へと向かった。
「失礼します」
「あれ、2人共どうした? お昼ご飯は、もう食べたの?」
「はい、食べました」
「あの……私達、恵と栄美の事が気になっていて」
「そう言えば、いつも4人グループだったよね。昨日も学校で雨宿りしていた時にも、仲良く4人でなんだか怖い話に花を咲かせていたじゃない」
「先生……それはもう……」
昨日はあれだけ面白がって怖い話をしていたのに、青島がその話に触れるとまるであれから何かあったように、理香と佳穂は顔を強張らせる。それを見た青島は、怪訝な顔をした。
「もしかして、喧嘩?」
「そうじゃないですけど……そうじゃないですけど、あの……2人とぜんぜん連絡がとれなくて。それで揃って今日は学校も休んでいるし、大丈夫かなって思って」
「なるほど、何かのっぴきならない事があなた達の間にあったのね」
「え? どうしてわかるんですか?」
「解る訳ないでしょ、理香。先生は、私達の気持ちが軽くなるようにそういうノリで話してくれているんだよ」
「えーー、ちょっと木山佳穂さん。あなた、なかなか厳しい事いうわね。まるっきり否定はできないかな。でも私は先生であり、おまけにあなた達の先生だからね。悩みごとにはなんでも乗るわよ。何があったの?」
「信じてくれると思えません」
「遠山さん。話す前からそんな決めつけなくてもいいでしょ。それじゃ話、してくれる?」
青島が2人にそう言って迫ると、2人は互いに顔を見合わせて言葉を詰まらせた。青島に気になっている事を話すのが嫌な訳ではなかった。ここは、職員室。他の教師の耳もこちらに向いていたのに気付いたからだ。
「おっと、ごめんごめん。先生の配慮が足りなかったみたい。それじゃ、ちょっと場所を移しましょうか。こっちに来て」
青島はそう言うと、理香と佳穂においでおいでをして職員室を後にした。ついて行く2人。
辿り着いたのは、屋内プールのある場所だった。そう、4人の担任である青島泳子は、水泳部の顧問でもあったのだ。
理香と佳穂は青島と共に水泳部の部室に入った。以前は更に部員が居た事もあり、水泳部の部室はとても設備が整っていた。
ロッカーに囲まれた部屋。窓際にはテーブルがあり、青島はその前に折り畳み椅子を出すとそこへ理香と佳穂を座らせた。
「はい。それじゃ、話してくれる?」
「その前に、恵と栄美について聞きたいんですけど」
「え? あ、そうね。気になるよね。えっと……小賀恵さんからは、ちゃんと連絡があったわ。なんかちょっと風邪を引いたみたいで学校をお休みしますって。朝はいつも通り家を出たらしいけど、その途中で気分が悪くなったとかで、通学中にちょっと休んでそのまま登校せずに帰宅したとか。どちらにしても、今は家に帰っていると思うわ」
「そ、そうですか」
青島との会話は、理香が積極的に前へ出てした。昨日、恵が怖がっているのに怖い話を無理やりした事や、真っ赤な傘をさす少女の話を皆にしてしまった事に責任を感じていた。あれから何かおかしな事が起き始めたような気がしたから。
でも実際は、それをきっかけに気づいただけだった。この黒水市では、以前から若い娘の変死体や疑問を感じる事故死や自殺などが起きていたのだ。周囲はそれを恐れ、目を反らすようにそういった話を遠ざけていたのだ。でもネットには色々な人がいて、嘘や誠を囁きながらもそれが残っている。
理香と佳穂は、ようやくそれに気づいて目にしてしまった。その時から、見えるようになったに過ぎない。
「それでね、あなた達が心配するからあんまり言いたくはなかったんだけど、加東栄美さんの方は連絡が繋がらないのよ。知っている人から聞いてみたんだけど、ご両親も旅行に行っているみたいで、ちょっと電波の通じない所にいらっしゃるみたいでね」
「え⁉ 栄美が!!」
「でも時間をおいてまた電話をかけてみるから。それと栄美さんの自宅には、金田先生が様子を見に行ってくれえるから。多分ね、これは金田先生や他の先生も言っていたんだけど、あなた達……昨日は全員かなり雨に濡れたんでしょ? だからそれで小賀さんも加東さんも具合が悪くなったんじゃないかなって。でも加東さんは家に1人だから、誰かが見に行かないとなんだけど……本当なら担任の私が行きたい所なんだけど授業があるし、どうしようか……でも大切な生徒の事だし、行かないとって思っていたところで金田先生が代わりに行って様子を見てきてくれるって申し出てくれてね」
「そうなんですか……」
「大丈夫。だから2人は、そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」
恵は単なる風邪……昨日、あれだけ雨に濡れていれば風邪を引いたとしても、納得ができた。そして栄美の事は、心配しかなかった。異様な胸騒ぎ。けれど教師の金田が栄美の家まで様子を見に行ったと聞いて、理香と佳穂は少し安心した。
ふと思い出したように、理香が青島に聞いた。
「そう言えば先生……」
「なーに?」
「昨日、私達に混ざって怖い話をしていましたよね」
「ああ……うちのプール、水泳部の子が何かに足を掴まれたって話ね」
「あれって作り話なんですか?」
「なに? 唐突に。もしかして何かあった?」
「…………」
理香は佳穂の顔を見た。すると佳穂は目で強く訴えていた。青島にも気になっている事を話そうと。そして昨日あれから、何かがおかしいとのだと。
理香は青島に全てを話す事にした。青島は2人にとって担任であり、思い切り頼りになるという程でもないけれど、悪い教師でもなかった。そして何か怖いものが迫ってきている気がしてならない2人は、大人を味方につけておきたかっというのも話す理由の一つだった。
「ネットまで調べて、そんな情報を得たのね……」
「でも先生!! 真っ赤な傘の女の子の話や、その子を車ではねた話は本当なんです!! 昨日の放課後、怖い話をしてから、それから皆も何か不安になってしまって……」
「遠山さん。私は別にあなた達の話を信じてないなんて言ってないわ。それどころか、少し興味がある」
「本当ですか?」
「本当よ。私が昨日話したプールで足を掴まれる話は、本当の話だから。実際に体験した訳じゃないけど、一時期そう言ってきた子が多かったのも事実だし……それから水泳部は、私が見ている時しかプールの使用をさせないようにしたの。そしたら、急にそういう事がなくなって……」
「……」
「でもね、遠山さんが転校してくる前の黒水北高等学校でも変な事があって、お友達がなくなったでしょ。あんな亡くなり方をしたのに、騒がれているのはネットばかり」
「ど、どうしてなんですか?」
「それはね。この街が……黒水市が闇を隠しているからなのよ」
「闇?」
「この黒水市は、随分と昔、村だった頃に蛇神に若い娘を生贄として捧げていた頃から、その少女たちの怨念が溜まりに溜まっていると密かに囁かれる場所なのよ。そう、ずばり言ってしまうとこの街は呪われた街なのよ」
教師が生徒をからかって、怖がっている顔を見てやろう。そんな感じではなかった。青島の表情は極めて真面目だった。もちろん、それは2人にも伝わっている。
「呪い……ですか?」
「実は私も怖い話は好きなのよ。ホラー映画だって、よく見るし。昨日、あなた達の怪談話に混ざっちゃう位だって言ったら、解ってくれるでしょ。だからきっと、力にも慣れると思う。こう見えて私、オカルト好きで担任だし」
「はあ……」
気の無い返事をしたのは佳穂の方だった。佳穂は何か得体のしれないものが何処かで蠢いているような、そんな感覚にも似たものを感じたような気がしていた。だからこそ、青島が本当に頼りになるのか、もしくは頼りにならないのではないかなどと思っていたのだ。
そんな佳穂を横目に理香は、オカルト好きだとカミングアウトした担任に更に踏み込んで聞いてみた。
「先生は、私が前にいた学校で死んだ私の友人……その子を知っていますか?」
「あった事はないけど、知っている。そしてその子を呪い殺したのは、過去にその学校で虐められた挙句に、浄水場の高い建物から落ちて亡くなった東怜さんじゃないかって噂話もね」
「それ、眉唾ではなくてですか? 本当に東怜は亡くなったんですか?」
「理香、ほら! あれも聞かなくちゃ……」
「え? ああ、そうね。東怜が真っ赤な傘をさしていた話」
「そうね、東怜さんは、真っ赤な傘をさしていたらしいわ。転落死でね。その近くには、彼女の傘があったらしいけど、彼女が飛び降りて地面に激突した衝撃は凄まじくて、その血飛沫が傘にかかったとか……」
理香と佳穂は思った。
理香の友人は、その真っ赤な傘をさしていた女の子の顔を見たかっただけで、なぜ殺されなければならなかったのか? プールで、水泳部の女子生徒の足を掴んだのは? なぜあの真っ赤な傘の女の子は、理香たちの前に現れたのか?
何か気づいて欲しい事がある? いや、そもそも青島が言っていたネットでも書き込まれていた黒水市は呪われているという話は、どう関係があるのか?
理香と青島がその話をしている中、佳穂はちらりとこの水泳部の部室にある壁掛け時計に目をやった。13時。昼休み終了のチャイムが鳴った。




