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第九幕



 廊下も真っ暗だった。

 

 スイッチを何度か触るも、点灯しない。栄美は仕方なく、手に持っているスマホのライトだけに頼って玄関の方へとゆっくり向かった。


 ビチャ……


「きゃっ!!」


 何か気持ち悪いものを踏みつけた。


 ライトで照らすと、床に水がこぼれていた。栄美はなんとなく、天井を照らし出す。上階の排管から漏水でもしていない限り、こんな場所に水が溜まる事はない。でも天井に水跡は一切なかった。


 ……廊下を照らしてみると、他の場所にも水の跡があった。


「どうして……」


 バスルームから出た時に、ちゃんと身体を拭いていなかったせいで水が滴ったのだろうか。玄関に向かっていくと、丁度靴を脱いであがる場所にあるマットが水で湿っていた。


 栄美は、恐怖に耐えながらもドアに近付いて覗き穴から外を見た。だが誰もいない――っと思った一瞬、何も見えなくなった。真っ暗。


「えっ!」


 一瞬、ドアから離れて考える。そしてもう一度、覗き穴から外を見た。やはり何も見えない。考える。


「な、なんで……どうして何も見えないの?」


 少し考えて、ある事が頭に浮かんだ。


 そう、覗き穴から外が見えない訳。それは、誰かが外から穴を塞いでいるから。


「やっぱり、近所の子供の悪戯ね」


 栄美はドアノブに手をかける。そしてドアチェーンがしっかりかかっている事を確認すると、鍵を開けてそっとドアを開いた。


 ザーーーー……


 雨の音。部屋にいる時よりも、音が響いてくる。そしてチェーンをかけたまま、隙間からそとの様子を伺った。もしかしたら、この隙間から近所の子供が顔を出すかもしれない。そうしたら、ちゃんと叱ろう。こういう停電とか起きているような非常事態で、そういう遊びをしてはいけないと。


 栄美はそう思いながらも、外の様子を見た。


 すると次の瞬間、栄美の目の前に赤い何かあが現れた。直ぐにそれが何か、悟る。真っ赤な赤い傘。


「きゃああああああ!!」


 栄美は怖くなってドアを閉めようとした、次の瞬間隙間に手が入り込んで来た。


「きゃああああ!! やめてええええ!!」


 ドアノブを両手で握り、その手を挟んでしまう勢いで思い切り閉めた。するとドアが閉まる直前で、手はすっと外へと消えた。


 バタンッ!!


 ドアを閉めた瞬間、栄美は慌てて鍵をかける。


 ドンドンドンッ!!


「きゃあああ!! やめてええ!! やめないと、直ぐに警察に連絡しますよ!!」


 ドアを激しく叩かれて、叫んだ。すると何も音がしなくなった。


 栄美は生きた心地がしなかった。慌ててリビングに戻ると、カーテンを開いて外を見る。コンビニの前にある信号機の下。そこには真っ赤な傘をさす少女の姿はない。やっぱりさっきのは……


 栄美はスマホを手に取ると、両親や弟に助けて欲しいと電話をかけようとした。けれど手が震えて上手く画面をタッチできない。すると何か気配を感じて、目を廊下の方へ向けた。部屋のドアのすりガラスの向こうに、赤い何かが見える。


 え?


 もしかして、家の中に入ってきている……そんな訳はない。なぜなら栄美は、ドアの鍵をかけたはずだったから。


 ピーーンポーーーン!


 またインターホンが鳴った。栄美は、廊下の方に見える赤い何かに意識をとられながらも、ドアホンモニターの方へ行って確認した。するとモニターには、ありえないものが映っていた。


 そう、玄関のドアの一部分が映り込んでいたのだ。防犯の為に、このモニターは少し玄関ドアが見える設置になっている。それを見ると、今玄関のドアは全開してしまっていた。しかもドアは、開けて手を離すと閉まる構造になっているはず。それなのに、開いたままになっているということは何かが……


 ザーーーーーーっ


 廊下の方から、激しい雨の音がした。間違いなく玄関が開いているからこそ、外の音が聞こえている。


 栄美は、ごくりと唾を呑み込んだ。手はもはやブルブルと震えて、止まらない。そのままリビングのドアに近付くと、すりガラス越しに見える赤い何かがより真っ赤な色の傘なのだと見えてくる。


 間違いない。真っ赤な傘をさす誰かが、自分の家の廊下で立っている。


 栄美は、思い切ってドアを開けて廊下に出た。そしてそれを見た。


 辺りに栄美の悲鳴が響いたが、それはまるで断末魔とも思えるような恐ろしいものだった。








 ――――最後は佳穂の家だった。


 理香の母親の遠山遥は、自分の車で娘の親友を家に送ってやった。荒水山に住む小賀恵の次に、加東栄美を自宅のあるマンションまで送って、最後に木山佳穂を家に送り届けた。


 助手席から佳穂に手を振る。そしてようやく車は、大雨の中を帰路に向かって走り出した。佳穂の家から理香の家までの距離はそれ程離れていない。車ならもう間もなく到着するという間で、理香は運転席にいる母親に聞いた。


「あのさ」

「うん」

「やっぱりあれ……人をはねたのかな?」


 恵を荒水山にある自宅へ送って行く途中に車ではねてしまった、真っ赤な傘をさしていた少女の事を思い出す。


「……どうかな」

「幻覚だったと思う?」

「他に説明がつかないよね?」

「うん。車を停車させた後、ママと私であれだけ必死になって辺りを見て回ったけど、女の子はおろかあの傘すらなかったもんね」

「そうね。佳穂ちゃん達も周囲を見回して探してくれていたみたいだけど、それでも見つからなかった。って言う事は幻覚だったとしか思えないわね」

「……前の学校に私が居た時に、死んじゃった女の子がいたよね。あと時、あの子真っ赤な傘を……」

「やめて!!」

「え?」

「理香の友達だった子でしょ? 亡くなったのは、悲しい事だけど……あなたは生きているの。これから前を向いて行かなきゃなんだから、いつまでも後ろをそうやって振り返ってばかりじゃ駄目なのよ」

「うん、そう……だね」


 なぜ自分の母親がこんな事を言うのか。理香がその死んでしまった女の子と仲が良かったことも知っているのに、それを忘れろというような酷い事を言ってしまったのか。


 実はその理由を理香は解っていた。母も何かを恐れている。怖がっているから、暗い話から気を逸らせようとしたのだ。


「そう言えば、ママの半魚人の話。あれ、皆超ウケてたよ」

「ウフフ、傑作だったよね」


 家に到着した。


 車庫に車を停車させて、降りる。理香はそのまま家に入らずに、車の正面に移動した。バンパーは、凹んだままになっている。暫く見つめていると、母親が理香に言った。


「修理に出さなきゃいけなくなったわね」

「かなり凹んでいるもんね」

「きっと、鹿だったのよ。あの山に鹿はちょいちょい出るって聞いたことあるし」


 でも辺りをあれだけ探してみて、鹿の死体なんて出てこなかった。何も見当たらなかった。理香はそう思ったけれど、その言葉をぐっと喉の奥に呑み込んでしまった。


「ほら、もういいから! 理香、さっさと家に入ってお風呂に入っちゃいなさい。制服も雨に濡れてビショビショだし、乾かさないとだしね」

「はーーい」


 理香は車庫に母親を残して、先に家に入った。そしてそのままバスルームに直行してシャワーを浴びる。すっきりして外へ出ると、脱ぎ捨てた制服がハンガーにかけられていた。


 リビングへ移動すると、キッチンで晩御飯の支度をしている母親の姿が目に入った。理香の両親は離婚をしているので、父親はいない。母と娘だけで、この家に住んでいる。


「さてと、それじゃもう晩御飯できるから、ちょっとだけ待っててね」

「うわー、楽しみ。もしかして、ハヤシライス?」

「そう、それとハンバーグね。因みにハンバーグはもう作ってあるから、後は焼くだけよ」

「わーーい!」


 理香は喜びながらも、テーブルの方へ行って食器を並べたり母親を助けた。そして晩御飯ができあがると、2人で美味しく平らげた。空腹も満たされて、雨の降る日ながらも帰宅していて至福のひととき。


「ご馳走様――」

「次は理香に作ってもらおうかなーー」

「えーー。いいよ」

「いいんだ、楽しみ」


 2人とも上機嫌だった。人を車ではねてしまった記憶は、ずっと底の方に追いやっている。むしろ、あれは幻覚だったのだと思っている。


 食事が終わって少しなんでもない学校の事とか、母親の職場の話など他愛もない話をすると、それぞれ自分の時間に入り込んだ。理香は、二階にある自分の部屋へと移動した。


 一瞬ベッドに転がると、急にゴロゴロという雷の音が聞こえて、ザーーーーーっと雨の降る音が気になった。


「……幻覚か……どう見ても、幻覚なんかじゃなかったけど」


 ベッドから起き上がると、そのまま椅子に座った。目の前の机には、ノートパソコン。おもむろに電源を入れて画面と向き合う。


「…………ゴーグルさん、ゴーグルさん教えてください」


 まるでコックリさんに聞いているかのように、理香はパソコンを使って検索を始めた。検索内容は、集団幻覚。しかしいくら調べても、あの母親の車が真っ赤な傘をさした女の子をはねた瞬間の記憶を、とても気のせいだったと塗り返すものなんてなかった。


 はねた瞬間、直ぐに車を停車させた。そしてはねた女の子を探した。でもいくらあの雨の中、探しても探しても見つからなかった。なんだったのだろうか。


 空から急にカラスが飛んできて、車にぶつかった。あまりの衝撃と激しい雨のせいで、カラスの黒が女の子の髪の毛に見えたとか、何かそういうのが重なってそう見えたのかもしれない。


「……いや、ありえない。あれは、間違いなくあの子だった」


 カタカタカタカタ……


 理香は、更にパソコン、キーボードを打った。以前、自分がいた学校に関する情報を検索する。


「……この子だ……東……怜……」


 パソコン画面には、東怜という少女の画像が映っていた。


 彼女は、理香が以前いた学校の生徒で、5年先輩だった。つまり理香とは、あった事もない生徒。なのになぜ、理香がこの少女の事を今になってネットで調べているのか。


 それは、理香が忘れられない昔あった事、真っ赤な傘をさす女の子に深く関わる人物だったからだった。


 遠山理香は、現在黒水西女子高等学校に通学しているが、以前に別の学校から転校してきたのだった。しかしその際に引っ越しはしておらず、住まいは変わらなかった。


 何処か遠くに引っ越す事になった訳でもないのに、なぜ転校する事になったのか。その理由は1つ。


 理香が以前通っていた学校は、黒水北高等学校といい、この黒水市内にあった。そこで理香に……正確には、理香の友人に悲惨な出来事が起きたのだ。ある朝、通学路で理香の友人が死んでいるのが発見された。その日は雨で、彼女は1本のビニール傘を持っていた。でもその傘は、どういう訳か理香のその亡くなった友人の近くで血で真っ赤に染まって見つかった。


 友人は、目や口や耳、鼻など身体の穴という穴から血を吹いて死んでしまっていた。その表情は、恐怖に歪んでいたという。理香はその友人が死ぬ直前まで、実は彼女と電話で通話をしていたのだった。


 理香の友人は、ある人物を追っていた。学校の登校時間に見る真っ赤な傘をさしている少女。彼女の素顔が気になり始め、どんな顔をしているのか追いかけていた。その子は必ず雨の日に現れ、真っ赤な傘をさしている。深く傘を差しているために、素顔を見ようとしても見えなかった。


 理香の友人はそれが気になって気になって仕方なかったのだ。顔を見ようとしても、どういう訳か見えない。それがまた彼女の好奇心に火をつけたのだ。


 でも彼女は、真っ赤な傘をさしている少女を追っているうちに、なぜか死んでしまった。まるで何か怖いものにでも呪われたように、恐怖に歪んだ顔で死んでいたのを理香は見てしまったのだ。


 その記憶を完全に過去のものとして克服する為に、理香の母親である遠山遥は、娘を同じ黒水市にある別の学校に転校させたのだった。


 理香は、次第に過去の恐怖を克服し始めた。忘れられない友人の恐ろしく引きつった顔はおぼろげになって忘れ始め、恵、栄美、佳穂という親友もできて、彼女達にちょっとした怪談話としてその真っ赤な傘をさす女の子の事を話せるまでになった。


 だが、理香はあの時の記憶を今になって色濃く思い出してしまっていた。すっかり克服したと思っていた。いや、克服はしているのかもしれない。でも記憶が蘇った。


「私が以前いた黒水北高等学校……5年前に、そこで死んだ子がいる。その子の名前が東怜(あずまれい)……」


 カタカタカタカタ……


 東怜という子が亡くなった。それから5年経って、同じ学校で理香の友人が全身から血を吹き出させて死んだ。何か関係があるかもしれない。理香の直感だった。


 ネットには、嘘が真実のようにあり、真実が嘘のようにあったりする。それを見極めなければならない。


 理香は更に気になる情報を見つけてしまった。とあるまとめサイト。そこには、東怜が死んだ時の画像と、死因などについて書き込みされていた。





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