プロローグ
昔は、道端に咲いている花のことなんて、まるで気にも留めなかった。
それが最近は、やけに目につく。
咲いていることさえ気づかなかった小さな花が、まるでこちらを見ていたような気がして、ふと立ち止まってしまう。
駅へ向かう途中、誰かが落としたのか、それとも風に散ったのか、
ぺたりと地面に貼りついた一輪の花びら。
昔なら気づきもせずに踏みつけていたはずだ。
でも今日は、しゃがんでそっと拾ってしまった。
汚れてしまったそれを、ポケットに入れるわけでもなく、ただ手のひらにのせて、しばらく見ていた。
――なんで、こんなことをしてるんだろう。
自分でも、よくわからない。
歳のせいかもしれない。
そう思えば、それで済む話だった。
だけど心の奥に、ほんの少しだけ、別の感情が顔を出していた。
懐かしさのような、切なさのような、
名前をつけられない、やさしい痛みのようなもの。
それは、遠い昔に見送った何かが、
ようやく自分に追いついてきたような感覚だった。
まるで、
「今なら、受け取ってくれる?」
と、誰かが小さな手で差し出しているような――
そんなふうにして、僕は今日もまた、知らない花の前で足を止める。