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23.

貴族たちの陰謀を退け、工房を襲撃した盗賊団も一網打尽にされてから、しばらくの時が流れた。黒幕の貴族たちは王宮の調査により厳しい処分を受け、その余波で社交界に大きな波紋が広がる。だが、リリアナ自身は騒動に巻き込まれた被害者であると同時に“研究成果を確かに守り抜いた人物”として、あらためて高い評価を勝ち得ていた。


 かつては“平民出身の伯爵令嬢”として揶揄されもした彼女が、今や王宮と工房、さらには軍部をつなぐ重要な存在として認められ始めたのだ。彼女の防護魔術具や錬金術は、貴族・平民を問わず多くの人々を守る手段として本格的に広がりを見せるだろう――それが、王族や重臣(じゅうしん)たちの共通した見解になっている。


「リリアナ、おめでとう。これでようやく、技術を活かして人々を守る道が本格的に整ってきたわね」

 そう声をかけてきたのはクレアだ。工房の中庭で、リリアナは新しく整備された施設を見渡していた。今回は王宮側の要請で、工房に新しい倉庫や研究室が増設される予定だ。盗難や襲撃対策としても、堅固なつくりの部屋が必要だという判断が下され、国の後押しで一部資金が出ることになった。


「うん……ようやくここまで来たんだ、クレア。本当にいろいろあったけど、みんなのおかげで乗り越えられたわ」

 リリアナは改めて胸に手を当てる。この場所がこれからの拠点になる――工房はより多くの人材を迎え入れ、大規模な研究に発展していくだろう。自分ひとりの力ではなし得なかった未来が、いま大きく開けている。


 そんな彼女のもとへ、エリオン公国の騎士団副官・レイナルドも来訪していた。王宮の儀式や会議を終えて、もうしばらくこの国に滞在する予定だという。

「リリアナ殿、ここが新しい研究室になるんですね。国防や治安維持にも大きく貢献するのでしょう。いや、貴女の技術が国内外の平和を支えると思うと、胸が熱くなります」

 レイナルドはまばゆい笑みを浮かべて、リリアナを見つめる。その瞳には、もはや同盟国の技術者に向けるだけの敬意だけではなく、一人の女性としての彼女をしっかり見ているという感情がにじんでいた。


 リリアナもまた、その視線を柔らかく受け止める。危機を共有し、支え合ってきた時間の中で、互いを認め合う気持ちが育っているのをはっきり感じるからだ。

「ええ、わたしもいつかは貴方の国に行ってみたい。エリオン公国の騎士団が築き上げた戦術や訓練の場を見せてもらえたら、研究に活かせるかもしれないし……」

「それはぜひ。わたしにとっても望むところです。いつでも歓迎しますよ」

 些細(ささい)な会話の中にも、穏やかな想いが行き交う。お互いがまだ恋人同士だとは明言していないが、周囲の誰が見ても好意を抱いているのは明らかだ。


 一方、ウェンフィールド家では、クリスピンが国外への退去を求められていた。父ウェンフィールド伯が新たに跡継ぎとして指名した遠縁(とおえん)の人物が正式に家を引き継ぐに当たって、彼は都合よく“厄介者”として処理される形だ。

「ここを出て、どうするのかはお前の自由だ。いずれどこかで身を立てるのか、あるいは全てを諦めるのか……。もう何も期待していない」

 冷たい言葉を背に、クリスピンは屋敷を後にする。過去の婚約破棄からはじまった一連の失態で、信用は完全に失われた。彼自身も今さら居場所を求める気力もなく、飼い慣らされた馬車に無表情で乗り込むだけ。


 仮にリリアナに何か言葉をかけても、彼女が応えてくれるはずなどない。あの夜会の壇上で捨てたはずの婚約――彼が再び紡ぐチャンスは、とうに消え失せている。

(……俺は、何をやってきたんだろう)

 曇り空を見上げながら、そんな自問を繰り返す。しかし、もはや答えなど出るわけがない。かつて存在した婚約も功績も、そして周囲の信用も、すべてを失った男はそのまま馬車に揺られて国境を越えていく。

 街の人々すら、彼の姿を認めても「あれが噂の……」とひそひそ囁く程度だ。誰も引き止めることはなく、やがて彼の姿は都の街並みから消えた――。


 そうしてリリアナの前から、クリスピンという存在は完全に消え去った。彼女には、その報せすら「そう……」とつぶやく以上の感慨は湧かない。

 今はただ、新しい環境を築き上げる忙しさと、仲間との連携、そしてさまざまな国々から届く依頼や問い合わせが彼女の日常を彩っている。


 ある日の午後、リリアナは一段落した作業を終えて工房の屋外に出た。改築工事の進捗を確かめながら、初夏の風を浴びて深呼吸する。人々に寄り添う技術を届けたいという夢が、今まさに形になりつつあるのだ。

(父様が築いたこの工房で、仲間たちと研究した日々。夜会での婚約破棄。国境での魔獣との戦い。そして、今回の襲撃……すべてが糧になっている。昔は不安や恥ずかしさばかりだったけれど、今は胸を張れるわ)


 ふと振り向けば、レイナルドが何やら職人たちと笑顔で話している。彼は工房の技術を見学しながら、自国の騎士団への応用を想像しているようだ。

 いつかこの国の技術が、エリオン公国や他の国々へも広がり、より多くの人を救うときが来るだろう。その未来の一端をリリアナが担っていると思うと、誇らしさと責任感が同時に湧いてくる。


「ここからが本当のスタートだわ。私の力を正しく使って、人々に寄り添う技術を届けたい――そう確信できたのは、あの夜会の悲しい経験があったからかもしれない」


 過去の婚約破棄を思い出しても、もはや痛みはない。むしろ、あれがあったからこそ自分らしさを取り戻し、技術を高め、真に応援してくれる仲間やレイナルドと出会えたのだ。

 レイナルドもふと気配を感じて振り向き、リリアナに手を振って笑いかける。彼女は頬を微かに染めながら、その場に駆け寄った。クレアがそれを微笑ましそうに見つめ、ミラベルやガルスら工房の職人たちも温かく見守っている。


 もう後ろを振り返る必要はない。リリアナは新しい未来へ堂々と踏み出す。工房には、励まし合いながら新しい魔術具の開発に邁進(まいしん)する仲間たちがいる。国境地帯や王宮、さらには海外でも、彼女の研究を求める声は日に日に増えている。

 その全てが“リリアナ・アルトワーズ”という存在を揺るぎないものにしてくれた――かつての(ひる)えや遠慮は消え、今は強く、しなやかな意志だけがある。

 そして、レイナルドという支えを得た彼女の歩みは、きっとこの国だけにとどまらず、世界へと広がっていくのだろう。


「さあ、仕事に戻りましょうか。私たちが目指すのは、もっと先にある未来だから」

 リリアナの言葉に、仲間たちは声を揃えて「おう!」と気勢を上げる。胸を張って研究室へ戻る彼女の足取りは力強く、その背中をレイナルドが穏やかに見送っていた。

 こうして、伯爵令嬢リリアナ・アルトワーズは自らの研究と技術を通じて、人々を守る大きな夢へと進み始める。かつての苦い経験は決して無駄ではなかったと、今こそ自信を持って言える――そう、彼女は新しい未来への一歩を踏み出すのである。

お読みいただきありがとうございました!

本編はここで終わりになります!

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