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21.

 翌日、リリアナは早速、工房の主要な職人たちを集め、警備態勢を強化することを決定した。もともと貴族向けの大切な技術や貴重な素材を扱っているため、防犯体制はそれなりに整えてはあったが、“盗難や襲撃を想定した本格的な警備”までは意識していなかった。

 ガルスやミラベルなど、工房の古参職人たちは「お嬢様、そこまで大げさにする必要があるのか?」と戸惑うが、リリアナは確信めいた口調で伝える。


「わたしたちは今、大きな功績を認めてもらえている半面、敵意も集めているはずです。ここで何か大きなトラブルが起これば、それこそ工房や研究が潰されるかもしれません。慎重に動かないと」

「なるほど……確かに、最近は工房周辺で妙に見かけない顔がうろついてるとの話も聞きました。夜のうちに窓の外を覗いたら、誰かが覗いていたって……」

 ミラベルが思い当たる(ふし)があるらしく、顔をしかめる。ガルスも「それならなおさら、俺たちが備えなきゃな」と硬い表情になった。


 さらにリリアナは、父アルトワーズ伯にも連絡をとり、工房の警護を依頼する相談を試みる。伯爵は各地を飛び回っているが、必要ならば工房に腕の立つ護衛を数名つけてもよいと約束してくれた。

 ただし、あまり多くの人員を常駐させると、周囲から「力で抑えつけている」と警戒される恐れもあるため、最低限の規模に(とど)める方針となる。

 同時に、工房の中でも夜間の見回りを交代制で行い、大事な研究資料や試作品は鍵付きの倉庫へ保管し、出入りに厳しいチェックをかけるよう徹底した。


「わたしが最も警戒しているのは、技術情報を持ち出されることです。素材や試作品も重要ですが、何より“設計図”や“刻印のノウハウ”が流出すると、悪用されるリスクが高まります。必ず鍵をかけた部屋に管理しておいてください」

 リリアナの言葉に、職人たちは「承知しました」と一斉にうなずき、すぐに実行に移る。これまでゆるやかだった警備体制は日を追うごとに強化され、工房はまるで要塞のように厳重になっていった。


一方で、妨害を企む貴族たちは予定が狂い始めていた。使おうと思っていたクリスピンがまるで駒にならず、しかもリリアナが警備を強化しているとの噂が流れてきたため、下手に動けば失敗しそうな気配が漂っている。

「どうやらリリアナ・アルトワーズは、思ったよりも用心深いらしい。それに、外国の騎士団と繋がりがあるから迂闊(うかつ)に手出しができん」

「仕方ない……金で雇った闇の者たちを使い、一気に‘盗むだけ盗んで逃げる’しかあるまい。証拠が残らないようにして、失敗すればそいつらを切り捨てる。これが最善だ」

 こうして彼らは、いよいよ工房への直接的な襲撃を視野に入れ始める。自分たちが関与しているとわからぬよう、盗賊やならず者を使役して“夜陰に忍び込み、研究資料を強奪する”計画を立てるのだ。


 クリスピンはというと、相変わらず自宅に閉じこもりがちで、社交界でも姿を見せなくなった。たまに人伝(ひとづて)に貴族が接触を図っても、彼自身が何もできないため、結局は無為(むい)に終わる。

 彼に利用価値がないとわかった保守派の貴族たちは、徐々に見切りをつけ、もう話さえ持ちかけてこない。伯爵家の中でも、弟や親族のほうが有望視され始め、クリスピンはますます孤立するばかり。

 彼は窓を開け、灰色の空を眺めながら頭を抱えていた。

「リリアナ……もう一度だけでも、話を聞いてもらえたら……。でも、あいつはもう……」


 夜会の壇上で彼が吐いた言葉は、いまや自分の首を絞める鎖そのもの。過去を後悔しても、失ったものはもう戻らない。

 何もかもに手遅れを感じながら、クリスピンは独り沈黙を続ける。外から聞こえる鳥のさえずりさえも遠い世界の出来事のようで、彼にはどうすることもできないのだった。


 アルトワーズ工房では、夜間の見回りや厳重な保管体制を敷いたことで、内部が少し慌ただしくなっていた。職人たちは疲れを見せながらも、「リリアナお嬢様の研究を守るためだ」と踏ん張っている。

 レイナルドはそんな状況を耳にし、「もしものときはすぐ駆けつける」と再三言葉をかけてくれていた。彼の騎士団仲間も、工房周辺をさりげなく巡回してくれているらしい。

 リリアナ自身は、「自分だけの力で工房を守れるわけではない」と気づいていた。父の助け、仲間の尽力、そしてレイナルドの温かな支え――そうしたすべての協力を得てこそ、彼女は研究を続けられるのだと痛感する。


 しかし、暗躍を続ける貴族たちは着々と計画を進めている。いかに工房が用心していようとも、彼らは“闇の手”を雇って大胆な行動に出るつもりだ。もはや表立っての妨害は期待できない以上、一気に“盗む・壊す”といった破壊工作に走るだろう。

 そんな危機が迫っているとは知らず、リリアナは夜遅くまで作業机に向かい、新型の防護魔術具のデータを整理する。いつかこの技術を、もっと多くの人々の救いに役立てたいという願い――その高尚な理想の陰で、盗難や破壊の脅威が近づいているのだ。

 レイナルドをはじめとした周囲の“警戒したほうがいい”という声に耳を傾け、リリアナたちも備えを整えるが、果たして本番の嵐に耐えられるだろうか。


 闇が深まるほど、時折吹く夜風がひそやかに工房の回廊を揺らす。外の街灯がぼんやりと敷地内を照らす中、職人たちが巡回しながら警戒の目を光らせる。

 今はまだ嵐の前の静けさだが、そのすぐ先には何が待つのか――。王宮の一部貴族による暗躍が、リリアナの研究と工房の未来を大きく揺さぶろうとしていた。準備を始めたとはいえ、その凶行を完全に防げるかどうかは、まだ誰にも分からないのである。

お読みいただきありがとうございました!


本日最後の更新です。

続きが気になった方は是非とも評価ブクマ頂けますと嬉しいです!

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