2.
「そうだ。お前が勝手に作ったものだし、俺の好みでもない」
クリスピンの言葉が、リリアナの想いをバッサリ断ち切る。
リリアナは壇上に設置された長机から、布で丁寧に覆っていた長剣と宝石箱を取り上げ、そのまま鞘から剣を抜いた。観客のいる前で軽く一振りすると、剣が放つ魔力の残光に会場がざわめき立つ。
「これには高度な魔術刻印を施しています。使い手の動きを補佐し、被弾時の衝撃を軽減する効果があるんです。そしてこちらの宝石箱の中には、古い錬金術の文献をもとに作り上げた回復薬が入っていて……」
説明をするうちに、リリアナの声は自然と落ち着きを取り戻していた。この品こそ、自分が歩んできた日々の証。流されないように、堂々と真価を示そう。
「王立学術院から国宝級と称されましたけれど、興味がないのですね。残念です」
クリスピンは「国宝級」という言葉を聞いて一瞬動揺するものの、周囲の冷たい視線に気づいたのか、口を噤んだまま。だが明らかに目が泳いでいるのがわかる。
人々の中には、リリアナの剣さばきを見て息を呑む者もいる。貴婦人たちの中には「そんなものを捨てるなんて」と呆れたり嘆息したりする声まで混じっていた。
「もし要らないのなら、私のほうで引き取ります。何かの機会に王宮や軍部へ寄付をするなり、適切に処分いたしますので。ご心配なく、クリスピン様」
リリアナが抑揚のない口調で告げると、今度はクリスピンが「ちょ、ちょっと待ってくれ!」と縋りつくように声を荒らげる。
「その……俺はお前のことを嫌いだったわけじゃない。父が押し付けた縁談だと思って苛立っていただけだ。贈り物もここまで凄いものだとは知らなかった。だから……受け取る! 受け取らせてくれ!」
明らかに先程の態度とは違う。が、その醜いほどの往生際の悪さに、むしろ会場からはさらに冷めた視線が飛ぶ。
リリアナは軽く一礼すると、宝石箱を再び布に包んで抱き寄せた。
「ですが先ほど、はっきりと“捨てろ”と仰いましたよね。お気持ちは変えられたかもしれませんが、私はもう贈りたくありません。残念ながら、あなたを救うために用意したわけではないのです」
その言葉に、クリスピンの顔から血の気が失せる。周囲からは「これ以上みっともない真似はやめろ」と促す視線もある。誰もが内心、彼に対して「自業自得だ」と思っているのは明白だ。
司会者は立ち尽くしたまましどろもどろ。けれど、夜会は続行しなければならない。なんとも居た堪れない空気が漂う中、リリアナは深く頭を下げた。
「……皆さま、このような場で私的なやりとりをお見せしてしまい、申し訳ございません。今夜は私とクリスピン様の婚約記念日となるはずでしたが、お聞きのとおり解消となります。どうぞご容赦ください」
一瞬、ざわざわと微かな動揺が走るが、ほどなくして王族の一人が壇上に上がり、リリアナに直接声をかける。
「リリアナ嬢。もしよろしければ、その武具と回復薬について詳しくお話を伺いたい。我が王宮でもう少し丁寧に扱わせてもらえんかね?」
ほかの貴族や軍部関係者も「ぜひ」と次々に声を上げる。
その様子を見て取ったクリスピンの父ウェンフィールド伯も、慌てたように壇へ駆け寄ろうとするが、既に人々の視線は完全にリリアナに向いていて、クリスピン親子など気にもかけない。夜会が“婚約記念”から“技術披露”へと変化していくのを目の当たりにして、リリアナは静かな決心を固めた。
(もう私にとって、大切なものはこの人たちの評価や派手な結婚じゃない。技術を認めてもらうことと、支えてくれる仲間たち、そして自分自身を貶めない生き方こそが、何より大切なんだわ)
リリアナは宝石箱と剣を大切そうに抱え込むと、壇から降りる。すぐにクレアが駆け寄り、小声で「大丈夫?」と声をかけてくれた。リリアナは微笑んで頷く。
「ありがとう。心配かけてごめんなさい。でも、もう決めたの。私は私が信じるものを守る」
それは傷ついた心の叫びでもあったが、揺るぎない意志でもあった。
場内では演奏が再開され、なんとか夜会の体裁を取り繕おうとする空気が漂う。だが、先ほどの衝撃を引きずったまま、しらじらしいムードは拭えない。クリスピンは壇の上で蒼白なまま突っ立ち、周囲からの軽蔑の眼差しを浴びている。ウェンフィールド伯も苦々しい表情だ。
そうして夜会は、混乱と驚嘆、そして哀れにも見捨てられた男を残して進行を続けた。リリアナは会場を後にする準備をしながら、胸にぽっかり空いた穴を塞ぐように、そっと剣の柄を撫でる。
「私が積み重ねてきた時間や思いは、誰かに踏みにじられるためにあるんじゃないわ」
誰の耳にも届かないほどの小さな囁きだったが、そのまなざしには確かな光が宿っていた。
こうして、婚約記念夜会は一転、婚約破棄を公然と突きつけられ、さらに国宝級の品を「いらない」と言い放った男が晒し者となる幕引きとなった。
しかし、この出来事はリリアナの人生において、終わりではなく新たな始まりでもあった。背後で鳴り響く音楽と貴族たちのざわめきを背に、彼女は静かに会場の扉を押し開く。
流れ込む夜風に、青みがかった銀髪がふわりと揺れた。そこには涙もあるけれど、決して消えない決意が詰まっている。それは、自分を認めず傷つける相手などに、これ以上囚われたりしないという強い意志の色でもあった。
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この話以降が短編版からのその後になります。
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