14.
日を追うごとに被害が拡大しているという報告を聞き、リリアナは工房の仲間と共に休む間もなく移動を急いだ。馬車には新型の防護魔術具を可能な限り積んでいるが、あくまで試作品ゆえ不測の事態も起こりうる。
「やはり実戦を意識したテストが必要だったとはいえ、こんな急に魔獣が活性化するなんて……」
荒れた道を進む車内で、リリアナは険しい面持ちになる。今回の魔獣騒動は、単なる自然発生とは思えないほど被害が広範囲に及んでいるのだ。何者かの仕業か、あるいは気象や地形の変化によるものか――原因は不明だが、いずれにしても早急な対策が必要であることは確かだ。
一方、レイナルド率いる騎士団はすでに国境近くの町に到着し、住民や周辺の村の代表から話を聞き込んでいた。あちこちで暗い顔が見られ、焼け焦げたような家屋の跡なども目にする。魔獣の爪痕が生々しいほどに刻まれていて、兵力の増強が急務だと痛感させられた。
「……ここまで被害が拡大しているとは。わたしの国からも援軍を呼べればよいのですが、すぐには難しいかもしれませんね」
レイナルドがそうつぶやくと、部下たちが「今は王都からの増援を待ちましょう。それから、できるだけ安全なルートを探して住民を避難させるべきです」と提案する。
そこへ、町の一角から騒がしい声が聞こえてきた。レイナルドが駆けつけると、見慣れない馬車に乗ってやってきた男が、町役場の人々に何やら絡んでいるらしい。
「なんだ? ……ウェンフィールド家の紋章?」
ちらりと目をやると、馬車には伯爵家の家紋が描かれている。そこには憔悴した表情ながら、大声を張り上げるクリスピンの姿があった。
「俺はクリスピン・ウェンフィールドだ。王宮からの指示で国境の被害を食い止めるために来た。すぐに案内しろ!」
町の代表が言葉を濁す。「申し訳ありませんが、兵隊でもない一貴族のご子息がここへ来ても、どう守れるのか……」と困り顔だ。確かに、彼が何をするつもりなのか皆目見当がつかない。
そんな様子を見たレイナルドは、彼と面識こそないものの、なんとなく事情を察する。噂では、リリアナとの婚約を破棄した男性だという。
「ウェンフィールド様と仰いましたね。失礼ながら、ここは危険地帯です。きちんとした武器や兵士はお持ちですか? どなたかと合流する予定でも?」
クリスピンは一瞬たじろぐが、すぐに虚勢を張ったように口を開く。
「俺にはそこそこ剣の心得がある。兵士くらい雇うつもりだったが、時間がなくてな……。とにかく、魔獣と戦うなら俺も参加させてくれ!」
しかしレイナルドの部下の騎士たちは「これでは足手まといになるのでは」と眉をひそめる。何より、町の人々を守るのに不慣れな貴族一人を加えるメリットが見当たらない。
クリスピンの必死の訴えにもかかわらず、周囲が困惑するばかりなのは当然だろう。もはや王宮や貴族社会での評価とは無関係に、現地の人々の命を預かる場面なのだ。場当たり的に乱入されても困るだけである。
その少し後、町の外れからリリアナたちの馬車が到着したという報せが入ると、雰囲気が一変した。レイナルドをはじめ騎士団の面々は「助かった!」と安堵の笑顔を見せ、町の人々も次々に「リリアナ様の工房なら、きっと役立つ武具を持ってきてくださるに違いない」と期待を口にする。
クリスピンはその様子を見て焦りを感じる。一方で、リリアナが本当にここへ来るとは思っていなかったのか、戸惑いも混ざった複雑な表情を浮かべる。
(なんでリリアナが……そりゃあ、あいつは防護魔術具を作ってるって言ってたけど……まさか本当にこの現場まで来るとは)
まもなく、リリアナは数名の工房職人を連れてやってきた。彼女を見つけたレイナルドは、真っ先に近づいてくると「よく来てくれました!」と心からの感謝を表す。
「この町を拠点に周辺の村を巡回するつもりですが、魔獣の被害が想像以上に拡がっています。防護魔術具の力を借りられれば、被害を減らせるはずです」
「ええ、こちらも準備万端ではありませんが、できるだけ協力します。皆さんの安全を守るために最善を尽くしますから」
そんな二人のやり取りを見守っていたクリスピンは、どうにも居たたまれない気持ちになる。リリアナの周囲には騎士や町の住民が集まり、彼女の技術に大きな期待が寄せられている。それは、夜会で婚約破棄を言い渡した自分への評価とは雲泥の差だった。
しかし彼は意地を張るように、レイナルドとリリアナの会話に割って入ろうとする。
「お、おいリリアナ! 俺だって戦いに参加するつもりだ。お前の武具を使ってもいいだろう? こういう場面こそ俺に任せて……」
彼が何か言いかけたところで、周囲から冷たい視線が注がれる。リリアナは一瞬驚いた顔を見せるが、すぐに無表情に戻り、クリスピンに対して視線を下ろす。
「……あなたがここに来ているのね。正直、驚きだわ」
クリスピンは「そ、それは……」と口ごもる。何より、リリアナの無関心といえるほどの態度が胸に突き刺さる。“夜会で自分が捨てたはずの相手”が、ここでは皆から歓迎されている。
周囲の不安げな囁きや、「足手まといにならないのか?」という声が聞こえる。クリスピンはそれに耐えきれず、「俺だってやれるんだ!」と半ば怒鳴るように言い放つ。
けれど、リリアナはただ静かな視線を向け、「騎士団の方々と相談して決めてください。私はあなたと協力するつもりはありませんので」と言い放つと、再びレイナルドのほうへ向き直る。
失意の色を浮かべるクリスピンに、誰も同情の目を向けようとはしない。現場の状況は深刻で、感傷的な余裕など誰にもなかった。
こうして、国境の町にはリリアナやレイナルド率いる騎士団が集結し、魔獣の襲撃に備える体制が整いつつあった。
しかし同時に、クリスピンが名誉挽回を目論んで割り込もうとするも周囲からは警戒と疑念の目が向けられている。国防の最前線に、不協和音が漂い始める中、リリアナは自分の使命を全うすべく、準備を急ぐのであった。
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