13.
王都から馬車で数日かかる国境地域の被害は、予想以上に深刻だった。山あいの集落を襲撃する魔獣の群れが近ごろ増えているという報告が相次ぎ、農地の荒廃や家屋の破壊だけでなく、行き場を失った住民たちまで出始めている。
その知らせが王宮にも届くと、国防を司る要人たちは緊急会議を開き、王命を受けてレイナルド率いる騎士団を再び派遣することが決まった。レイナルドもすでに国境へ向かっているが、増援が急がれる状況らしい。
工房にいたリリアナのもとにも、そんな厳しい情勢を伝える連絡が届いた。魔獣の襲来による被害が拡大しそうなこの機を逃さずに、防護魔術具を実践投入したいというのが軍部の考えでもある。
「“このままでは村が滅びるかもしれない”……そこまで逼迫しているのね」
リリアナは報せを持ってきた使者から状況を聞き、深いため息をついた。彼女が開発中の防護魔術具が間に合えば、被害を多少なりとも食い止められるかもしれない。何より、あの場所には既にレイナルドの騎士団も出発している。彼女を頼ってくれている人がいる以上、行動に移すしかない。
「わかりました。すぐに準備を整えて私たちも向かいます。工房のみんなと相談して、最低限の装備や修理道具を持っていきます」
こうしてリリアナは、防護魔術具の試作版を抱えて国境地帯へ急行することを決意した。工房の仲間たちも、「自分たちの技術が人々を救うのなら」と積極的に協力してくれる。
ガルスやミラベルら数名の熟練職人も同行し、現地での修理や調整に当たる予定だ。クレアは「ここで後方支援をするわ」と留守を守る役を買って出る。
「クレア、ありがとう。工房のことはお願いね。私たちがいない間にも問い合わせが殺到するかもしれないし、貴族からの嫌がらせがあるかもしれないから」
「大丈夫、任せて。リリアナこそ気をつけてね。無茶しないで」
クレアの言葉にリリアナは力強く頷き、急いで準備を始めた。
一方そのころ、王宮では久しぶりにクリスピンの姿が目撃されていた。夜会での婚約破棄騒動から一気に信用を失った彼だが、それでも名誉挽回を狙ってか、王宮に顔を出しては貴族たちに声をかけているという。
「父上に散々怒鳴られたからな……このままじゃウェンフィールド伯爵家の面目が丸潰れだ。何とかして挽回の機会を得なきゃならん」
クリスピンはそう自分に言い聞かせながら、王宮の廊下を歩く。以前とは違い、使用人や廷臣たちの視線が冷たいのを痛感するが、彼は一向にお構いなしだ。
話を聞けば、国境地帯に魔獣が出没し、大騒ぎになっているらしい。正規の騎士団が急行する中、誰かが活躍すれば一気に評判を立て直すことができるかもしれない――そんな都合のよい筋書きを思いついたのだ。
「はは、そうか。魔獣被害か……そうだ、俺も国境へ行こう。人々を守るために立ち上がったのなら、世間だって評価を変えるに違いない。リリアナがあれだけ注目されてるのも、あの剣や薬で貢献しようとしたからだろう。なら、俺だって……」
だが、そう意気込むクリスピンに対する周囲の反応は一様に冷淡だった。
「ウェンフィールド様が前線へ? しかし、あまり戦いの経験はないとお聞きしておりますが……」
「お力添えいただけるのはありがたいのですが、かえって足手まといになるのでは……?」
駆け引きを心得ている廷臣たちでさえ、この場ではクリスピンを頼りにしようとは思わない。それほどまでに彼は信用を失っているし、実際の実力も未知数に等しい。
「くっ……人を小馬鹿にしやがって。俺だって貴族の端くれだぞ。戦場で活躍してみせる!」
苛立ちを抱えながら宮殿を後にしたクリスピンは、父ウェンフィールド伯にも一応相談する。しかし、父の反応も芳しくない。
「お前が行って何になる? 恥の上塗りをするだけではないのか。もう少し大人しくしていたほうがいい」
そう言われると余計に反抗心が煽られる。自分の失策のせいで家が危機に瀕しているというのに、父はひたすら怒りと冷ややかさをぶつけるばかりで、具体的な助言もしてくれない。
それでもクリスピンは意地になって馬車を用意し、数名の従者を連れて国境を目指そうと動き出す。「どうせ誰もあてにはしないだろうが、せめて戦う姿勢を見せなければ何も変わらない」と自分に言い聞かせて。
かくして、リリアナとクリスピンは別々の目的を抱えながらも、同じ国境地帯へ足を運ぶことになる。




