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12.

翌朝、工房の中庭にレイナルド率いる騎士団の姿があった。彼らは昨日まで王都での手続きを終えたあと、すぐに国境付近へ向かう予定だという。国境では最近、魔獣の襲撃が頻発し、周辺住民の不安が募っているそうだ。

 レイナルドはリリアナの前で静かに頭を下げる。

「急なお願いで恐縮ですが、わたしたち騎士団はこのまま国境地帯に向かわなければなりません。エリオン公国との連絡役を兼ねて、魔獣の動きを調査するのが任務です。国益だけでなく、荒れ地に住む人々の生活を守るためでもあります」

「そう……やっぱり魔獣の被害は深刻なんですね」


 リリアナは少し神妙な面持ちになり、試作品の防護魔術具を握りしめる。これまで工房で試験を重ねてきたものの、実戦を想定したテストはまだ行えていない。だが、実際に被害が広がっているというならば、その場で試験を兼ねて協力できるかもしれない――そんな考えが頭をよぎる。

「レイナルド様、よろしければ……私もお手伝いさせていただけないでしょうか?」

 唐突な申し出に、レイナルドは驚いたように目を見開く。しかしリリアナの表情は真剣そのものだった。

「この工房で開発中の防護魔術具があります。まだ完成形とは言えないけれど、実際の危険地帯で効果を検証したいんです。もちろん、私自身が前線で戦うわけではなく、あくまで皆さんの安全性を高めるために……」


 彼女の言葉に、レイナルドの騎士仲間たちもざわめく。魔術具の性能が上がれば、彼らのリスクが軽減される可能性があるのは確かだが、未知の装備を実戦で試すことへの慎重な意見もある。

 そんな彼らの声を聞きながら、レイナルドはリリアナの瞳を静かに見つめた。

「……そうですね。わたしは、貴女の技術と志を信頼しています。国境の人々を守りたいという思いは、われわれ騎士団も同じ。もし貴女が来てくださるなら、歓迎したいです」


 この返事に、他の騎士たちも徐々に納得の表情を浮かべ始める。リリアナも胸を撫で下ろし、「ありがとうございます。工房のみんなとも相談しますが、なるべく早く出発できるよう準備を整えますね」と笑みを返した。

 しかし、そのやりとりを横目で眺めている人物もいる。工房の門の外、少し離れた場所に立つ上流貴族たちの使者らしき男――鋭い目つきでリリアナとレイナルドの姿を観察していた。


 彼はリリアナが平民出身という出自を知り、内心で舌打ちをする。

(あんな小娘が、いまや国益に深く関わろうとしている……しかも外国の騎士団まで取り込んで功績を上げるつもりか。見下していた相手が躍進していくのは、面白くないな)


 こうした“不満”を抱いているのは彼だけではない。王宮の一部貴族たちは、リリアナが工房で培った技術をもって国に大きく貢献しつつある現状に、危機感や嫉妬を募らせているのだ。

 平民上がりの伯爵令嬢――しかも魔術研究における逸材としての評価が高まり、王族や学術院、さらには外国の要人からも注目されている。もともと保守的な貴族社会では、彼女を快く思わない派閥が存在するのも当然といえば当然だった。


 使者の男は小さく鼻を鳴らし、工房を後にしていく。そこにいる職人たちの笑顔が彼には鬱陶(うっとう)しく映る。

(我々の立場を脅かすなんて、所詮は平民出身の成り上がりだろう。いつまでもいい気になっていられると思うなよ……)


 ほどなくして、アルトワーズ工房内部では国境への同行が話題になっていた。リリアナが広間に皆を集め、状況を説明する。

「レイナルド様の騎士団は、最近頻発している魔獣の襲撃を調べに国境へ向かうそうよ。そこで私たちの“量産型防護魔術具”を実際に使ってみて、性能を確かめたいと思ってるの。もちろん危険はあるけれど、人々の安全に直接貢献できるかもしれないわ」


 ミラベルやガルスをはじめ、職人たちは一瞬たじろぐが、すぐに意欲的な声が上がった。

「なるほど、実地で試すにはうってつけですね。リリアナお嬢様の作る新型の性能が実証できれば、今後の改良も一気に進みますし」

「確かに怖い部分もあるが、工房としても国防に協力できるのは誇りだろう?」


 一方、クレアはリリアナを見つめながら、心配そうに声を落とす。

「でも、やっぱり国境って危険よ。実際に魔獣が襲ってくるわけでしょう? リリアナが前線に出るのは……」

「もちろん、安全第一で動くつもりよ。騎士団と一緒に行動すれば、そうそう無茶なことにはならないはず。むしろ、あの人たちを少しでも助けられるなら、頑張りたいと思ってる」


 リリアナの言葉にクレアは目を伏せるが、すぐに(うなず)いた。きっと、彼女は本気で“人々を守る”ための研究を活かそうとしているのだ。だから止めることはできない。

 工房のみんなが協力を申し出てくれたことで、リリアナは出発の準備を進めることを決める。最低限の材料や道具を持って行き、現地で防護魔術具の微調整をする計画だ。


 ところが、その話を聞きつけた一部の貴族たちは、途端に面白くなさそうな反応を示した。

「まったく……リリアナ・アルトワーズが勝手に騎士団と行動を共にすると? まるで国の代表にでもなった気か? 工房の技術は大切だが、あまりにもあの娘が目立ちすぎている」

「もし功績を上げてしまえば、伯爵家とはいえ平民出身の娘がさらに台頭する。われわれの顔を潰すことにもなりかねん」


 彼らは裏でこそこそと話し合い、何か妨害できる手はないかと策を巡らせる。王宮の権威を使えば、工房の出国や活動を規制することくらいはできるかもしれない。もしくは騎士団に根回しをして、リリアナを排除するよう働きかけるか……。

 いずれにせよ、“リリアナが功績を独占してしまう”未来を避けたい一心で、彼らは暗躍を始める。


 そんな陰謀が渦巻いているとはつゆ知らず、リリアナはレイナルドと日程を調整し、工房の仲間たちが準備した荷物を馬車に積み込む。

「ふう……とりあえず素材と簡易刻印の道具はこの箱にまとめたわ。防護魔術具が破損しても、現地である程度修理ができるようにしないとね」

 ガルスとミラベルがリストをチェックしながら、「大丈夫そうですね」と口々に確認する。クレアは「旅費は大丈夫? あと体調管理もしっかりね」と甲斐甲斐しく世話を焼く。


「ありがとう、クレア。あなたは工房で待っていてくれる? 私が戻るまで、ここを守っててほしいの」

「ええ、もちろん。無理しないでね、リリアナ」


 やがて、レイナルド率いる騎士団が馬を並べて迎えにやってくる。副官の彼はリリアナの動きを見て、「こんな大掛かりになってしまって申し訳ない」と恐縮するが、リリアナは笑ってかぶりを振る。

「いえ、騎士団の皆さまこそ大変な任務でしょう? 私が持って行くものなんて知れています。安全のためにも、いろいろ準備したかったんです」


 そうして一行は工房を後にし、国境へと続く道を進み始めた。馬車の中には、リリアナの大切な試作品や材料、刻印道具がぎっしり詰まっている。

 ――何としても、この装備が実戦で役に立つことを証明し、多くの人々を救いたい。リリアナの思いは純粋だった。彼女の意志に感化されたレイナルドの騎士団も、協力を惜しまない態度を示している。

 だが、その裏でうごめく貴族たちの策謀は、彼女の知らぬところで着実に形を取りつつあった。

お読みいただきありがとうございました!

続きが気になった方は是非とも評価ブクマ頂けますと嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
平民出身の伯爵令嬢ということは、養女なのでしょうか? 父親は義父表記ではなかったのですが...。 説明文見逃したかなぁ(。´・ω・)
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