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10.

ーリリアナ視点ー


 朝早く、工房内はいつにも増して活気に満ちていた。リリアナが新たに取り組む課題――「平民兵士でも扱える防護魔術具の開発」――に向けて、職人たちは全員総出で準備を進めている。

 これまでは、緻密な魔術刻印と高価な素材をふんだんに使った“特別な武具”を少数のみ製作してきた。しかし、軍部からの正式な依頼は規模が違う。大勢の兵士たちが戦場で用いられる装備を、ある程度量産できなければ意味がない。王宮としても、短期間で多くの命を救う可能性があるこのプロジェクトには大いに期待しているようだ。


「よーし、みんな! まずは素材の選定からよ! 極端に希少な鉱石や貴金属を使わないで、どこまで魔術効果を高められるかが勝負だから!」

 工房の中央で、リリアナは張りのある声を上げる。彼女の周囲にはミラベル、ガルスをはじめとする熟練職人が集まり、メモをとりながら指示を仰いでいた。

「まずは防護魔術式の基礎を施したうえで、どこまでコストを削れるか試したいわ。大きな衝撃への耐性が必要だけど、兵士が一日中持ち歩くには軽量化も大事。これは難しい課題になるわね」


 そう言いながらリリアナは、机上に広げた設計図に視線を落とす。そこには何種類もの魔術刻印のパターンがびっしりと描かれていた。魔力効率と耐久力を両立させるために、どのルーン文字をどの順番で彫り込むかが肝要だ。

 ガルスが険しい表情で資料に目を通し、「まるでパズルだな」と(つぶや)く。ミラベルは「でも、うちの工房ならきっとやり遂げられますよ」と士気を高めるように言い、他の職人たちも「よし!」と気合いを入れた。


 そんな熱気漂う作業場へ、クレアが足早にやってくる。どうやら玄関口に来客があるらしい。

「リリアナ、ちょっと。軍の方じゃなかったのだけど……外国から招かれた騎士団の人たちが視察にいらしたの。すごく立派な甲冑で、工房を見学したいって」

「外国の騎士団? この国へ来てるって話は聞いていたけれど、まさかここにも来るなんて……」

 リリアナは目を丸くする。確かに、最近は隣国や海外から技術視察に来る要人が増えていると噂されていた。王宮が主導して、いろいろな国との交流を盛んに行っているからだという。


 リリアナとクレアが工房の正面入口へ向かうと、金属の光を反射させる甲冑を身にまとった騎士たちが並んでいた。胸当てには見慣れない紋章――隣国エリオン公国の象徴である“双剣と薔薇”が刻まれている。

 その中で一歩前に出たのは、淡い茶髪を後ろで束ねた青年。きりりとした顔立ちではあるが、どこか柔和な雰囲気を漂わせている。彼はぺこりと頭を下げ、流暢(りゅうちょう)な言葉で名乗った。

「はじめまして。わたしはエリオン公国騎士団の副官、レイナルドと申します。本日は王宮への訪問に合わせて、ぜひアルトワーズ工房も視察したいと伺いまして……ご無理を言ってすみません」


 彼の丁寧な態度に、リリアナはホッと安堵する。外国から来た騎士たち、というだけで最初は少し身構えていたが、このレイナルドという人物は好意的な印象を与えてくれる。

「いえ、こちらこそ歓迎します。私はリリアナ・アルトワーズ。この工房を取り仕切っております。騎士団の皆さまにご興味を持っていただけるなんて光栄です。ぜひ中をご案内しますね」

 そう言ってリリアナが案内を申し出ると、レイナルドは頬を緩めて「お言葉に甘えさせていただきます」と返した。


 彼ら一行を伴い、工房の通路や作業場を回る。防護魔術具の試作を進めているスペースでは、職人たちが手を止め、珍しそうに騎士たちを見つめる。エリオン公国といえば武芸や剣術に秀でている国として有名で、実戦で磨かれた鎧や武器を多数保有していると聞く。

「なるほど……ここが噂のアルトワーズ工房。規模はそれほど大きくないと思っていましたが、中は実に効率的に区画整理されているのですね。素材保管と加工エリアが隣接しているのは、確かに便利そうだ」

 レイナルドの言葉に、リリアナは誇らしげに微笑む。

「ありがとうございます。私たちは大掛かりな施設を持っているわけではありませんけど、専門の職人が集まって連携することで、他には真似できない技術を実現してきました」


 見学の最後には、リリアナが今進めている“量産型の防護魔術具”の計画書も少しだけ披露した。軍部との契約上、詳しい仕様までは開示できないが、レイナルドたちが興味津々の様子なのが見て取れる。

「こういう形で多くの兵士を守る仕組みを作りたいと考えているんです。まだまだ課題は山積みですけど、もし実現できれば国内だけでなく、周辺諸国でも活躍できるはずだと思うんです」

 リリアナが情熱を込めて語ると、レイナルドは感心したように口元を緩める。

「貴女の噂はかねがね耳にしております。国宝級の剣や回復薬を作った若き天才、だとか。今までは半信半疑だったのですが、お話をうかがうほどに、それが誇張でないとわかりましたよ」


 レイナルドの率直な称賛に、リリアナはわずかに頬を染めながらも真っ直ぐに彼を見つめる。

「そう言っていただけるのは嬉しいですけれど……私はまだまだ未熟です。ただの“職人”で、国宝級だなんて呼ばれるほど立派なものじゃないです」

「それがまた、素晴らしいと思います。才能がある人ほど自惚(うぬぼ)れず地に足をつけている。そういう人柄だからこそ、ここまでの技術を育めたんでしょうね」


 レイナルドの言葉に、リリアナは胸がじんわりと温かくなる。王宮や貴族の間で評価されることは嬉しいが、往々にして彼女の“技術の価値”ばかりに視線が集まりがちだ。だがこの青年は、リリアナ自身の姿勢や努力に敬意を払ってくれているようだ。

「あなたは……騎士団の副官とのことですが、実際に剣を取って戦われるのでしょう?」

 興味を抱いたリリアナが尋ねると、レイナルドは小さく頷く。

「ええ。エリオン公国は魔術技術よりも剣技や戦術を重視してきましたから、私も幼い頃から剣を握ってきました。ですが、最近は魔術研究の重要性を国も認めていて、こうして他国を訪ねては視察や学習を進めているのです」


 なるほど、騎士団の一行がここに来た理由がわかった気がする。今後は剣術だけでなく、魔術とも協調しながら新しい戦闘スタイルを模索しているのだろう。その中でリリアナの工房が開発している防護魔術具は、非常に興味深いはずだ。

 しばし談笑を続けた後、レイナルドは「ぜひ今後も連絡を取り合いたい」と控えめに申し出る。

「貴女が作る量産型防護具がもし完成すれば、多くの人命を救えるでしょう。エリオン公国も含め、周辺国にも有益な発明になるかもしれません。わたし個人としては、そうした未来を見届けたいんです」


 リリアナは照れながらも、その申し出をありがたく受け取った。ここしばらくは、貴族や研究機関からの“協力要請”が相次いでいて、時には腹黒い思惑を感じ取ることもある。だが、レイナルドたちからは純粋に「戦場で人を守りたい」という意志がうかがえる。

お読みいただきありがとうございました!


続きが気になった方は是非とも評価ブクマ頂けますと嬉しいです!

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