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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いずれ死にゆく貴方へ

作者: コバヤシ葉

 憎いほどに空が青い。男は舌打ちをした。

 山奥にひっそりと建つコテージのベランダで、椅子に座り足組みをした青年は晴れ渡った空を不機嫌な顔で見つめている。


「雨っていう予報だったじゃないか」


 男は、かつての魔族頭領。魔王と呼ばれていた。かつての威厳はどこへ行ったのか、すっかり所帯染みた雰囲気だ。彼の隣には華奢なデザインの椅子が置かれている。椅子の主はもういない。


 彼——魔王アルトは、その余生をかの有名な勇者カナンと共に過ごしていた。暮らしに少しの波乱も無く、彼は初めて心の平穏を知った。


 彼はカナンを愛していた。きっとカナンも彼を愛していた。魔王の頃に散々貪った湧き上がるような情欲ではなく、心の一番弱い部分をお互いに曝け出し撫で合うような、くすぐったいけれど暖かい愛だった。この時が一生続けばと、彼は本気で考えていた。


 けれどカナンは人だった。人はすぐに死ぬ。カナンは流行り病に罹りあっけなく死んだ。死ぬ間際のカナンの顔が頭にこびりついて離れず、毎夜悪夢を見るので目には隈が浮いている。戦時中、人族のことを、殺しても殺しても湧き上がる虫のようだとようだと嘲り笑っていた頃の自分を、幾度となく殺したくなった。魔族として長い生を受けた彼にとって、カナンのいない生活は価値のない命をただ消費しているにすぎない。だが時々、まるで今でも彼女が自身の体に寄り添っているようだと感じる時がある。部屋を掃除するのも、毎日欠かさず食事を摂るのも、カナンと共に過ごした日々をなぞり懐旧に耽るためでしかなかった。

 彼はいつもカナンと初めて会った日のことを思い出す。


 視界が赤く染まっていた。額から血が流れていたのだろう。肺は仕事を放棄し、息を吐くたびにゴポゴポと嫌な音がする。死の間際、アルトは自分が置かれた状態を冷静に分析していた。


 人族との争いも佳境を迎え、アルトが重用していた部下は死に絶えた。それは人族も同じだった。アルトは、1人取り残された勇者と呼ばれていた人間と対峙する。お互い、長として足元に転がる死体の山にけじめをつけなくてはいけない。残っていた全ての体力を振り絞り、手元の剣を握る。アルトが獣のような慟哭を発すると、勇者は体をぴくりと振るわせアルトの目をじっと見つめた。アルトは、その時見た勇者カナンの目が未だに忘れられないでいる。目の前に広がる凄惨な光景を一蹴するような、溶けたバターのような色をした魅惑的な目。その奥で暖かく光る黒い瞳は、ぼろきれのようになったアルトを映し出していた。


 アルトが剣を振り下ろすと、勇者はその剣を止めて振り払った。アルトの手から剣がカラカラと落ちる。剣を拾おうと姿勢を変えたアルトの首元に勇者の剣先が迫った。凛と立ち尽くす勇者の姿に、アルトはどこか神性を見出していた。


 ああ、負けた。不思議と悔しさはなかった。この人間に殺されるのであれば、本望であるとすら思った。大人しく首を下げる。すると子供のようなしゃくりあげた泣き声が頭上から聞こえてきた。ぎょっとして、アルトは思わず頭を上げる。


 カナンは、頬に大粒の涙を垂らし、手の甲で血の混じった鼻水を拭いていた。


「……もう、もうやめにしよう。もう誰も殺したくない……」


 アルトは勇者カナンを見つめ、ああ、とだけ呟いた。こうして200年続いた人魔の戦争は終わりを迎えた。形式上は魔族が降伏したという形だが、決して魔族が不利な状態にならないようカナンが取り計らった。お互い引くに引けない状態だったのだろう。みんな疲れていた。


 全ての終戦作業が終わり、アルトとカナンは逃げるように国の端の森の中へ移り住んだ。 

 なぜあの時私を殺さなかったのか、アルトは一度カナンに聞いたことがある。カナンは笑い皺の浮いた目元をさらにくしゃっとさせて言った。


「君があまりにも、悲しい顔をしていたから」


 アルトの訝しげな顔に気づきながらも、カナンは続けた。


「人間はみんな、魔族は怖い存在だって教わっていたんだよ。目が合うと目玉をくり抜かれるとか、八つ裂きにして食べられるとか」


「そんなことはしない。そんなことを想像できる人間の方が怖い」


「うん……君たちがあまりに違う存在だから、人間は恐れたんだ。でも違う。君を見てそう思ったんだ」


 アルトは少し気恥ずかしくなってカナンから目を逸らした。そんな彼を見てカナンはくすりと笑う。


「今思うと一目惚れだったのかもしれない」


 カナンの声色が突然真剣になり、アルトはたじろぐ。はちみつ色の目がアルトを見つめる。アルトは微笑んで、カナンの柔らかい髪をそっと撫でた。

 


 魔族は、古くから錬金術に長けていた。それは魔族の特性というより、長い寿命故に途方もない数の失敗が許されたからだった。しかし錬金術の中でも失敗の許されない術がいくつかある。その内の一つは死者の蘇生だ。魂を呼び戻すのは並大抵のことではなく、213年前、亡くした子供を呼び戻そうとした人族が、魔族の力を借りて死者の蘇生を行い失敗した。そして、人族350人、魔族20人死亡の大事故が起きた。それ以来死者蘇生は禁忌とされている。


 だが、アルトは死者蘇生を行おうとしていた。その事故についてまとめられた書籍を読んだとき、その術の材料を見て明らかな間違いに気づいてしまったからだ。逆に言えば、間違いを正して足りなかったであろうものを充分に揃えさえすれば確実に死者蘇生は成功すると、アルトは信じていた。


 足りなかったもの、それは肉だ。事故が起こっていたときに材料として使っていたのは、牛2頭の死体だったらしい。結果、生ける屍のような中途半端なものが生まれた。蘇生対象とあまりに遠い存在の贄では失敗してしまうのではないか。動物が何匹群れても人族にはならないように、動物の命で人は蘇らない。それがアルトの出した結論だった。


 アルトの目の前には一つの瓶が置いてある。瓶の中は琥珀色の液体で満ちている。蘇生で使う秘薬だ。

 アルトはこれを、カナンの誕生日に飲むと決めていた。そして自身の体を贄にして死者蘇生をする。失敗したとして、この世に何の未練もない。それが許されざる行いだということを教えてくれる者は、彼の隣にもういない。


「辛気臭い顔してるな」


 気怠そうな声が響く。声の主はアルトの前に立っていた。


「憎まれ口しか叩かないな」


 マクナは赤髪の女性で、珍しい人族の錬金術師だ。カナンの世話役だった人物でカナンの母親のような存在だ。アルトとカナンが亡命した後も、なにかと2人の様子を見にきていた。


 カナンが死んだ後はアルトと共に住んでいる。カナンの葬式の時も飄々としていたので、アルトはこの人物を信用できずにいた。彼女は、アルトが死者蘇生をすると言った時何も言わずにうなづいた。眉間を少し動かして悲しげな表情を作ったので、アルトは内心とても驚いた。マクナが薄い唇を動かす。


「この薬だが、実はまだ未完成だ。これに胎頭花の朝露を入れれば完成する」


「胎頭花?」


「種の入手が難しい花だ。錬金術師のコミュニティを探してもそんなに出回っていない。それに……」


 マクナが言い終わらないうちに、アルトは、リビングから美味しそうな香りがしていることに気づいた。そんな彼の様子に気づいたのか、マクナは顎でリビングを指した。


「飯だから、食いたけりゃ食え」


 マクナはカナンの死後もなんだかんだとアルトの世話を焼いていた。それは瞬く間に衰弱していくアルトのことが心配だったからだが、彼はそんなことに少しも気づかずにいた。


 マクナはカナンのことをあまり話したがらなかった。カナンの話題になると口を噤む。死んだ者をどれだけ想っても帰ってこないのであれば、想うだけつらくなるからだった。


 アルトは慣れた手つきで机に2人分のカトラリーを並べる。本当はカナンの分も並べたいが、マクナに怒られるので控えている。マクナがブラウンシチューをよそいパンをちぎって皿の端に並べる。マクナの料理はびっくりするほど美味しい。アルトが作っても、同じ味にはならなかった。


「さぁ、食べよう」


 マクナの声が部屋に響く。頬張る2人を切れかけの電灯が照らした。


 はしゃぐ子供の声。酔いが回った大人たちの笑い声。焼けたお菓子の香り。花が街を鮮やかに飾る。今日は終戦記念日だ。アルトとマクナも変装して参加していた。『勇者カナン万歳!』『勇者に栄光あれ』街の至るところにカナンの名前がある。


 街にはちらほらと魔族もいる。みな一様に気まずそうな顔をしながらも祭りに参加していた。世界は共存に向けて動き出している。


「マクナ、あっちに露店が沢山あるぞ」


 アルトがマクナの袖を引っ張る。いつになくはしゃいだ様子の元魔王を見て、マクナは幼い子供を諭すように声をかけた。


「今日の用事は祭りじゃないだろう。あとでゆっくり見よう」


 2人は祭りで賑わう大通りを抜け、路地に入る。金属製の壊れかけた扉が何個も並んでいる。しばらく歩いて曲がった先にある緑の扉を、マクナは叩いた。しばらくして腰の曲がった老人が2人を出迎えた。顎先が尖った老人は卑屈そうな笑みを浮かべており、好好爺とは程遠い爺さんだとアルトは内心思った。


「……魔王様が何の用で」


 アルトは自分の正体が見破られたことにドキリとした。


「私の息子は、先の戦争で死にました。大事な1人息子でした。女房は息子を亡くした心労で自ら命を断ちました。魔王様の顔は一度たりとも忘れたことはありません。息子の仇を取らなくてはいけないですから」


 シワだらけの顔を歪ませて老人は切々と語る。アルトは顔を引き攣らせ、いつでも逃げられるように辺りを見渡した。


「爺さん、悪い冗談はよせ。あんた息子なんていないだろう」


「……へへへ、面白いと思ったんですが」


 マクナは大きなため息をつき、眉間に皺を寄せた。


「……全然面白くない。それより以前頼んでいたものについて話したいんだが」


「はいはい、お待ちしておりました」


 玄関を通ると、すぐに応接間らしき部屋があった。赤い光沢のある生地で作られたソファーに座る。


「これが胎頭花の種です」


 木の箱に綿が詰められている。その上にポツンと石のような塊が乗っている。マクナはそれを指で摘み、まじまじと見た。老人が手揉みをして笑う。


「本物ですよ。感謝してほしいぐらいです。最近は錬金術師に対する弾圧も強くなってきて大変なんですから」


「……仕事については爺さんのこと信用してるよ」

「ありがたい限りで。ところで胎頭花なんて何に使うんです?」


「死者蘇生をする」


 マクナがあまりに憚らず言うので、アルトは少し複雑な心境だった。


「そうですか……。あれも禁術とされて長いですけどね。術は誰が執り行うんです?」


「私が。こいつの申し出で、肉はこいつの体を使う」


 老人は真剣な顔でマクナを見つめた。2人の間に独特な間が流れる。アルトは沈黙に耐えきれず咳払いをした。老人の口が開く。


「………戦争も終わって人魔の関係は前より良くなりましたが、今度は錬金術師狩りが流行ってるようですよ。戦前に比べて規制も厳しくなっていますし。マクナさんもお気をつけて」


「ああ……ありがとう」


 マクナと老人が商談を進めている中、アルトは部屋を見渡していた。一枚の写真を見つめる。写真の中には目の前にいる老人と瓜二つの人物が写っている。写真はかなり古そうだ。服装からして100年は前だろう。この老人は一体いつから生きているのか、アルトは不思議に思った。老人はそんなアルトに気づいたのか、へへへと笑った。


「私も蘇生された者なんですよ」


 アルトの目に驚きの色が浮かぶ。マクナは知っていたのだろうか、特に感情なく写真を見つめる。


「娘がいたんです。私にだいぶ懐いていてね……彼女が私を蘇生してくれた。死んだ私の体を使ってね。……術を使って娘はすぐに死んでしまったけれど。今でもふと、自分が誰なのかわからなくなる時があります」


 老人の目には名状し難い感情が渦巻いているように、彼の目からは見えた。


「……お二人はお祭りは見に行かれましたか?」


 老人は唐突に話題を変えた。これ以上死者蘇生について話したくないのだろうとアルトは理解した。


「いや、まだ行ってない」


「そうですか。気をつけてくださいね。最近錬金術反対派の運動が過激になってると聞きますから。隣り町のイースさんは反対派の集団に襲われてて亡くなったそうです」


「ああ、気をつける」


 マクナが老人に紙幣を渡すと、老人は手に唾をつけ数を数えて、満面の笑みでぺこりとうなづいた。貰ったお金を部屋の隅にある祭壇に備える。この地域土着の宗教で、人道的な教えが多く信者は他者を傷つけることを忌避する傾向がある。この爺さんも熱心な信者だったのか、とアルトは内心驚いた。マクナが立ち上がると、よたよたと歩きながら玄関を開けた。アルトが扉を抜ける時、老人が小さな声で呟いた。


「マクナは狂ってる。お前さんも気をつけた方がいい」


 驚いて老人の顔を見ると、張り付いたような笑顔を顔に浮かべていた。アルトは老人の顔を一瞥する。

 マクナが狂っているのであれば、自分も狂っている。アルトは不満げな表情を浮かべて足早に老人から離れた。どこからか、楽器の音が鳴り響く。あの日も同じ音楽が流れていた。アルトは初めて祭りに行った日を思い出した。


 あの日、街の人は音楽に乗り思い思いに踊っていた。賑やかな雰囲気に馴染めずにいたアルトの腕を強引に掴み、カナンは彼の体をくるりと回す。戸惑うアルトの顔を見て、カナンは大きな声で笑った。


 カナンの細い腕には幾度もの戦いでついた傷跡が浮かんでいた。カナン付き添いで来ていたマクナの手も掴み、3人で輪になってくるくると踊った。街の人は自分たちの娯しみに夢中で、3人のことなどまるで見えていないようだった。気恥ずかしそうな顔でカナンを見つめるアルト、苦笑いをしながら踊るマクナ、大きな口を開け全力で楽しむカナン。アルトの耳に、あの日と同じ音楽が届く。彼の人生で最高に幸せな日の一つだった。


「……楽しそうだな」


 マクナが大通りを見つめる。彼女もあの日のことを思い出していたのだろうか、とアルトは勘繰る。マクナはうっすらと微笑んでいた。


 胎頭花はなかなか芽が出なかった。毎日のように芽吹かない土を眺めるアルトを、マクナは呆れた顔で見つめていた。


「気晴らしに街にでも出かけてきたら?」


 マクナの提案にしばし思案した後、アルトは体を隠すほど大きいコートを着て外に出た。マクナは戸の閉まる音を背中で聞きながら、薬の調合をしていた。

 半日ほど経ったのち、扉に付けた鐘が鳴った。アルトが帰ってきたのかと思い彼女が玄関を開けると、警備隊の服を着た青年が数人立っていた。マクナは一瞬驚き、すぐにしかめつらになる。


「憲兵が何の用だ」


 一際図体のでかい男がマクナの目の前に出る。


「錬金術師がここにいるとの密告があった」


「いないよ。もう死んだんじゃないのか」


「お前錬金術師だろう!」


 憲兵はマクナの顔に限りなく近づく。威圧しているのだろうが、マクナの表情はぴくりとも動かなかった。


「はぁ?何でそうなる」


「我々の元に密告が入った」


「それをバカ正直に信じたのか」


「……悪いが部屋に入らせてもらう」


 憲兵が一歩踏み入れようとした途端、マクナは声を張り上げた。


「入るな!」


 空気がピリピリと揺れる気配を感じるほどの大声に憲兵の動きが止まる。その隙を見逃さずマクナは憲兵の体に体当たりをして退かし、扉を閉めた。


「開けろ!!」


 憲兵が再び扉を強く叩く。調合していた薬を急いで隠す。そして玄関をもう一度開き、憲兵を招きいれた。

 図体のでかい男の首が飛ぶ。後ろにいた憲兵は己の頬についた血にも気づかず唖然としていた。男の首は切り落とされた後もパクパクと動いていた。マクナはそれを自分の顔と向き合うように持ち上げた。


「新鮮だな」


 マクナが声を発すると、事態に気がついた憲兵が叫んだ。マクナはポケットから薬を取り出し蓋を開けた。液体は小さな玉となり空中を浮遊する。玉は逃げた憲兵の耳の中に入り体内を犯した。死んだ兵士を担ぎ部屋の中に入る。マクナは一息つくと足元に転がる死体の山を見てため息をついた。

 扉の向こうで足音が聞こえた。マクナは体を緊張させて扉を凝視する。街から帰ってきたアルトは、剣を構えて待つマクナに驚いた。


「なんだ、ついに俺を殺すのか」


 マクナは肩の力が抜けたように剣を落とした。アルトはそれをそっと拾い元の場所に戻す。そして彼女の肩をさすった。彼女には、それがアルトなりの労いなのだと分かっていた。マクナが何が起こったのか雑に説明すると、アルトは考えるように宙を見つめた。


「……こんなことしたら術師に対する弾圧がもっと強くなるぞ」


「分かってる」


「分かってない。魔族に対する偏見もまだあるんだ。私と一緒に過ごしているだけでもリスクがあるんだ!マクナまで死んだら俺はどうすればいいんだ!」


 アルトは声を荒げて言った。そして思い出したようにマクナに尋ねた。


「こいつらもカナンと同じように弔うのか?」


 マクナは力が抜けたような表情で、そうだなと呟いた。アルトは大きなため息をつく。


「禁術を使うことを知られたら、マクナは確実に殺される。今日憲兵も殺してしまった。……なぁ、マクナのこと本当に大事に思っているんだ。お願いだから危ないことをしないでくれ」


「私もお前のことを本当の子のように思っているよ」

 

 2人の間に沈黙が流れる。アルトが何かを思い出したように目を丸めた。


「……そうだ!胎頭花の芽が出てたんだ!」


 アルトはマクナの手を引き、新しいものを見つけた子供のように目を輝かせて庭を指差した。緑の芽がちょこんと土から顔を出していた。


「本当だ。結構高かったからな。偽物じゃなくてよかった」


「あとどれくらいで花が咲くんだ?」


「芽が出たら早いよ。ぐんぐん成長するんだ。あと一週間くらいじゃないかな」


「そうか、楽しみだ」


 アルトは撫でるように芽に触れた。



 胎頭花が咲いた。アルトは自分と同じくらいの背ほどの花を覗き込む。

 ひだまりのような鮮やかな橙の花だ。開いた花から、キャーキャーと音が鳴り、まるで赤ん坊の泣き声のようだ。花びらの上に雫が浮いている。アルトは朝露をそっと瓶の中に入れた。琥珀色だった瓶の中身が、徐々に爽やかな水色へと変わった。アルトはそれをぐいと飲み干した。アルトの瞳孔が揺れて、体が左右にぐらつく。倒れそうになったアルトの体をマクナが支えた。マクナの目の端には涙が浮いていた。アルトはその涙を手で拭う。


「マクナが泣くなんて珍しいな」


 マクナは何も言わずにアルトの体を抱きしめた。汗ばんだ彼の額に付いた前髪を撫でる。


「お前たちは馬鹿だ」


「……迷惑かけてすまない」


 マクナはアルトの胸に顔を埋めて唸るように泣いている。マクナを見て、酷いことをしてしまったとアルトは初めて後悔した。

 胎頭花が風で揺れる。アルトの心臓はその音を止めた。


 マクナはアルトの体を担ぎキッチンへ向かった。人体蘇生の術は、胎頭花で作った薬を飲んだ死体を女性が摂取することで完成する。そうすることで望んだ人物の生まれ変わりの命が体内に宿る。失敗すれば化け物が生まれる。


 マクナは手慣れた手つきでアルトの体を解体していく。血抜きをするために胴体を吊るすと足元はすぐに血だらけになった。カナンが死んだ日と同じようだとマクナは思った。キッチンの横で、アルトの目は半開きになりマクナを見つめていた。マクナの地元では、死者の肉は残された者が食べて葬ることになっていた。そうすることで、亡くなった者は残された者の一部となり生き続けることができる。その行為を受け入れることのできない者からは敬遠された。アルトから死者蘇生を提案された時、少し悲しかったが抵抗感はなかった。


 太ももの肉の皮膚をはいでぶつ切りにし、臭み消しの薬草と共に煮る。ホロホロになるまで煮たら、根菜、赤ワイン、トマトを入れてさらに煮込む。いつものブラウンシチューの香りがキッチンに漂った。

 美味しそうな香りを嗅ぎながら、マクナは懐かしい情景を思い出していた。


「マクナ!アルトのパンが私よりも多い気がするんだけど!」


「2人とも同じ量だよ。嫌なら交換しな」


「断る」


「ケチだ!」


 マクナは2人の皿に、自分のパンを少しずつ分けた。


「お前たちは本当に子供みたいだな」


 思い出し、ふふ、と笑う。

 願わくば愛しい2人をもう一度この腹に宿してほしい。シチューをぐるぐるとかき混ぜながら、マクナは目を閉じ腹を撫で、願う。




 


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