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選挙義務化の法律ができたら二人は…  作者: M
第一条 選挙義務化の法律ができたら二人は…
1/2

1 ボーイミーツガール in投票所

皆さん選挙に行きましょう。


 四月二日(日)

 僕、『寿林 悦人』の十八歳の誕生日だ。


 そして、偶然にも、市議会議員選挙の日。


 一去年、選挙が義務化された。

 投票に行かないと、棄権したとみなされて罰金を取られる。

 オーストラリアの制度 (※1)を参考にして、投票率を飛躍的に向上させ、国民の政治への関心を高めることに成功……と言われている。


 高校三年生になると、選挙という授業 (※2)が増える。

 だけど、そう言うのは、二年生のうちにやっといてくれよ。僕みたいな四月に十八歳を迎える学生のことも考えてくれないと。


 誕生日の朝なのに、僕は少し憂鬱な気分でリビングに降りてきた。


「あれ、父さんは?」


 日曜の父さんは、いつもテレビを見ながらゴロゴロしているのに。


「朝一番から仕事よ。今日は選挙だからね。かなり遅くなるって。」


 父さんは役所に務めているから、選挙の日は忙しい。

 でも、義務化前と比べると、選挙にかかる広報の仕事とお金が減って、罰金収入が増えてるから、役所としては良かったとかなんとか言っていた。


「悦人、あんたも初選挙だね。お誕生日おめでとう。」


 母さんは誕生日のお祝いの言葉をかけてくれる。

 だけど、選挙のついでにおめでとうと言われても嬉しくはない。


「ああ、うん。」


 母さんは、僕の生返事が気に入らなかったらしい。


「これ投票用紙 (※3)よ。ちゃんと今日中に選挙に行ってね。罰金なんてなったら、あんたのお年玉預金から差っ引くから。」

「ああ、分かってるって。」


 僕は、母さんから手渡された封筒を受け取る。

 十八歳になるまで期日前投票はできない (※4)から、僕は十八歳になった今日、初めての選挙に行くことになる。


「あそこの公民館だし、お母さんも一緒に行こうか?」

「いや、いいよ。一人で行く。」

「後にずらしても、面倒臭くなるだけよ。早く行ってしまいなさい。」


 母さんはそう言うと、洗濯物を干しに二階へと上がっていった。

 動画を見ながら一人で朝ご飯を食べる。


 確かに母さんの言うとおりだ。

 春休みで気が抜けている今、昼からだと出掛ける気にはならなさそうだ。


(……行くか。)


 家を出る前に封筒を確認する。

 中には僕の名前が印刷された紙と罰金の警告のお知らせが入っていた。

 黄色地に赤色の文字で不安を煽る文書だ。


(市役所も趣味悪いな。)


 センスの良くない父さんの顔が思い浮かぶ。


 そう言えば父さんが、投票が終わったら、出口に証明書が置いてあるから貰っておけと言っていたな。

 証明書を見せると割引してくれるお店がある (※5)そうだ。


 前からそういうサービスはあったらしいが、投票の義務化のお陰で増えた人出を呼び込もうと、いろんなお店が盛り上がっている。

 まるで映画の半券で割引されるのと同じ感覚。近くのカフェは選挙の日だけ朝七時 (※6)から開けているらしい。

 義務化の効果すごいな。


 友達と一緒に選挙に行けたなら、コーヒーとか飲んできても良いかもしれない。

 が、残念ながら今日四月二日に選挙権を持った友達はいない。

 せめて五月なら二、三人はいるかも知れないのに。

 仕方ないが、一人で行くしかない。罰金になって貯金を巻き上げられるよりはましだ。


「行ってきます。」


 九時少し前に僕は公民館へと出かけた。

 小学校の頃まではイベントがある時に遊びに来ていたが、もう五年くらいここには来ていない。


 公民館には、土足で上がれるように濃い緑のシートが床に貼られていた。

 義務化のお陰で若い人の投票率が上がったから、大きな投票所では選挙にあわせて若い人向けのUターン就労や婚活イベントなんかをやっている。

 ここは老人が多い地域だからか、イベントはやってないみたいだ。


 入口にはちょっとした行列ができていた。前の人について並ぶ。

 良かった。前の人がやっている事を見ながら進めば良さそうだ。


 投票所の入口まで来ると、受付のおじさんに、封筒の紙を渡す。

 おじさんが隣のおばさんと一緒に何かの名簿 (※7)を確認して、印をつける。この印がつかないと罰金になるらしい。

 そして、変な機械 (※8)のボタンを押すと、機械から紙が一枚出てきて手渡された。


「あちらの記載台で、この投票用紙にご記入の上、投票箱へ入れてください。」

「は、はい。」


 僕は少し緊張して声が裏返る。

 これが投票用紙か…。


 僕が記載台へと向かうと、ちょうど記載を終えた人が振り向いた。


「あっ。寿林くん!」


 それは、一年からずっと同じクラスだった『登呂 美緒』だ。

 真面目タイプの地味な子で、正直、彼女とはほとんど話をしたことはない。

 顔と名前を知っている程度……で、この二年間を過ごした。


「あ、登呂さん。」

「良かった〜、知ってる人がいて。ちょっと心細かったんだ。私、選挙は初めてだから。一緒に来れる友達が誰も居なくて。かと言って、親と一緒に来るのも変だしさ〜。」


 彼女は一気に話す。

 こんなに喋る人だとは知らなかった。ちょっと驚いた。


「僕も同じ。」


 僕はそう答えるのがやっとだった。


「そうだよね〜。もう書いたの?」

「いや、これから。」


 その時だった。


「投票所内では、静かに!」


 立会人と書かれた席に座っている人 (※9)に怒られた。


「「ごめんなさい。」」


 二人で謝ると、登呂さんは投票箱へ、僕は記載台に向かう。

 僕は決めておいた候補の名前をササッと書いて、投票箱に入れる。

 投票の様子を見ていた立会人に軽く頭を下げて、もう一度謝っておく。


 緊張した初選挙を終え、公民館を出た。

 すると、登呂さんが待っていて、僕に声をかけてきた。


「ごめんなさい。私のせいで寿林くんまで怒られちゃって。」

「いや、いいよ。気にしてないから。」

「良かった〜。」


 こんなに笑う登呂さんを見たことがなかった。

 彼女は優等生で、学級委員とかやるような真面目な人だったから、こんな緊張する場所であんな気軽に話しかけてくる人だとは思っていなかった。

 いや。逆に緊張して不安だったからこそ、僕なんかに話し掛けてきたんだろう。


「ここに投票に来たってことは、登呂さんって、この近くなんだ。」

「うん。高校が決まってから引っ越して来たの。だからちょうど二年前。通学もこっちの方が便利だったし。」


 知らなかった。近くに住んでるのは中学校からの友達だけだと思っていた。


「でも、同じ電車になったこと無いよね。」


 すると、登呂さんは少し悲しそうな顔になる。


「いつも同じ電車に乗ってるよ。」

「えっ? そうなの!?」

「寿林くんは、いつも友達と話ししてるから、私には気付かなかったんだね。」


 僕は男友達としか話してなかったからなぁ。本当に気付いてなかった。

 ……悪いことしてたな。しかも二年間。

 もしかしたら、この辺で遊んでいる時とか、すれ違っていたのかも。

 僕が無視してたとか思われてるんじゃないかな。


「あ、あの、ほんとごめん。」

「ううん。私って、地味だから仕方ないよ。」


 うわぁ。これはやってしまった。

 申し訳ない気持ちで一杯になる。


 あ、そうだ!

 でも…それは…。

 いや。ここで引き下がったら、酷い人間と思われたままになってしまう。


 僕は思い切って口を開く。


「ねえ。登呂さんって、この後予定ある?」


※1 オーストラリアやベルギー等、一部の国では選挙が義務化され、投票しないと罰則がある。


※2 主権者教育。選挙や政治について授業を行う。選挙管理委員会が協力する場合もある。


※3 正しくは投票所入場券。これを投票所で投票用紙と交換する。失くしたり忘れたりしても投票はできる。


※4 期日前投票は投票の時点で十八歳になっている必要がある。ただし不在者投票は可能。手続きは少し違うが、事前に投票ができない訳ではない。


※5 一部の市町村では投票済証明書を発行しており、それをお店に持って行くと割引等が受けられるセンキョ割というサービスをしている所もある。


※6 投票開始は多くの地域で朝七時から。一番最初の投票者になると、投票箱の中が空であることを確認させてくれる。


※7 選挙人名簿。紙の一覧表。なぜかいつまでも電子化されない。


※8 投票用紙交付機。投票用紙を一枚ずつ出すためだけの機械。一人に複数枚渡してしまうと大問題になるため、多くの自治体で導入されている。


※9 投票立会人。朝七時から夜八時までの十三時間、投票所にいないといけない人。最近は交代制を導入している自治体もある。

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― 新着の感想 ―
もしも日本において選挙の投票が権利ではなくて義務に変更されたら、学校で行われている主権者教育の在り方も大きく変わりそうですね。 現実でも成人年齢が18歳に引き下げられた時に主権者教育に力が入れられまし…
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