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『ハルカの過去・1』

城の中には大きな食堂があり、兵士達は基本そこで食事を済ませる。


だが、巫女だけは違う習慣がある。

肉、卵、魚などの『なまぐさ』を食する事は禁止。

そういうものを抜いたオリジナルメニューを、自分達で調理し食べる。


礼拝堂の裏には小さな台所があり、当番の巫女が調理を担当する。

そしてダイニングテーブルを囲み、神に祈りを捧げ、食事をとる。

『ショウジンリョウリ』という、東洋から伝わる物だ。



七時には夕食を済ませ、ハルカは城の裏手にある池のほとりに立っていた。


(大和村を出て、ラヴァゴートに来て・・・もうすぐ二年かぁ。)


ハルカは空を見上げ心の中で呟いた。

空には小さな三日月が浮かぶ。


ふところからタバコを取り出し、マッチで火をつける。

一口吸って、ふぅー・・・っと長い煙を吐いた。


神職者である巫女はタバコはご法度だ。

しかし愛煙家の彼女は、人目を盗んでタバコをふかす。

そのため、食事の後は池のほとりでひと時を過ごすのだ。


(二年経っても、私は・・・)


巫女となったハルカだったが、彼女はまだ何の成果もあげていない。

同期の巫女達は、すでに神のご加護を得て摩訶不思議な能力を使いこなしている。


(私は・・・。)



彼女の故郷は、東洋、ヒイズル国の、山奥にある小さな村。

その村は『大和やまと村』という。


ハルカの出生時の名は『神風峰子しんぷうみねこ』。


彼女は小さな小さな村の中、小さな小さなコミュニティの中で生活してきた。

その村、そして彼女が育った家の風習は、一般常識に比べ信じられないほどに偏る。

それが当たり前として育ってきたハルカは、価値観が大きく歪んでいた。



家族が亡くなり天涯孤独となった彼女は、まず峰子という名を捨て

ハルカと名乗るよう決めた。


家族に「役立たず」「能無し」「あばずれ」と

罵声を浴びせられた自分との決別のために。



***



ハルカ、幼少時の名は峰子みねこ

『神風家』の長女。兄弟姉妹はいない。


父の名は孝介、母の名はこづ恵。

同居する母方の祖母の名は、よう

両親と祖母との4人家族だった。


陽とこづ恵は『由緒正しき』お家柄の娘であり

元々ヒイズル国の城下町に住む富豪だったらしい。


どんな事情があってかわからないが、こづ恵は城下町から離れ

山奥の村に住む孝介の元へとついだ。

そこへ、こづ恵の母である陽も同居する。


父は無口で不器用な人間だった。

特段変わったところもなく、長所といえば真面目であったとこだろうか。


「あれまぁ、随分寂れた村だこと。旬の野菜もしなびた物ばかり!」


陽は八百屋の店先で悪態をついていた。

これは日常茶飯事。

陽もこづ恵も品物の質に随分とうるさい。


こづ恵はどこに行くにも陽と一緒だった。

ただ八百屋や魚屋に行くだけの用事でも

こづ恵はいつも豪華な振袖を着て、おしろいをして紅をさしている。


「なんだありゃあ。おひい様か?」

最初は孝介の結婚を祝した村人たちも

高飛車につーんと振る舞う彼女ら親子を快く思わなかった。


峰子はすくすくと成長した。

少々、食は細いが健康体。無邪気な笑顔が可愛らしい女児であった。



峰子が十歳になる頃。


峰子はそそっかしくドジで、それはもう周囲の人間が見てて不安になるくらいだ。

学問に関しても同い年の子供に比べ相当劣る。


次第に神風家からはヒステリックな声が聞こえるようになった。


「私の娘なのになんでこんなに出来が悪いの!?」

「お前は人一倍頑張ってようやく半人前なんだよ!」

「このあばずれ!」


耳をつんざく高い怒声。

村人達は神風家の悪口を言うようになった。


「あのお姫様、またキンキン声でわめいてやがる。」

「これだからお高くとまった女は嫌なんだ。」


そして食が細いのが災いし、峰子は身長も小さく、体はガリガリに痩せていた。


栄養失調のような体型ではみっともない。

そう思った母親らがとった行動は異常なものだった。


お膳にたくさんの料理を並べ、峰子を座らせる。

右斜め前には陽、左斜め前にはこづ恵が座り、峰子を睨みながら言った。


「吐いてもいいから食べなさい。」


孝介が峰子の肩を後ろからつかみ、固定する。

すでにその頃は陽とこづ恵に逆らえる者はいなかった。

孝介は言われるがままにするしかすべが無く、反論など許されない。


恐怖の中、嗚咽に苦しみながら口の中に飯を詰め込む。

峰子はそれから食事に恐怖し、泣きながら食べ、吐くのを繰り返した。



「峰子はお母様と一心同体。

お母様の言う事だけ聞いていればいいのよ。」



そう言われ続け、一種の洗脳状態だったのであろう。

峰子の価値観は日に日に世間の感覚と大幅にずれていった。



母の言う通り、毎日質のいい着物を着る。駄菓子は禁止。遊びも禁止。


礼儀作法を身に着け

「峰子は武家の嫁になるのよ。

お母様は百姓の嫁になるしかなかったけど、本当なら武家に嫁ぐ家柄なの。」


お母様のようにおひい様になる・・・



母親の言う事は全て正しい。峰子はそう信じ毎日を過ごした。

しかし母や祖母を信じれば信じるほど、他の村人達との溝は深くなっていく。



その頃、村の子供たちの中で陰湿な遊びが流行った。

___『お仕置きごっこ』。


当時、大和村の子供たちの中ではそんなものが流行っていた。

陰湿な村だ。子供たちの性格がひねくれるのも仕方ない。


「悪い事したらお仕置きなんだぜ!」


村の小僧どもが峰子を囲んではやし立て


「お前はへんなやつだから、お仕置きだ!」

「いつもはでな着物きてさ!へんなやつ!」

「おれの母ちゃんも、お前んがへんだって言ってた!」


そう言い、皆で峰子をいじめていた。


そんな時

「ちょっと!アンタたち何してんのよ!」

いつも助けてくれる正義の味方のような女の子がいた。


「やっべ!あいつが来た!逃げるぞ!」


その女の子は木の棒を振り回し、いじめっ子たちを追い払う。

男子顔負けのおてんば娘だった。

その子が現れると、いつもいじめっ子は逃げていく。


しかしある日、その子が両親と遠出していた時。


「今日はあいつがいないから、やりたい放題出来るじゃん。」

いじめっ子たちはにやにやと笑いながら峰子を囲む。



そして峰子を抱え

「お仕置きだぁ!!」

掛け声と共に川に突き落とした。



小川のような浅い川では無い。

峰子は溺れ、あっという間に流された。


峰子は泳げない。

例え泳げる者だとしても、この川の流れの速さでは思うように泳げないであろう。


底知れぬ恐怖が峰子を襲う。

手足をばたつかせる事すら出来ず、水流は峰子の体を深くへ、もっと深くへ招き入れる。


(たすけて・・・死んじゃう・・・だれか・・・)


大量の水が口の中に入り、喉を勢いよく通る。


(あ・・・もう・・・だ・・・め・・・)





そこからの記憶は無い。


気づけば、河原に立っていた。

落とされた場所より少し流され、川下かわしもに近づいたらしい。


何が何だかわからない。

茫然と立ち尽くし、そして涙がこぼれた。

心の中を大きな恐怖が埋め尽くしていた。


泣きながら家に帰ると、こづ恵は般若の形相で何度も平手打ちをした。



「大事な着物を泥水でぐちゃぐちゃにして!この馬鹿!!」



わかってる。

抱きしめてくれるわけなど無い。

それでも峰子は涙が止まらなかった。



状況はさらに悪化し、四六時中こづ恵と陽の罵声が飛ぶ。

「この不出来さを見ていると目から血が出そうだわ!!」

陽はそう言い余計厳しく峰子を躾けた。



そんな日々が続く中、今にも小雨が降りだしそうな曇り空

___父、孝介が失踪した。



「お父様!お父様!!どこにいったの!!?」

こづ恵は雨の中泣き叫ぶ峰子を強引に引きずり、納屋の中へ突き飛ばす。

そしてまた激しく全身を叩いた。


「この恥さらし!!」


気が済むまで叩いた後、こづ恵は納屋の外へ出た。

「お母様!ごめんなさい!!置いてかないで!!」

足にすがりつく我が子を納屋の中へ突き飛ばす。


納屋は外から鍵がかけられた。



悪い事は続く。

それから数か月後、陽が体を悪くし、寝たきりとなった。


納屋から出ることが許された峰子は、言われる通り甲斐甲斐しく

陽の身の回りの世話をした。


最初は不憫に思い手助けをしてくれた村人もいたが、一度手を貸せばこづ恵からの要求はどんどん増える。

嫌気が刺した村人は、今まで以上に神風家から距離を置いた。



そんな陽がある日突然亡くなった。

目を離している隙に、飯を喉に詰まらせ窒息したのだ。



夫が失踪し、あれだけしゃきしゃきと動いていた陽が日に日に弱り、死んだ。

こづ恵は寂しさと不安に耐えきれず、精神が病んでいった。


「助けてください。誰か、助けてください。」


家をふらりと出て村人の前で土下座する姿には、昔のお姫様の面影は微塵もなかった。

背を丸め生気の無い目で、とぼとぼと歩くこづ恵。

その後ろ姿を見ながら、村人は言った。


「因果応報だろう。

あの性格じゃどうせ幸せになれないことぁ見てりゃわかるさ。」


今まで峰子に罵声を浴びせ、冷たい目で見下みくだしていたこづ恵だが

まるで今までの事が無かったように峰子にすがりつくようになった。



「峰子。お母様の事を見捨てないわよね?

大事に育てた一人娘ですもの。お母様は峰子を愛してる。

峰子がいるからお母様は生きてるの。峰子はいなくならないわよね?」



その状態が数年続いた後、こづ恵は結核にかかる。


陽のように寝たきりになり、咳き込んでは血を吐く。


意識はうつろになっていった。

もう起きる事もかなわない。食事も水分も摂れない。


その状態が続いたが

ずっと声を発することもなかったこづ恵は、ある日喀血しながら


「なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ!!」


と悲鳴に近い声で叫び

その直後、息を引き取った。

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