第7話 ばいばい。ベッドさん
怪とは
1.元人間、及びかつて人間に使われ人間を慕っていた道具等。人間と道具で一個体、大多数で一個体の怪もいる。
2.負の感情を持ったまま死んでしまった、あるいは誰からも忘れ去られたもの。
3.本来行くべき場所に行けず、未練に縛られて特殊な人間の夢に干渉してしまうもの。
4.一つの怪が出現している間、他の怪は出現しない。
5.みんながみんな、襲うわけではない。
夜の世界とは
1.特殊な人間のみ干渉できる夢の中の世界。
2.物や建造物は現実とほぼ同じ配置をしているが、人間がいない。
3.代わりに、未練を残した怪がおり、怪のエネルギーが覚めるのを妨げる。
4.戻る(覚める)には、怪の悩みを解決する。
5.この世界にいる間、現実世界では時が進んでいない。
コムギは泣き疲れて放心状態だった。
眠ろうにも寝たらダメ。
かといって体を動かす気にもなれない。
目を開けたまま、寝そべっていた。
「はぁ...。はぁ...。ぐすん」
何度も頭によぎるあの光景。
彼女達の悲鳴、死体、流血。
記憶にこびりついたそれは、忘れたくてもコムギにはできなかった。
「ベッドさん...。メイドさんたち、テンゴクにいるかなぁ?」
それでも、コムギはなんとなく聞いてみたくなった。
忘れられない。それなら、せめて彼女達が天国で幸せにしていてほしい。なんとなく、そう思った。
「あぁ、もちろんさ。ここではまるで地獄のような日々だったけど、彼女達は互いを見捨てたりしなかった。天国では、3人仲良く幸せにしてるよ。絶対に。」
枕は信じてる。
彼女達が3人揃って、笑い合って、幸せでいることを。
コムギは枕の返事を聞いて、少し安心した。
安心した勢いで、そのまま気になった事を聞いた。
「あと、なんでベッドさんはいるの?すてられなかったの?」
ふと、コムギはある事に気づいた。
ベッドが、なぜ"ここに"いるのか?
あのあと、捨てられたり燃やされたりしたかもしれないのに、何故このベッドは存在できているのだろう?
それもまた、なんとなく気になった。
「死んだんだよ、玲子さんが亡くなった次の日にね。その日、確かに僕は燃やされるはずだった。けど、僕は燃やされなかった。あの主人が誰かに殺されたんだ。」
枕は淡々と答えた。
コムギは少し驚いたが、枕はさらに続ける。
「昼の世界で破壊された物は夜の世界に来る事なく死ぬ。僕は早く死にたかったのに、誰かに主人は殺された。その日以降、誰もこの館に来なくなった。それで僕はここに残ってしまった。」
枕が言い終えると、暫く沈黙が続いた。
あんな事をした人が、誰かに殺された。
下手にザマァ見ろとも言えない。
コムギは、なんて返したら良いか分からなかった。
「おっと。また変な空気を作ってしまってごめんよ。ところで、コムギちゃん。布団とシーツ乾いたけど、どう?もう歩けるかい?」
枕の問いに、コムギはコクンと頷いた。
「よし、シーツと布団を箱に戻して上に戻ろうか。」
枕と少し話をした後、元の調子を取り戻したコムギ。
そのまま、シーツと布団を竿から外した。
生乾きで少し湿っているが仕方がない。
来る前と同様に畳んで箱に入れた。
「ベッドさん。いれたよ。」
枕も箱に入れて、部屋を出る準備ができた。
「コムギちゃん、本当にありがとう。僕は、元に戻した瞬間に成仏される。だから君と話せるのがこれで最後なんだ。」
コムギは突然悲しくなった。
たった数時間だけだが、1人不安だったこの館で話しかけてくれたこのベッドともうお別れなのだから。
「ベッドさん。かなしいよ...。さみいよ...。」
コムギは再び泣き出しそうになる。
「おいおいコムギちゃん、泣くのは早いよ!。僕も別れたくないよ。けど、君にはパパとママがいる。僕なんかより、大切な人が待ってるだろ?」
コムギは涙を堪えて、覚悟を決めた。パパとママに会うために、ベッドさんとバイバイすることを。それでも、声に出すと泣きそうになる。なので、力一杯頷いた。
「コムギちゃん。君は本当に強い子だね。さぁ、部屋に戻ろう!」
箱を持ち、洗濯場を後にするコムギ。
来た道を戻るだけなので、コムギの足取りは軽かった。事前に懐中電灯を着けて地下廊下のスイッチを押す。地下廊下は再び闇に包まれた。しかし、コムギはちっとも怖くなかった。コムギの顔を見た枕は、あの鬱陶しい応援もしなくなった。
そして、あっという間にベッドがある部屋に着いた。
「ベッドさん。戻ったよ。」
扉を開け部屋に入り、箱を置く。
コムギは一段落して部屋を見渡した。
「この部屋であの惨劇があったんだ」
そう思うと、なんとも言えない恐怖がある。
「ベッドさん。元に戻すよ。」
コムギは箱からシーツ、掛け布団を取り出し、元に戻す。
畳めと言われてクルクル巻いていたのと同一人物とは思えないほど、手際が良くなっていた。
「コムギちゃん。やればできるじゃん。」
ベッドはもっと色々言いたかった。だが、それ以上何も言わなかった。
「えへへ。よし、これで終わったよ。」
完全には綺麗にはなっていない。
しかし、見違えるように綺麗になったベッド。
彼女達の血が落ち、元の白さを取り戻した。
「コムギちゃんありがとう。えっとぉ、あれっなんでだろう、さっきはまでは大丈夫だったのに急に寂しくなっちゃうなぁ...!」
ベッドは声を震わせている。
泣いているのは、コムギでもすぐに分かった。
「ベッドさんも、ありがとう。」
なぜなら、コムギも同じ気持ちだからだ。
「それじゃあコムギちゃん。バイバイ。」
最後に声を出し、コムギに別れを告げる。
「ベッドさん。バイバイ。」
コムギは枕をギュッと抱きしめる。
そして、ママから教わった別れの挨拶をした。
泣くのを我慢して、涙が出ないように目を閉じる。
すると、後ろから突然女性の声がした。
「コムギちゃん。ベッドさんを、ありがとう。」
コムギはハッとして後ろを振り向いたが誰もいない。
しかし聞いた事がある声だった。
「れいこ...さん?」
しかし、その問いかけの返事は無かった。
コムギは再び、ベッドに顔を向けるが声がしなくなった。ベッドはただのベッドに戻った。つまり、ベッドの未練を晴らすことが出来たということだ。やっとパパとママに一歩近づいた。
「これで...いいんだよね?」
その時、ブワッと涙が溢れ出した。
短い時間ではあった。
けど、ベッドとお洗濯した時間はとても楽しかった。
「これで良いんだ。」
これをしなければパパとママに会えなかったんだ。
(これでいいんだ。これでいいんだ。)
何度も自分に暗示をかける。
しかし、それを無視して涙が溢れ出してきた。
「うわーーーーーん。ベッドさーーーーん。」
ただのベッドに戻ったのを見て、コムギは理解してしまった。
道具として"死んだ"んじゃない。
正真正銘"死んだ"という事を。
「うわーーーーーーーん。」
この館に来て泣き叫んでいた時、慰めてくれたのはベッドだった。慣れないくせに笑わせに来て、鬱陶しいとも感じた。けど、あれがもう聞けないと思うと更に涙が溢れてくる。
コムギは、ベッドの上で暫く泣き続けた。
「ぐすん...。ベッドさん...。」
泣き始めてから10分位経ち、少し落ち着いてきた。
その時だった。
「おい!聞こえてんのか!?」
ベッドさんが話しかけてきた時のように、声が聞こえだした。
「おい!誰だよ!ワンワンワンワン泣いてんのは!」
ベッドさんとは違い気性が荒そうな声。
コムギは泣くのを堪えて、その声に耳をすませた。
「だ...。だれか、いるの?」
次の怪なのだろうか、コムギはその声に問いかける。
「おい!いるならこっち来てくれよ!」
コムギは部屋を出て、声の居処を辿った。おい!とかおまえ!とか、言葉遣いが荒いおじさんの声。正直コムギは会いたくなかった。
「ったく!何やってんださっさと来い!」
声を辿っていく。
どうやらその声は、一階のある部屋から出ているらしい。
玄関入ってすぐ左の廊下、1番奥の部屋だった。
「ものおき?」
まだ小学生になったばかりのコムギでも読める。
扉の看板には「物置」と書かれていた。
「おら!はよ入って来い!」
声がより大きく聞こえたので、コムギはビクッとした。
しかし、意を決してドアノブを捻り扉を開ける。
ガチャッ!ギィィィーーーーッ。
扉を開け、中に入るコムギ。
「おっ!やっときたか小娘!」
確かにこの部屋から声がするが、物が多すぎて誰が喋っているかわからない。
「えっと...。だれ?」
とりあえず、誰が喋っているか話しかけてみた。
「おんどりゃあ!俺が分からんか!俺だよ俺!この壺だよ!」
(そんな大声を出さなくても良いのに)
コムギは耳を塞ぎつつ、その壺を見た。
可愛らしい花柄が入った綺麗な壺だ。
ここから、あの声が出てるとは思えない。
「えっと...。可愛い壺だね。」
コムギはありのままの感想を述べた。
「そっ...そっかぁ?///てっ照れるなぁ///。」
こいつめんどくさい奴だなぁ。
少し睨みながら、そう思うコムギだった。
「改めて、俺は壺の怪だ!ベッドの野郎を成仏させたお前の腕、見せてもらうぞ!」
どうもハッピー氏です。
暇つぶしに始めた小説になろうですが、リアルが少し忙しくなってきたので週一のペースで掲載していこうと思います。
またベッドの怪についてですが、幼い頃見た映画かドラマのどっちかは覚えてないですが、そのシーンが頭に残っていたんで中学生の頃に書いたものになります。
今になって書き直していますが、いつまで経っても上がらない自分の文章力にはうんざりします。
ですが、これからもお付き合い頂けると幸いです。
今後とも宜しくお願い致します。