よくある廃墟系オカルト動画の、よくない話(※メモ)
筆者には霊感が全くありません。故に霊を信じていませんが、信じたい人は信じれば良いのだと思っています。
きっかけは大学のカフェ。
テーブルの向こうで何気なくスマホを見ていた友達のA子が突如興奮しだした。
「なにこれヤバい! ちょっと二人とも見て! 今シェアする!!」
彼女がその場にいた私ともう1人の友達、B子にシェアしたリンクを押すと、大手動画投稿アプリが起動した。
今開かれている動画のタイトルは『超有名心霊スポットの廃墟に行ってみたら霊に遭遇!?』というもの。
その再生回数は軽く10万を越え、good数も2万越え。ただしbad数も8000以上ついていたから、賛否両論って感じみたい。
「ねえ、見てよコレ!! 早く!」
あまり興味もそそられなかったが、彼女が煩いので再生ボタンを押してB子と二人で動画を見る。始まるやいなや、画面の中のうるさい顔の男が顔以上にうるさく喋り出す。
「ねえ、なにココ!? なにココォ!? 廃墟だって!! 暗い!!」
再生したのはショート動画だったので、最早お約束とも言える説明テロップが開始早々入る。
『↑霊感ゼロのたぁくんを、心霊スポットに連れてきた♪』
「霊がいるんだって? いるわけないじゃ~ん!! 俺そーゆーの信じない系なんだよね!」
このうるさい顔と声の男が“たぁくん”で、この動画のチャンネル主か……。どこが面白いの? と思った瞬間。
「うおっっっ!!」
“たぁくん”とは別の男の野太い声が響き、カメラがブレる。おそらくこの声の主はカメラマン役だ。
するとこれもお約束なのか「うおっっっ!!」の所がリピートされる。それも何回も。
最後のリピートはご丁寧にスローモーションで、“たぁくん”の左斜め後ろの真っ暗な空間をズームして抜き、集中線のエフェクト加工まで入っている。
「えっ!? 何ナニ!?」
“たぁくん”が甲高い声をあげながら振り返り、先程ズームされた箇所を見る。そして。
「……何もないじゃーん!!」
ショート動画はそれで終わりだった。
「……なにこれ」
私はスマホから眼を上げ、B子と顔を見合わせた。B子の顔に「サッパリわからない」と描いてある。きっと私もそうなのだろう。
カメラマンは何に驚いたのだろうか。何かにつまづいた? でもそれならリピートするほどの事じゃない。全然面白くもない。
「えっ、マジヤバでしょ! 本物の霊だよ霊!!」
A子が唾を飛ばさんばかりに興奮して言った言葉を、私たちはにわかに信じられなかった。
「……霊?」
「そんなのいた?」
「えーっ、いたじゃん!! 画面の左上~」
左上。するとさっき集中線のエフェクトがあったところか。私は『もう一度再生』のボタンを押して動画を見る。“たぁくん”の声がマジうざい。
「ん、コレ?」
一瞬白いものが見えた気がするが集中線の一本かもしれない。
「違うって~ハッキリ顔が映ってるじゃん!」
「「……」」
私とB子はもう一度顔を見合わせた。
「あれ、なんだったんだろ」
カフェでA子と別れた後、B子がポツリと言った。あれ、とは勿論動画の事だろう。私は自分の顔が軽く苦笑いになっているのを理解しつつ、こう返す。
「私たち、A子にダマされたんじゃない?」
見えないものを見えると言い張って、私たちを恐がらせたかったんじゃないか。A子ならやりそうな悪戯だ。
「そうかも。でもさ、ちょっとだけ気になるんだよね」
「え、何が」
「コメント見てみ」
B子に促され、先ほどの動画のコメント欄を見る。賛否両論の理由がわかった。コメント欄も真っぷたつだ。
good数が一番ついてるコメントは『ホントに霊だ! スゲエエエエエ』と言うもの。
その次にgoodが多かったコメントは“甘味の苦労詐欺”という人の『嘘言うなよ。何度見ても霊なんか映ってないじゃん』という内容だった。
最初名前を甘味の……と読みかけて、天然記念物のアマミノクロウサギにかけた駄洒落だと気づく。この人は鹿児島出身だろうか。と、関係無いことに少しだけ気が逸れた。
「ねっ、見える派と見えない派に別れてるんだよ」
「確かに……コメントのリプにも反対意見がそれぞれ付いてるね」
見える派には『え? 見えないよ?』というリプライが、逆に見えない派には『左上にハッキリ見えてるじゃん!』というリプライがぶら下がっている。
「なんだろー? サブリミナル効果とかのトリック映像とか? それか昔、スマホのブラウザバグを悪用して、ある特定のブラウザだけ文字列を表示させるイタズラとかあったよね。ちょっと気になってきた」
B子は私と同じ見えない派だから、これは霊的なもの等ではなく何かの仕掛けだと思ったらしい。その視点から逆に興味を俄然持ち始めた。
「無理かもしれないけど、ちょっと調べてみようかな~!」
そんな事を楽しそうに言うB子。情報学科の彼女と違い、私はそこまでする気になるほどの知識も興味もなかった。
私には霊感というものが全く無い。だから霊の類いは信じていない。
いや、「霊感が無い」って断言していいかは微妙だけれど。だってその人が霊感があるか無いかって客観的な基準や、数値を測る装置も無い訳だし。
でも、小さい頃に近所にお化けが出ると有名な空き家に何人かで肝試しに行った時も。霊感があると自称する子が「ここ、寒い」と言った時も。逆に霊感がない友達が住むボロアパートに確実に「居る」と聞いて泊まりに行った時も。ぜーんぶ何も感じなかったから、私にはやっぱり霊感が無いのだと思う。
見えない、音も聴こえない、匂いも気配も何にもない。そんなものの存在を信じろって言われても難しい。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という有名な言葉の通り、霊や妖怪などの怪異は人の心が生み出すものだと私は思っている。不安があるから怪異を生み、生まれたものを見て「ああ、怪異のせいだったのか」とカテゴライズして安心したいのだ。
だって怪異でない方が怖いじゃないか。
夜中に窓ガラスにベタベタと手の跡がついていたら? 人の顔のようなものが見えたら?
霊の仕業と聞けば恐ろしいと思う人もいるだろう。しかし他人から伝え聞く、そういった話のその後のパターンは怖がって終わりだ。実害は大してない。
当たり前だ。窓ガラスの霊を見た人がその霊に呪い殺されれば、その窓ガラスの話は誰にも伝わらないのだから。
……しかし、窓ガラスの向こうにいるのが霊ではなくてストーカーだったらどうだろう。
その方が何倍も怖いし、実害を受ける可能性だって高い。怪異でない方が怖いと言うのは、そういう事だ。
まぁ、だからといって霊感のある人や霊を信じたい人と、私は真っ向から対立する気にはなれない。信じたい人は信じればいい。
私はそういう考えの人間だった。
だけど、後からこの時の事を考えると、今回は少し深入りしすぎたのかもしれない。
一週間ぐらいして。
例の“たぁくん”のチャンネルが『大切なお知らせ』というタイトルで新しい動画をアップしていた。
別にチャンネル登録していたわけではないが、例の動画を何度かリピートした履歴からトップページに表示されたらしい。
あのうるさい声が……と思いミュートして再生してみたところ少し意外な内容だった。
“たぁくん”の都合により、暫く新しい動画を撮れないのでお休みします。心霊動画のお陰で登録してくれた人、続編お待たせしてゴメンナサイ!……というもの。字幕のみでうるさい声も入っていなかった。意外ではあったが、よくあるくだらない再生数稼ぎだなと思った。
動画が終わると関連動画にあのショート動画のサムネイルが表示される。なんとなく再生してしまう。
それが終わると今度はもう一度再生した。B子の言うようなトリック映像なら、何度か見るうちに私でも何かわかるんじゃないか、という気持ちが私の中に生まれていたから。
というか、純粋にムカついたのもある。コメント欄の見える派の人の中には見えない派をディスる人もいた。自分と意見が違う人間を何故わざわざディスるのだろう。
そのせいかは知らないが、動画のbad数も7000くらいに減っている。
「……あれ」
コメント欄を流し見していて、私はある可能性に気がついた。画面をどんどんスクロールしていく。
「ない……ない」
いくらスクロールしても、“甘味の苦労詐欺”のコメントが見当たらない。アカウント名を変更したのかとも思ったが、あのコメントはgood数第2位だった筈なのだから、アカウント名を変えたところで上位に表示されるのは変わらないのではないか。でも見つからない。
「削除……?」
したのか。されたのか。されるような過激なコメントは何も入っていなかったと記憶している。
した方なのだとしたら、あんなにgoodを貰ったコメントを自ら削除するなんてどんな心理状況なんだろう……。
カレンダーを確認すると、A子が私達にあの動画を見せてから二週間と少し経っていた。
“たぁくん”が所在不明でスタッフと連絡が取れなくなってからも、丁度同じくらいだそうだ。三日前にそれが公表され、巷では例の動画が「呪いのショート動画」だと騒がれている。
何故なら、見えない派の人々が次々と消えているからだ。
コメントが先週から次々に消え、コメントした人のアカウントまでもが削除されている。
リアル世界でも失踪した人が居るらしく、新たにコメント欄に「○○という名前で書き込みをしていた者の身内です。誰か知りませんか?」という本当か悪ふざけかわからない書き込みまで現れる始末。遂に公式は動画を非公開にした。
でも、あの動画を保存していたユーザーが次々と無断アップロードを繰り返していていたちごっこだ。暫くこの騒ぎは続くかもしれない。
でもそんな事はどうでもいい。問題はもっと身近にあるのだ。
B子と、昨日から連絡が取れない。
昨夜、突如として彼女のSNSのアカウントが削除されていた。慌ててメールを送ったがエラーが帰って来た。電話を何度かけても「おかけになった電話は、電波の届かないところに……」という聞きなれた女性のガイダンスしか返ってこない。
彼女も確か、見えない派としてあのショート動画にコメントをしていた筈だ。
そして私も。
見える派の一部の人間が、見えない派を馬鹿にしているのがどうにも悔しくて、反論コメントをつい書き込んでしまったのだ。
“たぁくん”が行方不明になったり、B子が音信不通なのは霊が原因なのだろうか。だとすると、動画サイトやスマホを介する電脳幽霊とでも言うべき存在だ。怪異も時代に応じて進化するものなのだろう。
そして、私は霊に関しての認識を改めないといけないのかもしれない。
ガラスに映る手形や顔を見た人が、その後呪い殺されたのならその話は広まらないから、幽霊の仕業では無い……というのが私の考えだった。
しかし、霊が捕食者で人間が被食者なのだとしたら見方は180度変わる。
ライオンだって今から獲物を捕まえようとした時に、すぐこちらに気づいて逃げ出すインパラよりも、ずっと気づかず、近づいてもその場でのんびりと草を食んでいるインパラの方を手軽に襲うだろう。
霊は姿をわざと見せ、ぎゃあと叫んで逃げる人間は放っておけばいい。そいつが「霊を見た」と話を広めてもかまわない。その間、こちらに気づかない人間にゆっくりと近づき、補食すればいいのだ。
……そう、“たぁくん”や、“甘味の苦労詐欺”や、B子や……私のように霊感のない人間達を。
こうやって文章にしていると、冷静に分析しているように見えるかもしれない。だが本当は違う。先程から私はぶるぶると震えながらノートにこれを書いていて、誤字や書き間違いや乱れた文字だらけだ。
こうしている間、いつ何時襲われるかわからない。相手は見ることも、音を聴くことも、匂いも、気配さえも感じ取れないのだ。昨日まではこの世に存在しないと思っていた相手なのに、私に何ができるだろう。
最初は何人もの知り合いにSNS経由で助けて、とメッセージを送った。暫くして、誰からか返信が来ているか、と画面を確認し……恐怖でスマホを取り落とした。
いつのまにかSNSのアプリがアンインストールされていた。
それだけじゃない。私のメールアドレスはランダムな文字に変えられていた。動画サイトのアカウントは削除されたのかパスワードを変更されたのか、ログインできない。
もう捕食者である電脳幽霊の爪は、牙は、私のすぐ後ろまで迫っているのだ。私は指の震えを抑えつけながらスマホの電源を落とし、家のWi-Fiルーターのケーブルを引っこ抜いた。
そして、ノートとシャーペンを引っ張り出してここ二週間の顛末をできるだけ書き出している。
いつまでこれを書き続けられるかわからない。しかしノートに綴った黒鉛の文字までは流石に幽霊でも消すことはできないだろう。
できる筈が―――――だ! ワ――――ノ――――――81%8――――59―――――(※注:ここから先は解読不能な文字が並んでいる。)
もう一度言います。筆者には霊感が全くありません。
お読み頂き、ありがとうございましタ!