第8話
「ギャハハ! 女の攻撃で倒されるほどヤワじゃないぜ、オレ様のゴーレムはよ!」
「シプレちゃん! 大丈夫!?」
ゴーレムの反撃を受け、身体ごと吹き飛ばされたシプレちゃんの名前を呼ぶ。
「えへへ、倒せると思ったんだけどなあ。やっぱり心結の儀は必要なんだ……」
「心結の儀……」
心結の儀とは、星姫に目覚めた者がその力を発揮する為に行う儀式のこと。同じく聖騎士として神に選ばれた者と契りを結ぶことで、儀式は完遂される。
「うん、シプレちゃんは『心神様』に選ばれた星姫なの。だからゴーレムくらいやっつけられると思ったんだけど……力はまだ使えないみたい」
つまり、このシプレちゃんはゲームで言えばレベル1……いや、むしろレベル0の状態というわけだ。
「だけどね、『心神様』に選ばれてからいっぱい勉強して、いっぱい訓練したんだよ。だから少しは戦えるの。アヤトくんはシプレちゃんが戦ってる隙に逃げて!」
そう言って泣きそうに笑うシプレちゃん。
そんな君を置いて逃げるなんて出来るわけがない。
「いや、僕も戦う。シプレちゃんを見捨てることなんてできないよ」
「え……アヤトくん、いいの?」
「もちろん! 問題はどうするか、だけど」
敵のゴーレムは、その荒々しい岩肌を揺らし、再びこちらへ迫ってきている。一歩踏み出す度に起こる地響きが、僕たちを叩き潰すまでのカウントダウンに思えてくる。
落ち着け、僕。
敵をよく観察するんだ。
奴はゴーレム。想像通り、動きは遅い。さっきの攻撃から見て、僕でも十分に立ち回れそうだ。あの図体からして狙うべきは足か? 自身の体重を支えるのに精一杯であろう足を攻撃して、体制を崩したところを総攻撃する。よし、これでいこう。
「シプレちゃん! 足だ! 2人で一気に仕掛けて足を攻撃しよう」
「うん! わかった!」
シプレちゃんが返事をすると同時に、僕は駆け出した。シプレちゃんもそれに続いてくれている。さっきは怖くて動けなかったけど、今は大丈夫そうだ。
ゴーレムは僕達に反応し、巨大な腕しならせ薙ぎ払おうとしている。だが――
「遅い!」
走ってきた勢いに身を任せ、敵の足元へ滑り込み、そのまま剣を横に振るう。
カン! と、剣の弾かれる音がしたが手応えがなかったわけじゃない。攻撃を受けたゴーレムが少しよろめく。
「やああああ!」
それから間髪入れずにシプレちゃんがローキックを繰り出す。その強烈な一撃は、岩石から成る足を粉々に打ち砕いた。
「倒れた! 今だよシプレちゃん!」
「うん! ぼこぼこにしてあげる!」
完全にひっくり返ったゴーレムを、シプレちゃんは文字どおりボコボコに殴っている。一撃では劇的な効果は見られないが、回数を重ねるに連れて、岩肌にヒビが入り始めている。
胴体は彼女に任せて、僕はこいつの四肢を狙う。関節部分を執拗に。頑丈なゴーレムとはいえここならば脆いはずだ。
「くらえ!!」
足へ攻撃した際に、受けたものとは正反対の感触が剣を伝って僕に届く。
サクッ サクッ サクッ
ゴーレムが腕をじたばたさせる。
声にならない叫びを上げているようだ。
シプレちゃんと共に攻撃を続けていると、敵に大きな変化が見られた。
「あ、アヤトくん。ゴーレムが……」
突然ゴーレムの動きが止まったかと思うと、それを形成していた岩が崩れ始めた。そして崩落が終わると、そこには土と銀色に光るコンパスだけが残った。
「よし、やったね」
「うん! ピースピース☆」
残るは――
「いやーこりゃあたまげた。オレ様のゴーレムをやっちまうなんてなあ」
ゴーレムを生み出した男が、出会った時と変わらぬ調子で言う。
随分と余裕があるものだ。
「これで観念してほしい。僕たちはあなたを傷付ける気は無い。だからここから立ち去ってくれないか」
倒してしまうことも考えたが、それはしたくなかった。それに、そんな気力も残っていない。
「そうだな、大人しく従うとするぜ。本当はな……お前らとやり合いたくなかったんだ」
そう言い、一歩、また一歩と後退りする男。その行動が怪しく不自然で、思わず首を傾げる。
「アヤトくん、シプレちゃんたちも行こう?」
「う、うん。そうだね」
不安になる気持ちを抑え、その場から引き上げようかと思った瞬間、男がニヤリと笑った。
「なんてな、立ち去るのはおまえらだけだぜ」
「今、なんて――」
「きゃああああ」
叫び声に目を向けると、そこには倒したはずのゴーレムと殴り飛ばされるシプレちゃんの姿があった。
「え?」
状況を飲み込めていない僕を嘲笑うかのように、ゴーレムは腕を振り払う。
うっ!!
僕は今まで感じたことのない衝撃を受けながら地面を滑り転がっていく。痛いなんて感じる余裕さえ無く、身動きさえ取れなかった。
「ギャハハハハハ!! 油断するからそうなるんだよガキ共!」
くそ、身体が動かない。
「男の方は伸びちまったか。おい、ゴーレム! 女の方をやれ! ただしやりすぎるなよ。なかなかの上玉だ、仕上げはオレ様がやる」
男の指示を受けたゴーレムは、標的をシプレちゃんに定めたようで、彼女の飛ばされた方へと進んでいく。
なんとか顔を上げると、岩の巨人とそいつの攻撃から逃げるシプレちゃんが見えた。今のところなんとか避けているが、それも長くは続かないだろう。
助けに行かないと……
動け、僕の身体……
必死に命令するも、ゴーレムの攻撃を正面から受けたせいか身体はピクリとも動こうとしない。
大好きな推しが目の前に存在し、命の危機に晒されているというのに、僕は何もできないのか。
ああ、あの時、奴と話し合おうなんて言わなきゃよかった。無様だとしても逃げていれば、2人とも傷付かなかったかもしれないのに。
相変わらず機能を失った身体。
意識は朦朧とし始めている。
動かなきゃいけないのに。
もうダメなのか。
ごめんね、シプレちゃん。
君を守りたかったのに。
僕にもっと力があったら。
僕が聖騎士だったら。
『――英雄よ、目覚めなさい。汝は選ばれし者』