第6話
うーん、にわかには信じがたい。
あの時は勢いで異世界へ行きたいと願ってしまったが、今は不安に飲み込まれそうになっている。
魔族、特別な能力、殺し合い。
特に殺し合いってのがまずいよなあ。
てっきり何かの比喩かと思ってたけど、なんか本格的だし。あの時は深く考えていなかったけど……というか、なぜあの時深く考えなかったんだろ。殺すなんて単語を聞けば、戸惑って考えちゃうよな。
主催者の声が聞こえなくなっても、僕の手に握られているコンパス。このアイテムがバトルロイヤルの信憑性をグッと上げている気がする。
「はあ……大丈夫かな」
「あ! アヤトくんが正気に戻った!!」
ダダダッという足跡と共に、僕の横へシプレちゃんが駆け寄ってくる。
「急に黙っちゃったからびっくりしたよー! こんなに可愛いシプレちゃんを放っておくなんてありえないんだからね!」
「ご、ごめん。でもさ! これには理由があるんだよ」
頬を膨らませてぷんすかと怒った仕草をする彼女に、弁解の余地を与えてもらおうとする。
「理由ー? なになにー?」
「今さ、主催者から説明を聞いていたんだ。シプレちゃんは聞こえてなかった?」
「主催者ってあの時の女の人? シプレちゃん知らないよ!」
やはり彼女の元には主催者の手が行き届いていなかったようだ。しかし、なぜ?
「あのさ、こんな感じのコンパスって持ってる? 皆の服のポケットに入ってるらしいんだけど」
コンパスを自分の顔の前まで持って来てシプレちゃんに有無を尋ねる。これで、単純に声が届いていなかっただけなのか、そもそもシプレちゃんには主催者の手が行き届いていないのかがはっきりするはずだ。
「うーん? コンパスー?」
コンパスに顔を近づけ、目を細めるシプレちゃん。彼女がコンパスを見るため近づいてきたおかげで、2人の距離が縮まり、胸がドキドキする。
至近距離で見ても可愛さ衰えねえ。
むしろ可愛さ倍増だ。
「無いと思うよお、コンパスなんて持ってきた覚えないし」
服の至る所をポンポンと触ってコンパスを探しているが、見当たらないようだ。
ということは主催者はシプレちゃんにコンパスを与えなかったのか?
そういえば、シプレちゃん視点で考えてみると、おかしな点がいくつかある。さっきの転移者に向けた説明、あの時に主催者は「チキュウ」や「チキュウ人」という言葉を主語に使っていたが、シプレちゃんはそれに当てはまらない。服装だってそうだ。僕が着替えさせられたのは中世ヨーロッパ風の服だが、彼女はゲーム内の衣装を着ている。まるでゲームの中からそのまま飛び出して来たかのように。まあ実際そうなんだけど。
シプレちゃんはゲームのキャラクターという点だけでなく、転移者の中でも異例の存在なのだろうか。
謎は深まるばかりだ。
というか――
「シプレちゃんは何で僕の名前を知ってるの?」
すっかり忘れていたが、シプレちゃんとは初対面だった。『ミスプラ』をやりまくったおかげで、僕の中で身近な存在になってしまっていたがこうして会うのは当然の事ながら初めてだった。
「あー! それはねマナカさんに聞いたんだよ。アヤトくんが寝ている間にね」
「そうだったんだ、知らなかったよ」
その理由に納得する。
そういえば橘さんは今どこにいるんだろう。シプレちゃんは転移後も近くにいたのに、橘さんは見当たらない。僕は柄にもなくクラスメイトのことが少し心配になった。
まあ橘さんなら大丈夫じゃないか?
確か割となんでもできる人なんだよな。
「それじゃあ改めて自己紹介しよっか! じゃじゃーん!! 宇宙一の美少女シプレちゃんこと、シプレ・フローレンスだよ☆ アヤト君、よろしくね!」
右目をウインクさせながらその目元でピースサインを作るシプレちゃん。この見慣れたポーズ、これは彼女が自己紹介をする時のお決まりのポーズだ。
「ちょっとー? アヤトくん聞いてるー?」
……はっ!? あまりの可愛さに意識が飛んでいた。生でシプレポーズを見ることが出来た喜びに没頭してしまったようだ。
「ご、ごめん! あー、僕は柊木高校出身の今泉綾人。えっと……好きな食べ物はハンバーグです。よ、よろしくね」
うわあ、失敗したあ。
好きな食べ物ってなんだよ、小学生かよ。
「ヒイラギコウコー? なにそれー?」
そっか、『ミスプラ』の世界に高校なんて無かったっけ。でもどうやって説明しよう? これ、シプレちゃん本人に君はゲームの世界の登場人物で僕とは住む次元が……なんて言って大丈夫なのか? そもそも僕自身がこの事態を理解していないのに?
「まあいっか! それよりさ、主催者さんからの説明ってやつ、シプレちゃんに教えてよ」
「ああ! そうだったね、まずはこの世界についてなんだけど――」
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話の最中、シプレちゃんは目を大きくさせたり、眉間に皺を寄せたりと様々な表情の変化を見せてくれた。それがまたとても可愛らしく、こうして話しているだけで至福の時を過ごすことが出来た。
全てを話し終わった後、シプレちゃんは複雑そうな顔をしていた。
「なんか本格的だね、本当に人をころ……倒さなきゃいけないのかな」
「うん、僕も同じことを考えてた。でも殺さない方法もあると思うんだ、戦闘不能にさせるとかさ」
そうだ、殺すなんて大それたことする必要なんてない。身を守る力をつけていけばいいじゃないか。
「そっか! 戦わないって選択肢もあるもんね!」
「それもアリだと思う」
「よーし! それじゃあ、まずは何から始めよっか。トレーニング? ゴブリン狩り? ポーション作りとか?」
それじゃ戦う気満々じゃないか。
心の中でツッコミを入れる。
「えーっとまずは、探索も兼ねて食料の確保とかどうかな。」
「おおー! 食べ物は大事だもんね! アヤト君、賢ーい!」
「いやあ、それほどでもないよ」
シプレちゃんに褒められちゃったぞ!!
僕もたまにはやるじゃないか!
内心舞い上がりながら、探索すべき森を見るため窓に近づく。すると森の中に人影が見えた。
目を凝らしてみるとその人影は森からこちらの塔へ近づいてきているようだった。それと同時期に僕は体に異変を感じていた。みぞおち辺りが圧迫感を覚えている。
「あれ? 森の中から誰か来るね」
僕と同じく外を眺めていたシプレちゃんもその存在に気付いたようだ。
僕は奴を注視しながら、主催者の言葉を思い出していた。
「コンパスが指す方向……対象……直感的に……」
そこで、はたと気付く。
あの赤髪、一度見たことがある。
あれは……主催者に集められた場所で不平の声をあげていた若者だ。
それからコンパスを見て確信する。
「シプレちゃん。あいつ、転移者だ」