第4話
夢を見ていた。
美少女と一緒に冒険する夢。
それはそれは幸せで、夢のような夢。
そして僕は――選ばれし者。
「あのー、起きてくださーい」
誰かの声が聞こえる。
「もしもーし、アヤトくーん」
とんとん、と肩を叩かれて目が覚める。
あれ、もう朝?
「うぅ……」
昨日はいつ寝たんだっけ。
寝ていたはずなのに、体が怠い。
ぼんやりとした意識のまま、重い瞼をゆっくりと開けた。
「母さん、今起き――」
こちらを覗き込んでいる顔を見て言葉を止める。なぜならそこにいたのは僕の想像していた人物ではなかったからだ。クリーム色の髪に青い瞳の女の子、会いたくても液晶を介してしか会えなかった女の子。そう、シプレちゃんが目の前にいた。
「あはは〜! アヤトくん、わたしはお母さんじゃなくてシプレちゃんだよ☆」
え? なにこれ?
好きなゲームのキャラが目の前にいるという有り得ない事態に呆然とする。
僕、まだ夢を見ているのか?
間近で見るシプレちゃんは想像より華奢で綺麗で、触れたら壊れてしまいそうなガラス細工のようだった。
「お、おはようございます。綾人君」
シプレちゃんに釘付けになっていた僕の視線。それを逸らすように横から声を掛けられた。
「……え? 橘さん?」
横に橘さんがいたことに今更ながら気付く。
彼女は心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
なぜここに、なぜ僕の隣に橘さんが?
朝起きたら女の子2人に囲まれているという状況、一体何が起こっているんだ?
「あの、私、綾人君の……いえ、目が覚めたらここにいて、近くに綾人君とシプレさんがいたんです。それで、綾人君はここがどこなのか分かりますか?」
「ここが?」
そう言われて、初めて辺りを見渡す。
ここは僕の部屋じゃない。
まるでキャンパスのように真っ白で、何もない空間にかなりの人が集まっている。同年代だと思われる若者もいれば、かなり歳の離れた老人もいる。ただ、どれも見知らぬ顔ばかりだ。唯一の共通点は皆、困惑した表情をしているところだろうか。何もわかっていないのは僕たちだけではないようだ。
「ここがどこなのか見当もつかないよ。ここにいる理由も分からないし」
「やはりそうですよね……シプレさんも分からないそうです」
「うん! シプレちゃん全然わかんない!」
そういって自分の頭をコツっと叩くシプレちゃん。この場の雰囲気と全く合っていないその仕草に思わず胸が高鳴る。
目の前の推しは僕の知っている『ラブプラ』のシプレそのまんまだ。本当にあのシプレちゃんがこの世に存在しているのか?
いや、そもそもここは「この世」なのか?
それに、ここにいる人達は何者なんだ?
先程まで眠っていたせいで頭が回らなかったが、この期に及んで様々な疑問が思い浮かんでくる。
「皆さん、お集まりのようですね」
突然、発せられる声。
それに反応して僕たちは顔を上げた。
なんだ? この声はどこから?
「姿をお見せできずすみません。私は……そうですね、この催しの主催者とでも言っておきましょうか。この度、皆さんにはとある目的で集まっていただきました」
主催者だと名乗る女が、なんの前振りもなく話し始める。
僕は当然のように困惑していたが、話の中の「目的」という単語からおとなしく次の言葉を待つことにした。
「その目的とは、殺し合いです。これから皆さんには異世界へと転移後、バトルロイヤルを行っていただきます。ルールは最後の1人になるまで戦うことのみ。どうすれば生き残ることが出来るのか、良く考えながら行動して下さい」
ん? 殺し合い?
「はあ!? 殺し合いってどういうことだよ!!」
始めに声を上げたのは、髪を真っ赤に染めたガラの悪い若者だった。それをきっかけにこれまで沈黙を守ってきた人々は口を開いていく。
「そうだよ、意味が分からない」
「なんだよそれ」
「ってかここはどこなの」
水面に投げられた石が波紋を作り出すように、疑惑の声は更に広がっていく。橘さんとシプレちゃんも顔を見合わせて戸惑いの表情を浮かべていた。
そんな中、僕は主催者の話に少しだけ興味を抱いていた。誰かと争うのは好きではないが「異世界」という言葉には強く惹かれる。あり得ない話であることは百も承知だが、彼女ならば本当に異世界へと連れていってくれるような気がした。
「困惑するのも無理はないでしょう。従って皆さんには拒否権を与えます。現実へと帰りたい方は、今ここで『帰りたい』と強く願って下さい。これまでの出来事は夢として処理され、記憶の彼方へと消え去ることでしょう」
拒否もできるということに安心感を覚えるも、僕の気持ちは変わらない。彼女の話はとても魅力的だ。
本当に可能ならば僕は異世界に行きたい。
退屈な現実など抜け出してやる。
「ふふ、脱落者はいないようですね。それでは今から皆さんを異世界へと転移させます。詳しい情報は後ほどお伝えしますので気を楽にしていて下さい」
主催者の言葉を聞いた僕は、あの日の夜と同じような光に包まれた。