第3話
「なあ、綾人。お前はシプレちゃんの親愛度いくつなんだ?」
学校を離れた僕たちは、いつもの帰り道を歩いていた。家がそれなりに近い2人は同じ道で登下校している。歩きながら話す話題はもちろん『ラブプラ』のこと。
「えーと、まだ『仲間』の6だよ」
「ひえー、綾人でもまだ『仲間』なのかよ。さすが『鉄壁のシプレ』だな」
尋の言った『鉄壁のシプレ』とはシプレちゃんがラブプラユーザーに付けられたあだ名で、彼女の親愛度の仕様に由来する。
「鉄壁すぎるよ、本当に」
「運営はシプレちゃんの親愛度の設定を変えたほうがいいんじゃねえの」
『ラブプラ』には登場キャラクターとの親愛度機能が設けられており、会話イベントやゲーム内アイテムを消費することでキャラクターとの親愛度を高めることができる。
また、親愛度は「知り合い」「仲間」「想い人」と3つの段階に分かれており、次の段階へ移行する為には、専用の突破アイテムなるものが要求される。
通常のキャラクターを「想い人」まで移行させる為に必要な突破アイテムが6つなのに対して、シプレちゃんはその倍の12個も必要とされている。なかなか手に入らない突破アイテムが12個も必要とあって、鉄壁と名の付くあだ名で呼ばれるようになった。
「いや、それは違う。シプレちゃんは鉄壁だからこそ良いんだ」
「あーはいはい、シプレ星騎士特有のあれだろ?」
「簡単になびかないからこそ落としがいがあるんだよ。大体な、他のキャラは――」
「あーあー! 分かった分かった」
ヒートアップし始めていた僕を尋が止める。少し冷たいように見えるかもしれないが、これは今まで数え切れないほど行われてきた恒例のやり取りだった。
「それもシプレちゃんの魅力ってことだろ? 分かってるって」
やれやれ、と言わんばかりに僕の肩を叩く。話を遮られたのは癪だが、他人の推しとその良さを理解できる尋はなかなかに良い奴なのかもしれない、とも思う。
「でもよーそんなお前も実は、デレるシプレちゃんとイチャイチャしたい! とか思ってるんじゃねえの?」
「まあそう思うこともあったりなかったりする、けど」
「ははは、やっぱりな。男とはそんなもんよ。それじゃオレはこっちだから」
別れ道に差し掛かり、尋が別れの決まり文句を口にする。まだまだ話し足りなかったが仕方がない。今日は早く帰らなければならないのだから。
「それじゃあまた。尋も頑張れよ」
「任せとけ!」
そう言い合って尋と別れた僕は、沈み始めた太陽に向かって帰宅した。
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「ただいま」
と帰宅した僕のそれからの行動は早かった。時刻は17時5分。ガチャ更新の20時までに、やらなければならないことをさっさと終わらせたかったからだ。
制服を脱ぎ捨て部屋着に着替えた後、学校で出された課題を片付ける。課題を適当に終わられば次は夕食だ。母親のぼやきを相槌で受け流した後、風呂に入る。そうして現実の日課を淡々とこなしていると、あっという間に時間が過ぎていった。
ふぅ、と一息つく。
時刻は20時9分。
僕は自室のベッドの上で正座をしていた。
わざわざ正座をしているのは、「正座してガチャを引くと、普段より出やすいような気がする」という僕なりのジンクスがあるからだ。
さっきから心臓がバクバク言っていた。
このゲームには天井システムが無いため、運が悪ければ一生出会えない可能性がある。だからこそピックアップされている今、絶対に引かなければならない。そのプレッシャーを全身にかけられた僕はかなり緊張していた。
ガチャ画面を開くとそこには、花嫁衣装に身を包んだシプレちゃんがいた。純白のドレスとベール、上品に微笑むシプレちゃん。
「いや、可愛すぎる」
なぜだろう、いつも充分過ぎるほど可愛いシプレちゃんが更に可愛く見える。これがウエディングドレスの力なのか。
これ……引けるのか? 僕なんかが引いちゃってもいいのか?
いや! そんなんじゃダメだ!!
僕はシプレちゃんの花婿になるんだろ、こんな弱気でいてどうする!!
華のない17年を過ごしてきた僕だけど、今日ここで幸せを手に入れるんだ!!
「おまたせ、シプレちゃん。今、行くよ」
ボソッと呟いた僕は人差し指に全神経、全精力を注ぎ、今の僕は最高にツイていると自分自身に言い聞かせる。それから、スマホ画面に表示されている「10回引く」を震える指でゆっくりとタップした。
「……よろしくお願いします」
指先がスマホに触れた瞬間、緊迫感から停止かけていた時間と空間が一気に動き出す。
画面右上に表示された「ダウンロード中」の文字、召喚の儀式を行う女神様が虹色に光る確定演出、そして7枚目に排出された虹色のカード。
「……!? 虹!!」
1枚、2枚、3枚、とカードが捲られていく。その間、脳汁の溢れる感覚と高鳴る胸の鼓動が僕の体を支配していた。
いよいよ7枚目。
「うおおおおおおお!!!!!」
限定キャラ特有のカット演出により映し出される純白のドレス。そこにいたのは…………シプレちゃん、僕の花嫁だ。
「うぅ……ありがとう。きてくれてありがとう……ぜったい結婚しようね」
泣いた。嬉しすぎてまじ泣いた。
まさか10連目で出てくれるなんて、きっと俺 僕とシプレちゃんは結ばれる運命だったんだ。
「眩しいよ、シプレちゃん」
花嫁衣装が眩しすぎる。
いや、眩しいな、ほんと。
推しを迎えられた喜びから有頂天になっていた俺だったが、次第に違和感を覚えていた。
え、ちょっと待って、眩しすぎる。なにこれ。
そう、眩しすぎるのだ。
花嫁衣装を着た推しが表示されているスマートフォンが信じられないほど発光している。いや、スマホというよりはベッド全体が光っているのか。
その光はどんどん輝きを増していって、俺を包み込んでいく。あまりの輝きに目を開けていられない。
なんか、意識が……
あれ……やばくね?
そして僕は光の中で意識を失った。