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ラブリープラネット  作者: 鹿磨
2/9

第1話

 生徒たちに何度も踏みつけられたせいで黒く薄汚れた階段。

 

 この階段を登るのは何回目なんだろう。

 これからあと何回登るのだろう。


 音も立てないで過ぎてゆく毎日。

 本当にこのままでいいんだろうか。


 ぼんやりと考え事をしながら足を進めていくと、人の作り出すざわめきが辺りを包み出す。


 そんなことを考えても仕方がないか。

 なんたって今日は――


 階段を登り終え、角を曲がる。

 その先にあるのが2-A、僕たちの教室だ。


 教室の中には既にクラスの半数が集まっていた。大声で話す集団や独りで本を読んでいる者、みんな自分なりの過ごし方をしている。


 その間を縫って、自分の席を目指す。

 五十音順に規則正しく並べられた机、名字が「今泉」の僕は朝日が差し込む窓際の席だ。


 背負っていた青のカバンを机の横にかけ、席に着いた瞬間にポケットからスマートフォンを取り出す。


『ラブリー・プラネット』


 可愛らしくデザインされた文字が黒色のスマートフォンに浮かび上がる。


 Monmoonがお贈りするソーシャルゲーム、『ラブリー・プラネット』、略して『ラブプラ』。「美少女たちはキミを中心にまわりだす」をキャッチコピーに、昨年4月にリリースされた萌え系アクションゲームで、日本中で大流行とまでいかないがそれなりに栄えていた。そして僕は、『ラブプラ』の為に生きていると言ってもいい程のめり込んでいる。


「お! 綾人! 朝から勤勉だねえ!」


 アプリを起動したと同時に話しかけられる。声の主は友人の松原尋だ。


「日課は朝やらなきゃ気が済まないんだよ」


 スマホに目を落としながら返事をする。

 尋のことは気にせずに僕はゲームを続けた。


「いよいよ、だな」


「うん、石は溜まってるか?」


 みなまで言わなくとも会話が成立する。

 今日の僕らが話す話題といえばあれしかない。


「当たり前だ! オレはこの日をずっとずっと待ち望んでいたんだぜ!」


「シプレちゃんの限定ブライダル衣装……絶対お迎えする」


 僕の生涯の推し、シプレちゃん。

 彼女の夏の青空を彷彿とさせるコバルトブルーの瞳と、それを輝かせる太陽のような笑顔を見た瞬間、僕は恋に落ちた。勿論、自身のビジュアルに絶対の自信を持っているものの、どこか心の不安定さを覗かせ――


「まさかオレのアトレアとお前のシプレちゃんが同時ピックアップとはなあ」


「……うん、驚いたけどなんだか嬉しいよ」


 そう。昨日の夜、SNSで『ラブプラ』の公式アカウントが僕と尋の好きなキャラクターが排出されるブライダルガチャの告知を行なったのだ。そして実装日は今日の20時。


 お互いの推しが一緒にガチャに登場するということで、2人の気分は朝から最高潮だった。


「そうだな、お互い幸せを掴もうぜ」


 尋はそう言い残して自分の席に戻っていった。その台詞は傍からみれば、かなり気持ちの悪いものだったが「幸せを掴みたい」という気持ちは僕も同じだった。


 尋とは中学からの付き合いで、同じ高校に進学後も当然のように付き合いは続いていた。あいつの調子の良さはなんだか心地が良い。

 

 尋も俺と同じくリリース当初に『ラブプラ』を始めて同じようにハマっていた。彼とは波長も趣味も合う友達というわけだ。


 尋が去った後も『ラブプラ』を続ける僕。

 黒板の右上に掛けられた時計に目を向けると、現在の時刻は8時12分。シプレちゃんガチャの更新は20時だから、あと約12時間後か。


 そう考えると長いな。

 まずはこれから始まる退屈な授業を乗り越えなければならない。学生の本分は学業だというが、本当にそうなのだろうか。もっとなにかあるはずだ、心を満たすなにかが……

 

 そういえば今日は体育があったな。

 はあ……朝から憂鬱だ。


 まあいいや。とりあえず今できることを終わらせよう。このゲームは日課だけでも意外と時間がかかるんだよ。


 授業が始まるという憂鬱を忘れて、無機質なスマホの画面を叩いた。


 

 こうしてまた僕の1日が始まるのだった。

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