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第2話 人助け

「少し腰を打ったようじゃが、大事はなさそうじゃ。痛みも引いてきたしの」


 おばあさんは僕の呼びかけに元気な様子で答えると、差し出した手を握って立ち上がった。


 おばあさんは反対の手で大事そうに、袋に入った大きななにかを抱き抱えている。

 上の隙間から緑と黒の特徴的な縞模様がチラチラと見える。

 あ、これはスイカだね。


 おばあさんを引き上げた僕はついでに落ちた荷物も拾ってあげる。


 駅前のスーパーで買ってきたんだろう。

 食パン、トマト、キュウリ、薄切りベーコン。

 明日の朝はサンドイッチでも作るのかな?


「はいどうぞ」


「わざわざありがとうのぅ。こんな風に気遣ってくれるなんて最近の若者は偉いもんじゃ」


「あ、いえ、たまたま目の前だったんで物のついでです。ところで、それってスイカですよね?」


「そうじゃよ。こけた時にスイカが割れんようにとかばったら、自分が腰を打ってしまったんじゃよ」


「だめですよ、スイカは買い直せばいいですけど、おばあちゃんが骨折でもしたら寝たきりなっちゃうかもですし」


「今日は孫が遊びに来るから、昔から好物だったスイカを食べさせてやりたくての。今日は春とは思えない暑さじゃったから」


「純粋な疑問なんですけど、スイカって春でも食べられるんですね。ちょっと意外なような……」


「春スイカと言っての、熊本やら九州南部の早生(わせ)スイカはもう今頃から出だすんじゃよ」


「そうなんですね。あ、なんならそのスイカは僕が持ちますよ。またこけちゃったら大変ですし。どのあたりに住んでるんですか? 家まで荷物持ちします」


「うちは西町の入り口あたりじゃが、良いのかの? スイカは結構重いんじゃぞ? えっと、そう言えば名前はなんと言ったかの?」


「僕は佐々木と言います」


「佐々木くんはこの辺りに住んでおるのか?」


「僕は東町なんで途中からは逆方向ですけど、西町の入り口あたりならそこまで大した距離でもないんで、まぁ大丈夫です。乗り掛かった船ですから」


 僕はそう言うと、おばあちゃんの持っていたスイカを両手で抱えると歩き出した――んだけれど。


(ぶっちゃけめちゃくちゃ重い! なんだこれ!?)


 完全にスイカ一玉の重さを舐めていた。

 圧倒的な重量感だった。

 数秒前のカッコつけた自分を速攻で後悔した。


 しかもこいつね。丸くてとっかかりがなくてすっごく持ちにくいんだよ。

 滑らないようにかなり腕力がいるんだ。


 中学からずっと帰宅部で皆勤賞のエースを務めている僕は、情けないくらいに腕の筋力がない。

 そのためおばあちゃんの家に着いたころには腕がパンパンになってしまっていた。


 おばあちゃん、よくこんな重いの持って歩いてたね?

 またこけたら危ないし、次からは1/8とかのカットスイカを買った方がいいんじゃないかな?


 それでも持つと言った手前、僕はおばあちゃんの家までなんとかスイカ一玉を持ちきったのだ。

 最後は腕がプルプルしてたけど、こんなへなちょこ陰キャであっても僕も歴とした男の子。

 プライドがある――えっと、なくはないんだよ。


 やればできるは魔法の合言葉。

 僕は今日、絶対に諦めない気持ちを学ぶことができました。

 でももう2度とスイカ一玉は持たないよ……。


「今日は本当にありがとうの。そうじゃ、良かったらお礼にスイカを食べていくかえ?」


「いえいえどうぞお気遣いなく。僕は家に帰りますんで」


「そうか、孫と同い年くらいじゃから孫が来たら話が弾むと思ったんじゃが」


「すみません。知らない人と話すのは正直あまり得意じゃないんですよ」


 見ず知らずの、特に同い年くらいの相手と会話を弾ませるスキルを、僕は絶対に持ってはいない。


 カースト1軍の陽キャの人たちなら余裕のよっちゃんなんだろうけど、少なくとも僕には逆立したって不可能な芸当だった。


「そう言えば孫もそんなことを言っておったの。最近の若者はシャイなんじゃのぅ」


「あはは、かもですね」


 どうやらおばあちゃんのお孫さんも、僕と同じで人付き合いが苦手な陰キャタイプみたいだった。


 この時間に来れるってことは多分その子も帰宅部だろうしね。

 僕と結構似てるのかも。


 会ったこともないというのに、僕はおばあちゃんのお孫さんに勝手に親近感みたいなものを抱いてしまったのだった。


 だからと言って会おうとまでは思わないんだけど。

 そこが陰キャの陰キャたる所以(ゆえん)である。


 僕はお別れの挨拶をするとおばあちゃんの家を後にした。

 「佐藤」と書かれた表札のかかった庭付きの古い一軒家だった。



 その帰り道。

 なぜか僕は西沢さんとすれ違った。


(あれ? 西沢さんってこの辺りに住んでたの?)


 でもそれなら学区が同じだから中学が僕と一緒のはずだよね。

 ってことは友達がこの辺りに住んでるのかな?


 僕はおおよその見当をつけた。


 もちろん挨拶するなんて大それたことは勇気がなくてできはしない。

 だけどさすがに無視するのもそれはそれでかなり感じが悪いので、ありったけの勇気を出して小さくぺこりと会釈をした。


 それで西沢さんもここにいるのがクラスメイトのモブ男子だと気が付いたのか、小さく会釈を返してくれて――。

 もちろん特に何があるわけでもなく、僕と西沢さんはそのまますれ違った。


「西沢さんと僕とじゃクラスが同じってだけで住む世界が違うもんなぁ」


 それが放課後になっても西沢さんに会えて、会釈までしてもらえるだなんて。


「今日の僕はなんて幸運なんだろうか」


 おばあちゃんを助けて大正解だったね。

 僕はとてもハッピーな気分で帰宅したのだった。


 けれどこの時の僕はまだ知らなかった。

 これが本当の幸運の始まりにしかすぎないということを――


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