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Chapter.91

 三年生になる前の春休み、私は地元駅の改札前にいた。由上さ……蒼和くん……と待ち合わせをしているのだ。約束の時間よりだいぶ早く着いてしまって、行きかう電車の走る音を聞いている。よ……蒼和くんは、あと何本先の電車でやってくるだろう。もうかれこれ十数分同じようにしているけど、ドキドキ、ワクワクして、全然飽きない。

 約束の時間まであと八分ほど。次か、次の次の電車かなぁ? って思いながらスマホを確認していたら、

「光依那」

 斜め上から声が降り注いだ。すぐに誰かわかって笑顔で顔をあげる。

「蒼和く……えっ」

 笑顔で見上げたその先にいたのは蒼和くんだ。でも……

「髪……」

「うん、そう。“ふつう”にしてみた。どう?」

 蒼和くんは茶色になった髪を手でサラリと流した。

「に、似合ってます……! というか、かっこよさが引き立ってる……」

「えっ」

「いままではピンク色の髪が珍しいのもあって、それに白い肌で端正な顔立ちが良く似合っててかっこいいって思ってたけど、よく見かける髪色になって比較対象ができたというか、通常まわりにいる人たちと同じ色になったことで、差が際立つというか」

「ちょっちょっ」

 手を広げて止められて、ハッと我に返る。しまった。最近出てきてなかった“オタク”な部分が出てしまった。

 退いちゃったかなって心配して蒼和くんを見たら、真っ赤になった顔を手で隠していた。

「……面と向かってそんな褒められたら、さすがに、恥ずかしい」

 興奮していて気づかなかったけど、駅を利用している人たちの視線もちらほら集まっているような……そして微笑ましい顔で見られている、ような。

「す、すみませんっ。つい……」

「うん、だいじょうぶ」

 蒼和くんは優しく微笑んで、

「じゃあ、行く?」

 手を差し伸べてくれた。

 その手をとって目的地に向かい歩いている間、ようやく浮かんだ素朴な疑問をぶつけてみた。

「どうして急に茶色?」

「もう来年は受験生だし、ちょっと落ち着こうかなって。うちの校風だったら内申書には関係ないだろうけど、やっぱねぇ。面接とかで初対面の人が見たら、ちょっとビックリしちゃうかなって」

「そっか……学校のみんなは逆にビックリしちゃいそうだね」

「ね。オレだって気づかないんじゃないかな。いままでは遠目でも色で判断できただろうけど」

「確かに……ピンクの髪は目立っていたので、見つけやすかったです」一年のころ、良く探していたのを思い返していたら、口調も当時に戻ってしまった。

「でしょ? 今年は最上級生だし、ピンク髪も堪能したし、そろそろなって感じ」

「そういえば、ピンクなのはなんでだったの?」

「ずっとやりたかったんだよね、派手な色。でも中学生のころはほぼ坊主だったし、校則もあったし。音ノ羽は校則ほぼなしの自由な校風だったから、じゃあ高校デビューしとこって」

「そうだったんだ。大成功だね」

「そう、思ってたより目立ったし、なんか人気者になっちゃって……けっこう困惑した」

「そうだったんだ」

「うん。でもそのおかげでいろんな人と交流持てたし、いままでにない経験できたし、結果良かったなって思ってる」

「うん。大正解だと思う」

 でも、ピンクの髪じゃなくてもやっぱりすれ違う人、特に世代が同じくらいの女の子たちは蒼和くんを見て振り返ったり、一緒にいる人と小さく何か言いあったりしてるから、人気者になったのは髪色のせいだけじゃないと思う。

 私も、最初は見た目に惹かれたけど、交流を重ねるうちに蒼和くんの人柄とか、優しさとかを好きになったんだし、きっと学校のみんなもそうなんじゃないかな。

 って考えをどう要約して伝えようかなって考えていたら、目的地である私の家に着いてしまった。

 無事大学受験を終えたおねーちゃんを連れてパパとママがお祝いを買いに行くというので、その間に遊びに来ませんか? と誘ってみたのだ。

 もちろん、パパとママには了承済み。おねーちゃんが会いたがってたけど、パパとママに遠慮しなさいって言われて渋々あきらめてくれた。

 私はといえば、なんであんな大胆なお誘いができたんだろうっていまになってドギマギしてる。なんなら、ちょっと早まったかな、とも思ってる。

 玄関に入り廊下、階段を通って自室に招き入れたら、蒼和くんは部屋の中をぐるりと見まわした。

「ここ、どうぞ」

 出かける前に準備しておいた、蒼和くん用のクッションを勧める。

「ありがとう」

 蒼和くんは座って、身体を小さく揺らした。私も向かい側に座って、小さく揺れる蒼和くんを可愛いなって見つめていたら、蒼和くんが口を開いた。

「なんか、ソワソワする。蒼和だけに」

「……」

 なにか言おうと思った口から言葉は出ずに、ただ開いたままになってしまった。

「ごめん、浮かれた」

「ううん、対応できなくてごめん」

「謝られると逆に」

「そ、うだね。でも、ソワソワしてるの、蒼和くんだけじゃないから……」

「……うん」

 やっぱり私には、彼氏を部屋に呼ぶとか早かったかな……と少しだけ後悔する。  間が持つように、とBGMをかけてはいるけど、それもほとんど耳に入ってこない。

 なにもないのはわかってるのに、心臓の音がうるさく感じるくらいドキドキしてる。

「実は、女の子の部屋に入るの初めてなんだよね」

「えっ、初音ちゃんは?」

「枚方んちはリビングとかまでだよ。ガキの頃は自分ひとりの部屋なんてなかったし、ある程度の年齢になってからはもう、あいつら付き合ってたから、オレが枚方の部屋に入るのはなんか、三咲がイヤかと思って」

「あ、そっか……」納得して、はたと気づく。「ごめんね、なにも出さず。なにか飲み物持ってくる。なにがいい?」

「なんでも、は困るか。光依那と一緒でいいよ」

「はーい。なにか、本とかご自由にどうぞ」

「うん、ありがとう」

 蒼和くんを残してリビングへ向かう。いつもみたいに喋っていたら、さっきまでのドキドキは少し落ち着いてきたみたい。

 冷蔵庫の中を確認すると、昨日仕込んでおいたピーチティーが良い頃合いなっていた。

 コポポ……と音を立てグラスに注がれるピーチティ―からほのかに甘い香りが立つ。うん、美味しそう。

 必要かどうかわからないから、ガムシロップとマドラーを一緒に置いたトレイを運んできて、ドアの前で気づく。両手がふさがっていてドアノブが掴めない。

「蒼和くん、開けてもらっていい?」

 ドアの向こうに問いかけたら

「はいはい、待ってて」

 返答が聞こえてほどなくしてドアが開いた。

「ありがとう。お待たせ」

「全然。持つよ」

「ありがとう」

 蒼和くんは身体でドアをおさえながら、トレイを受け取ってテーブルに置いてくれた。

「なんか甘い、いい香り」

「ピーチティ―なんだけど、だいじょぶそ?」

「うん、フレーバーティー好きだよ」

「良かった」

 グラスをそれぞれの前に置いて、二人で向かい合って座る。いつもなら“いつものこと”なんだけど、今日は自分の部屋の中で……目の前に蒼和くんがいるのが不思議で、ちょっとくすぐったい。

「あ、そうだ。忘れないうちに」言って、蒼和くんは自分のバッグの中をごそごそ探り「これ、ご家族に」箱状の包みを取り出した。

「えっ、いいのにそんな、お気遣いなく……!」

「いや、かーちゃ……母親にお邪魔すること言ったら持ってけってうるさくて……」

 そう言う蒼和くんの表情は、中学生の男の子みたい。なんか、やっぱり可愛い。

「そういうことなら、遠慮なく……。ありがとうございますとお伝えください」

「うん、伝えるけど……今度、うち来て直接言ってやってよ。絶対喜ぶから」

「……いいの……?」

「もちろん。光依那のこと話したらめちゃくちゃ喜んじゃってさ、早く連れておいでって」

 お正月に少しお会いしただけだから、改めてご挨拶したいと思ってたけど、まさかそんな風に思っていてくださってるなんて想像もつかなかった。

「ほらうち男ばっかだからさ、女の子と交流できるの嬉しいみたいで」

「うちと逆ですね」

「お姉さんだっけ」

「はい。いまは両親と出かけてますけど」

「そっか」

 由上さんはグラスに触れて、

「……なんか不思議だな」

 ぽつりと言った。

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