Chapter.56
メニューを開いたら見たことのないものが並んでいて、おぉ、と目を見張る。
「ゆっくりでいいよ」
どうしようかと悩んでいたら、津嶋くんがふっと笑って頬杖をついた。その柔らかい笑顔に、由上さんの猫の笑顔が重なる。
「う、うん」
不意に思い出したその存在にドギマギしながら返答して、やっと決めた。
オーダーしてドリンクバーへ行って、席に戻ったら津嶋くんが小さな袋を差し出した。
「はい」
「え?」
「違ってたら悪いけど、今月誕生日でしょ?」
「そ、そうだけど……言ったことあったっけ……?」
「メッセのIDの数字」
「あー、そういえば」
使い始めたときに、名前と誕生日を組み合わせて登録した気がする。
「だから。用意したものじゃなくて悪いけど」
「あ、ありがとう、ございます」
少し照れくさくて、つっかえながらもお礼とともに両手を差し出す。
受け取った袋には、さっきまでいたミュージアムのロゴが印刷されていた。
これを買ってくれてたんだ……。
「開けてもいい?」
「もちろん」
シールをはがして中をみたら、可愛いなと思っていたブックマーカーとマステ、そしてペンが入っていた。
「可愛い……! ありがとう!」
「うん。ちなみにおれも同じペン買ったから」
「そうなんだ?」
「うん。この作品好きなんだよね」
私が出したペンを指先で転がしながら、津嶋くんが笑みを浮かべる。そういえばずっと見ていた絵画と同じ図案がプリントされている。
わ、渡すなら、いま、かも?
「つっ、津嶋くんっ!」
私の勢いに押されて、津嶋くんが目を丸くしながらこちらを見た。
私は椅子に置いたバッグをごそごそあさって、小さな手提げの紙袋を取り出す。
「これ、今日の、チケットのお礼……!」
男子が持つには可愛すぎるかなって悩んだけど、一目惚れしてしまったから他の物を選べなかった。
「焼き菓子なんだけど、お口に合うかどうか」
「いいの?」
「うん」
「ありがとう」
津嶋くんは照れながらも紙袋を嬉しそうに見つめて、相好を崩して“お礼”を受け取ってくれた。
「こちらこそ、チケットのみならずプレゼントまでいただいてしまって」
「いいよ、もともと誕生日付近で会いたいなと思ってただけだし、美術館はホントに偶然、母さんからチケット渡されただけだから」
「そう……。お母さまにも、ありがとうございますってお伝えください」
「うん、言っとく。っていうか、あまりにも意を決した感じだったから、とうとう告ってもらえるのかと思った」
「えっ」
「したら違った」
津嶋くんが言い終わるかどうか、のときに、食事が運ばれてきた。店員さんにお礼を言う。
「冷めないうちに食おう」
「う、うん」
さきほどまでの会話をうやむやにしたくて、いただきますと手を合わせて食べ始める。
無事、というかなんというか、告白云々の話はうやむやになって、展覧会の感想を言い合いながら食事する。その時間は楽しかったんだけど……
「そういや、由上とは会ってんの?」
唐突に出たその名前に、心臓が反応した。
「えっ……と……」
言いよどんでいたら、それが答えになってしまったらしい。
「別に止めるつもりも権利もないから、言っちゃえばいいのに」
津嶋くんがクククと笑う。
「それに、おれがまだ天椙のこと好きだとは限らないじゃん」
「えっ」
「ま、好きでもない女子のこと、美術館なんかに誘ったりしないけどね」
「……」
なにか気の利いたことを言えたら良かったんだけど、私にそんな技術があるはずもなく……。ただ黙って口をパクパクさせていたら、津嶋くんがまた笑った。
「今更そんなリアクションとる?」
「だ、だって……」
困っていたら、タイミングよく店員さんが使い終わったお皿を下げに来てくれた。
少しの沈黙……そうだ。
「つ、津嶋くんって、お誕生日、いつ?」
「おれ? 11月」
「じゃあ、今日のお返し、するね」
「いいの? 期待しちゃうけど」
「そ、そんなに大したものはお渡しできません……! きっと」
「物じゃなくてもいいけどね。楽しみにしてる」
「ぜ、善処させていただきます」
テーブルに手をついて頭を下げたら、津嶋くんはまた笑ってた。
* * *
津嶋くんとのおでかけが終わって帰宅して、ふぅと息を吐く。楽しかったけど、なんだか少し疲れたかも?
揺さぶられたというかなんというか……ちょっと落ち着かない時間があったなぁ。優しいし、いい人なんだけど……。
いただいたプレゼントを袋から出して机に並べてみる。
嬉しいけど、良かったのかな。でも断る理由なかったし……あ、忘れないうちに……。
ルーズリーフを取り出して、11月のページを開く。聞いた日付に【津嶋くん】と書いた。学校の人のお誕生日を記録するの、初音ちゃん以来。
なにを贈ろうかなって考えて、ふと気づく。これって、いわゆる“思わせぶりな態度”ってやつになってる?
でもお礼はしたいし、いただいてばかりは気持ちが悪い。でも、津嶋くんの気持ちに応えることは……難しい……。
そういう考えを伝えたら傷つけちゃうんじゃないかって思うと言えなくて、なんだかずるずるとおでかけしたりしてしまう。ハッキリしない自分が良くないんだろうけど……。
そして同時に思うのは、私もあんな風に自然に好きって言えたら……なにか変わるのかなぁって。
って言うか、私なにか変えたいのかな。けっこう現状で満足しちゃってる感あるんだよね。
もし、由上さんが私のこと、そ、そういう風に思ってくださってるとしたら…… 私の思い過ごしや思い上がりじゃなければ……た、多分、いや、でも、そうじゃなかったらあんな言い方したり、しない、よね……。
現実味がなさすぎて、ふとした瞬間抜け落ちてしまいそうな記憶を必死でたどる。
多分美化はしてないその記憶の中で、由上さんは私のことを気に入ってくれている、と思われる発言をしている。
『好きでもない女子のこと』『誘ったりしないけど』
不意に津嶋くんの言葉がリフレインした。
それって、男子全員そうなのかな。それとも、津嶋くんと由上さんは違う考えなのか……。うーん、よくわかんないけど、私とおねーちゃんの考え方が違うってのと一緒かもな~。
なんて考えていたら、やっぱりあまり思い上がらないほうがいいんだろうなって思えてきた。
だって勘違いだったら恥ずかしいし、由上さんだったら“優しさ”からくる対応とか言動なのかもだし。
そうやって考えることで、きっと私は“新しいこと”から逃げてる。
由上さんとの関係が進展することを、どこかで恐れている。
息を吐いて手元のルーズリーフをめくり、もうすっかり見慣れた【チェックリスト】のページを開く。
黒く塗られた四角は、私と由上さんの交流の証。これを作ったとき、由上さんとなにか接点が作れればいいって思ってた。いまもそう。
こんなに増えるだなんて思っていなかった黒の四角形が、私に自信を与えてくれる。それでもまだ、由上さんに自分の気持ちを伝えるまでには至らない。
自分の気持ち……がどこにあるのか、なんなのかもまだわかっていない。
なにかのために、じゃなくて、ただ白い四角が減ればそれでいい。その先に目標なんてない。
付き合いたいとか、好きになってほしいとか、そういうことを思ってたんじゃない。だったら……。
私は、由上さんのこと、どう思ってるんだろう……。
昨日“気づいた”『私は由上さんを、好きなのではないだろうか。』なんて思いが、シュワッと消えてしまう。
穴が開いてしまった心のように埋まりにくくなったチェックリストを眺めたまま、しばらく動けなくなった。




