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Chapter.43

 歩く度に鳴るカラコロ音を聞いていると、子供のころを思い出す。あのときは家族で近所のお祭りに行った。屋台で綿あめ買ってもらって手と口がベタベタになって、ママにおしぼりで拭かれた。帰りには足が痛くなって、パパにおんぶしてもらった。

 由上さんにもそんな思い出があるのだろうか。

 少し先を歩く由上さんは、前を向いたままなにも話さない。

 なんだろ……いつもと雰囲気が違う。二人きりなのイヤなのかな……やっぱり初音ちゃんたちと合流したほうがいいかな。でも邪魔するのも悪いし……。

「あそこ」

「はいっ……!」

「ここら辺の氏神様なんだよ。地域で一番大きい神社」

 言いながら由上さんが先の道を指した。

 遠くに小さく提灯の灯りが連なっているのが見える。笛や太鼓の音が風に乗って聞こえる。浴衣を着た人たちが楽しそうに行き来してる。道を戻る人の手には、屋台で買ったらしい色とりどりの縁日グッズ。

「まずお参りしよう」

「は、はい……」

 やっぱりいつもより言葉少なな印象。どうしよう。私からなにか話したほうがいいのかな。でも変な話題を振ったら……。

「……具合悪い?」

 思い悩んでいたら、由上さんが立ち止まってこちらを見ていた。

「いえ、そうではなくて……」

「……少し休む?」

 神社の手前にある小さな公園を由上さんが指さした。

「す、すみません……」

 公園の中には、これからお祭りに行くのかもう帰りなのか、浴衣を来た人と洋服を着た人が混じっていくつかの集団を作っている。少し暗い片隅の誰も使っていないベンチに誘導してくれた。由上さんは手で座面を払ったベンチに私を座らせて、少し離れた隣に腰掛ける。

「無理させてたらごめん。断ってくれても良かったんだよ?」

「ち、違うんです。調子に乗って浴衣着させてもらっちゃって、図々しかったかなって」

「えっ、そういう感じ? いいよそんなの、せっかくお祭りなんだし」

「でも……」

 なんて伝えようか迷って、でもほかに言葉が見つからなくて、つい言ってしまった。

「由上さん、いつもと違うというか……二人きりとか、ご迷惑だったかな、って」

「ちがっ、違う。それは……」由上さんが言葉を探して少し黙ってから言葉を続けた。「いつもと違う雰囲気だから……」

「や、やっぱり、変、ですか」

「いや、可愛いよ。可愛い……けど、なんか……」口ごもる由上さんが、ぽつりと続ける。「天椙さんっぽくない、かな」

 私っぽくない……? どういう意味だろう……。

 私が由上さんのことを“かっこよくて人気者”と思っているように、由上さんの中にも私のイメージがあるみたいだ。

 由上さんの中での私のイメージはきっと、地味で眼鏡で制服で……いまの私とは正反対で。

 可愛いって言ってもらえたのは嬉しいけど、素直に喜ぶことができない。

 私がもっと可愛くておしゃれに関心があって、普段から見た目を気遣える人だったら、由上さんをこんなに困らせることはなかったかな、って、少し……しょんぼりする。

「あ、いや、誤解しないでほしいんだけど」

 うつむいて黙ってしまった私に慌てて、由上さんがこちらを向いた。

「可愛いんだよ、浴衣似合ってるし、メイクも少し、してるよね。だからいつもと違って大人っぽくて……ビックリした」

 さっきまでの緊張とは違うドキドキが、初めての感情を芽生えさせる。

「だけど、普段の天椙さんも充分可愛いのに、朝の私服とかメイクもそうだけど、これ以上可愛くなられちゃうと、変な奴が寄ってきそうっていうか、だから」

「も、もう、大丈夫、です! もう、それ以上言われると…その……」何度も出てきた“可愛い”の言葉に、耳まで熱くなった。「は、恥ずかしい、ので……」

 薄暗い空間でもわかるくらい、きっといまの私は赤くなっている。身体もじわりと汗をかいて、全身が熱い。憧れてる人から言われるそのワードがこんなにも威力を持っているなんて、知らなかった。

「あぁ、もう。可愛いな」吐き捨てるように言ったその言葉。多分聞かれないように小さく言ったつもりだったんだろうけど、静けさに紛れることなく聞こえてしまって、さらに恥ずかしくなった。「もう充分可愛いから! それ以上可愛くならないで! ライバル増えちゃう!」

 ライバ……えっ?

 ビックリして顔をあげたら由上さんは顔をそむけてしまった。

「そういうことだから!……迷惑なんかじゃ、全然ないから」

 ぽかんとする私の目に映るのは由上さんの照れた横顔。

 それって……意味を考えようとする私に、どこからかの視線が刺さった……気がした。確信を持てなかったのは、見回してもこちらを見ている人が誰もいなかったから。そもそも暗くなってきてて、遠くの人の顔があまり良く見えていないんだけど。

「行こ」

 由上さんが立ち上がって、左手をそっと出した。少し迷って、その手にそっと右手を乗せてみる。

 由上さんは私を支えて立たせてくれた。手はそのまま離れることなく、二人を繋ぐ。

 細くてゴツゴツしてて、少し熱いその手の温度を、感触を、私はきっと、一生忘れないと思う。


 もう言葉はいらなかった。

 手を繋いで歩いているだけで、多幸感があふれてくる。

 あぁ、幸せ。こんなに幸せでいいのかな。

 だんだん近づいてくる祭囃子に心が弾む。

 神社の境内に入ると、参道の両脇に屋台が並んでいた。いつもはきっと暗い敷地内が提灯の灯りに照らされている。

 正面に見える神殿の前に二人で並んで、お賽銭を入れて二礼二拍手。そして手を合わせてお祈りした。


 いま隣にいる由上蒼和さんと、この先もご縁がありますように――。


 お祈りが終わって隣を見たら、由上さんが猫の笑顔でこちらを見ていた。

「屋台、見よっか」

「はい」

 ドキドキするけどこれは緊張じゃない。

 由上さんと一緒にいられるのが嬉しくて、楽しくて、そして少しの期待が入り混じって……幸せで……。


 神殿の前で離れた手が繋がれることはなかったけど、心のどこかはつながったままのよう。いつもだったら二人きりなんて緊張してギクシャクしちゃうけど、いまは違う。

 由上さんの隣にいることがとても自然に感じられる。このままずっと時が止まればいいのになって思っていたら、

「あれ、由上?」

 一人の男性が由上さんを呼び止めた。

「うわ、(トマリ)じゃん。久しぶり!」

「なんだ、来てたんなら連絡くれよ」

「ごめん、今日明日しかいないからさ。あ、こいつ、中学時代の同級生」

「は、初めまして。天椙と申します」

「泊です。なんだ、デートか」

「あー、そうなるのかな」

「いや、俺に聞かれても」トマリさんが笑った。「他にも同中(おなちゅう)のやつ何人か見かけたけど、会ってない? 神社(ここ)とか公園らへんで集まってるみたいだけど」

「あ、マジで? 気付かんかった」

「まーみんな成長したしな。ってかいまピンクなん? ガッコ平気なの」

「うん、うち校則ゆるいから」

「へー、いいな。なんてとこ行ったんだっけ」

「音ノ羽学園」

「あー、そうだ。美好が追っかけて行ったんだっけ」

 思いがけない名前に、心臓が跳ねる。由上さんと同じ中学ってことは、美好さんとも同じだってことで、名前が出てもなんにも不思議じゃない。

「追っかけてきてはないんじゃない? いま同じクラスだけど」

「へ~! うちの中学出身でそっちのほう行ったの由上と美好だけだからさ、あとみんな地元だし、なんかあるんかと思って……っと、スミマセン」

「いえ」

 そういうのじゃないので、とはなんとなく言いたくなくて、静かに首を振った。

「ごめんな、邪魔して」

「いや、大丈夫」

 じゃあな、と言って、トマリさんは近くで待っていた数人の男子グループに戻った。

「そうだ、そりゃいるよな」

「同じ中学の方が、ですか?」

「そう。みんな地元こっちだからさ。いまの地元じゃなきゃいいかなと思ってたんだけど、そういう話じゃなかったわ」

 少し気まずそうな由上さんの顔が幼く見えて小さく笑ったら

「ちょっと、笑わないでよ、恥ずかしいから」

 今度は拗ねてしまった。

 可愛らしくてクスクス笑ってしまったら、

「もー、行くよ」

 由上さんが照れたように笑いながら、歩を進めた。

「…はい」

 私も笑みを浮かべながらそれに着いて行く。

 屋台を眺めながら歩いていると、由上さんが何人かから声をかけられ、その都度対応していた。みんな中学の同級生だそう。

 何人かの口から美好さんの名前が出てくるたび、心臓が苦しくなる。由上さんの顔を見ると思い出すらしい、ということは、中学時代仲が良かったんだろうな。

 過去のことになにか思っても仕方ないんだけど、やっぱり少し、胃がチクチク痛む。

「美好、さっき見かけたよ? 会わなかった?」

「うん、見かけてないね。気付いてないだけかも」

「由上はそうかもだけど、あっちは気付いてんじゃない? その髪色目立つし」

「そっか。そうかもね」

 由上さんはあまり気にしてないみたいだけど、私には少し心当たりがある。


 さっきの公園で感じた視線――あれって、美好さん……?


 でもさすがにもうわからない。それに、感じた視線だって気のせいかもしれない。

 だから、考えるのをやめた。

 もう少し、この幸せに浸っていたかったから。

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