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Chapter.2

 四月はなにかと忙しい。


 中学のときもこんなだったっけ?

 思い返そうとするけど、あまり思い出せないまま次から次へとやってくるイベントをこなしていく。

 健康診断や体力テスト、新入生オリエンテーション…入学したばかりの一年生(私たち)が困らないようにと学校側から用意されたそれらは、学年単位で行われた。親密になるような関わりはないけど、誰か同士の会話は聞こえてくる。

 そんな中で、入学式からずっと注目の的であるピンク色の彼の名前を知った。


“ヨシカミ ソワ”さん。


 漢字はわからないけど、そういうお名前らしい。

 聞けるような相手も調べる(すべ)もない私は、小耳に挟んだ会話から情報を得るしかなくて。仲良くなるなんて夢のまた夢、知り会えたらラッキーくらいの存在だった。


 だけど、突然一筋の光が見えた。気がした。


 授業のうちのいくつかは隣のクラスと合同で行われるらしく、8クラスある一年は、2クラスずつ、4グループに分かれる。私とヨシカミさんのクラスは同じグループに属していた。

 その事実を知ったときの私の喜びようったら……。

 それだけヨシカミさんに魅力を感じているってことなんだろうけど……それにしてもあからさますぎ。恥ずかしい。


 明日の持ち物をバッグに詰めながらつらつら考える。


 どうしたらあんな風に、誰からも好かれる人になれるんだろう。

 もしいつか話せる機会があるなら聞いてみたい。

 でもきっとヨシカミさんには人気者って自覚がなくて、聞いても不思議そうにして言うんだ。「普通にしてるだけだよ」って。

 いいなぁ、私もそんな風になりたい。

 そこまで考えて、第一印象よりも少し、遠い存在のヒトに抱くような“憧れ”が生まれて来てるのに気付く。

 校内でたまに見かけるだけのヨシカミさんを、身近に感じることはできない。

 なんなら知っているのは見た目と名前だけで、実は声を聞いたことがない。だから、どういう人なのかも、どんな喋り方なのかすら知らなくて、妄想だけが膨らんでいた。


 入学してから半月も経たない内に、お手本通りに制服を着ている生徒は私一人になった。上級生の人でも見かけないから、学校内でただ一人。

 おしゃれな私服も制服を可愛く着崩すテクニックも持ち合わせてないだけなんだけど、変なポリシーを持っている人みたいだなぁと我ながら思う。

 ただ制服を着ているだけなのに、かえって目立っているようで少し恥ずかしい。そうだよね。みんな自由な校風に惹かれて来てるんだし。私だってそれに憧れて音ノ羽(おとのは)に入りたいと思ったのになぁ。

 身だしなみに関しては校則で禁止されていることがほぼない学校なのに、黒髪のままで制服しか着てないのは、せっかくの自由を無駄にしている気分になる。ピアスだって禁止されてないから、隠さず堂々とできるのに……。

 そういえばヨシカミさんも耳にキラキラ光るアクセサリーを着けている……気がする。近くで見たことないからわからないけど。

 私はといえば、ピアスを開けるどころか、髪型を変える勇気すらないんだもんなぁ……。


 美術の教科書を手に取って、ヨシカミさんはどの教科を選択したんだろうと考える。

 音ノ羽の芸術の授業は音楽、美術、工芸、書道のいずれかから自由に選べる。そして、いくつかあるクラス合同授業のひとつでもある。

 音楽より単独作業で、工芸より力が要らない書道か美術を、と考えて希望を出したのだけど、書道は希望者が多すぎて、第二希望の美術を選択することになった。それはそれで興味のある分野だし、まぁいいやって思ってる。

「よし」

 明日の準備を終えて、お風呂に入るために着替えを持って階下へおりる。リビングにはパパとママ、おねーちゃんが揃ってテレビを視ていた。

「お風呂いい?」

「いいよー」

「どうぞー」

 おねーちゃんとママから返事をもらってバスタイム。


 明日はどんな日になるのかな。


 小中学校のときには思わなかったそんな期待。

 それだけで音ノ羽に入って良かったと思える。きっとヨシカミさんのおかげ…だと思う。

 会いたいと思える人がいるって、こんな感じなんだなぁ。まぁ、ちゃんと会ったことはないんだけどね。

 入浴剤で白く濁ったお湯の水面を手で波立たせてみる。手からバスタブの壁面に当たって返ってくるそのさざ波は浮き立つ私の心のようで、少し顔がゆるんだ。


* * *

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