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Chapter.13

 さっき体験したはずの演目中の記憶があまりない。

 気付いたら着替えるスペースに戻ってて、津嶋くんが私の頭をワシワシかき混ぜてて、メンバー四人が「やりきったー!」「めっちゃ盛り上がってたやん!」「興奮したわ!」「頑張ってて良かったな!」なんて盛り上がってる。

天椙(アマスギ)やっぱすげーわ」

 津嶋くんが興奮した口調で私の頭をポンポン叩いた。

「え、そ、そうだった……?」

 控室に置いていた眼鏡をかける。やっとハッキリした視界に、メンバーの姿が入る。

「なに、あの歓声聞いてないの?」

 桐生くんが笑いながら汗を拭く。

「なんか、あんまり、覚えてない」

「酸欠とかじゃね? 酸素のやつないの?」北条くんが辺りを見回すと

「あ、あったわ。準備いいな」星野くんがスプレー缶を取って渡してくれた。

「あ、ありがとう」

 簡易酸素ボンベを口元に当ててプッシュすると噴き出し口から気体が出てくる。深呼吸していたら、確かに少し意識がハッキリしてきた。

「あんだけでけー声出せば酸欠にもなるだろ」

 三河くんが学ランを脱ぎながら笑う。

「声、出てた?」

「出てた出てた。歓声掻き消せるぐらい出てた」星野くんがうなずく。

「歓声…そんなにすごかったんだ……」

「なんで他人事(ひとごと)

 津嶋くんが乱した私の髪を手で整えながら言う。なんだか撫でられているみたいで、でも避けるのもなんだしなって、そのまま受け入れた。

「ソワ様のときよりでかかったんじゃね?」

 唐突に出た由上さんの名前に、ドキリと心臓が跳ねる。

 そうだ、由上さんもきっと、見てくれてた……はず。

 どんな顔してたかな。どんな感想だったかな。それとも、別になんとも思わなかったかな……。

 名前を聞いた途端にその存在に意識が向かう。

「とりあえず、昼飯いかね?」

 そんな思考を遮ったのは、津嶋くんの言葉だった。言われて、確かにおなかが減っていることに気付く。

「行こう行こう」

応援団(おれら)だけ食堂使えんでしょ?」

「特別待遇じゃん」

「だって昼休み返上してっからね」

 元の運動着に着替え終わって六人でぞろぞろと食堂へ向かう。そんなにゆっくりはできないけど、特別感があってなんだか誇らしい。

 学校でこんな人数でご飯食べるなんて小学校の給食以来だなーって思いながら、各自が持参したお昼ご飯を食べた、

 私が参加する競技はもう団体のものしかなくて、午前中ほどドキドキせずにまったり体育祭を楽しんだ。

 体育祭を楽しむとか、私の人生においてそんな考えが出てくるとは。

 体育はずっと苦手だったし、運動が楽しいとも思えなかった。いや、いまも別に、運動が楽しいわけじゃないんだけど……それでも私としては相当の進歩だ。

 その楽しさの中には、要所要所で活躍している由上さんの姿を見られることも含まれる。

 見た目や性格だけじゃなくて運動神経もいいなんて、本当に王子様みたい。

 今日でファンの人、増えたんじゃないかな。

 ぼんやり思いながら、進んでいくプログラムを見届けた。

 すべての競技が終わり、各クラスの得点が発表されていく。あとは応援合戦の得点で学年ごとにクラスの順位が決まるという場面になった。

 応援団に属していない生徒の投票数がそのまま獲得点になるから、競技ポイントが接戦だったうちのクラスと由上さんのクラスにとってはかなり重要だ。

 固唾をのんで見守る中、放送委員会がマイクを使って上位のみの順位発表を始めた。


 3位…呼ばれない。

 2位……呼ばれない。


 呼ばれていない1年のクラスはあと6組。

 その中には由上さんのクラスも含まれている。

 他のクラスの応援合戦を見れてないから、自分たちがどのくらい盛り上げられたのかがわからない。

 クラスメイトはみんな胸の前で手を合わせたり指を組んだりして1位獲得を祈っている。自分の応援団が勝ってほしいけど由上さんにも勝ってほしい私は複雑な心境のまま、なにも祈れず手を合わせている。


『応援合戦、1年生の部、優勝は……』


 呼ばれた瞬間、周囲がワッと沸き立った。私は全然実感がなくて、喜ぶクラスメイトの称賛をただただ浴びて呆然とするしかなかった。

 全校生徒や先生がたからの拍手が、じわじわと耳に沁みた。


 応援合戦で優勝できて、学年総合優勝もできて……なんだか夢みたいで、こっそり手の甲をつねったらちゃんと痛かった。


 惜しくも校内総合優勝は逃したけど、それでも結果が出せて充分満足のできる体育祭だった。


 着替え終わって帰宅する前に、相良先生主催の打ち上げが学食の一角で行われた。優勝のご褒美として学食のデザートセットが相良先生の厚意でクラス全員に振舞われた。

 応援団のメンバーはもちろん、クラスメイトにもたくさん話しかけてもらって、楽しい時間を過ごすことができた。

 その日から挨拶や少しの会話だけじゃなく、休み時間中の雑談にも参加できるようになって、ようやく私の学園生活が始まった気分。

 もう9月も半分過ぎてるけどね! なんて脳内で突っ込みを入れて、帰りの電車内でひとり、笑う。

 家族に報告したら、みんな嬉しそうに聞いてくれて、お祝いに外食に連れてってもらった。


 そんな体育祭から早一週間、今日も楽しく過ごしていたら、放課後声をかけられた。

「天椙」

「うん?」

「ちょっといい?」

「うん。どうしたの?」

 応援団でお世話になった津嶋くんは、いまでもたまに一緒にご飯を食べたりしてる。なんかクラスメイトに付き合ってるんじゃないかってウワサされるようになっちゃって、最近はあまり二人きりにならないようにしてるんだけど……あらたまってなんだろう。

「屋上、行かない?」

「うん……」

 教室内に残った数人のクラスメイトの好奇の目にさらされながら教室を出た。

 少し距離を置いてあとをついていく。

 お昼に来慣れている屋上は、夕焼けに照らされていつもと違う風景に見えた。

(これって…あの伝説の……いやいやまさか、そんなわけないでしょ)

 浮き出る可能性を打ち消しつつ津嶋くんの言葉を待つ。

「天椙って、好きな人いるの」

「えっ」

 言われて浮かんだのは……由上さんの顔だった。

「す、好きっていうか、そういうんじゃないけど、なんだろ、尊敬? みたいな……憧れ…そう! 憧れてる人はいるかな」

 津嶋くんは早口になった私の答えを聞いて、苦く笑ってうつむいた。

「ご、ごめん、まくしたてて」

「いや、いいんだ。なんとなくそんな気してたから」

「どっ、どんな気……?」

「いや?」

 津嶋くんが笑う。少し、自嘲が混じってるように見えた。

「おれは?」

「ふぇっ?」

「おれは天椙的には、どういう存在?」

「つ、津嶋くんは…初めてできた、男子の、おともだち……」

「はじめて」

「そう、初めて」

「え? 小学校とかは?」

「いない。男子はイジめてくるから苦手だったし、中学のときは文芸部の女子たちとしか喋ってなかったし」

「あー、なんかそんな感じするわ」

「え、どういう意味?」

「え? そういう意味だけど」

「ひどい」

「冗談だよ」

「うん。わかるけど」

 二人で顔を見合わせて、ふと笑う。

「これからは、遊びに誘わないほうがいいかな」

「えっ、それは……」言われて、少しだけ寂しい気持ちが湧いてしまって、はっきり肯定できなくて、「お任せします……」ずるい逃げ方をしてしまった。

「あー、じゃあ、他に好きなコができるまでは誘うわ、多分」

「うん。え?」

 津嶋くんはニヤリと笑って「暗くなる前に帰ろう」踵を返した。

 来た道を戻る津嶋くんをあわてて追う。

「そーじゃないかなーとは思ってたんだよね」

「な、なにが、ですか?」

 うっかり聞き逃しそうになったあの一言が気になって、にわかに緊張してきた。

「なんだろうね」

 津嶋くんは前を見ながら少し笑って

「ライバル多いから、くじけたらオレんとこおいでよ」

 いつにない軽口で津嶋くんが言った。

「そ、そういうのでは、ない、です……」

「なんで急に敬語」

「きっ、気にしないで、ください」

 ダメだ。気付いた瞬間から心臓が落ち着かない。

「意識してくれたってことにしておくわ。遅くなると危ないから、帰り送っていく」

「えっ」

 なに喋っていいかわかんないんだけど! って内心慌ててたら

「その誘いまで振らないでよね。気丈にふるまってるけどけっこう傷ついてるからね?」

「あっ、う……」

 思わず口から出そうになった、すみません、を飲み込んだ。

 謝るのはちょっと違う気がしたから。

「まぁいいよ。明日からもよろしくね」

「……うん」

 津嶋くんの言葉がグルグル回る。ライバル多いから……その言葉は明らかに対象者がいて、それはきっと……。


 少し離れて二人で歩く廊下から見た隣のクラスにはもう誰もいなくて、頭に浮かんだ“あの人”の姿も見られなかった。


 教室に戻るとうちのクラスにも誰もいなくて、日は沈みかけていた。(ほの)暗い教室でバッグを回収して、津嶋くんと一緒に教室を出る。

 もう少し気まずい雰囲気になるかなぁと想像してたけど、津嶋くんは普段と変わらず会話してくれた。

 昨日までと同じように隣り合って座って、津嶋くんが降りる駅までお喋りしながら電車に揺られる。


 ありがとう。ごめんなさい。


 別れ際、心の中で言った。


 いつもと変わらず接してくれてありがとう。

 普段通りに話せなくてごめんなさい。

 私なんかを好きになってくれてありがとう。

 気持ちに応えられずごめんなさい。


 何度も繰り返して、考えないようにしても思い浮かんでしまって、ふとした瞬間に耳や頬が熱くなる。


 初めての男友達にされた初めての告白 (?)は、私の人生に大きな衝撃を与えた。きっとこのことは一生忘れず、ことあるごとに思い出すんだと思う。

 津嶋くんのことを好きになれたら、また違った未来があったんだろうな。けど……。

 いまの私は、あのキレイなピンク色を探してしまう。見つけただけで嬉しくて、心が躍る。

 少しの言葉をもらっただけで幸せで、会話ができたらその日いちにちが記念日で……いまの私にはそれが一番大切。だからきっと、想像してみた未来には進めない。

 たとえ二人で同じ幸せを味わえなくても、それでもいいから……きっと私は、明日もまたピンク色を探してしまう。


 明日、会えたら私から言おう。「おはよう」って。


* * *


 読み返しても頬が熱くなる。

 日記を書いてから半年近く経ったけど、津嶋くんは変わらずご飯や遊びに誘ったりしてくれる。断る理由がない場合は承諾したけど、さすがに二人きりで遊ぶのは少し恥ずかしいというかなんというか……。

 事情を知っているらしい元・応援団メンバーは、気を利かせてくれて一緒にいたりしてくれる。

 みんな優しくて暖かくて、同じクラスになれて良かったなって思う。


 相良先生には感謝してもしきれない。あのくじ引きは私の運命を変えるものだったから。

 津嶋くんたちとは二年生になっても同じクラスになれるかはわからないけど、これまでと変わらずにいられたらいいな。

 頬杖をついて、息を吐く。

 私のなにが良かったのか、それは未だにわからないけど、少しは好いてもらえる魅力が出たってことなのかな……。

 考えてもわからないから、別の日の日記を読むことにした。

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