団地の花子さんと死にたい死神くんの人生実況解説動画
クビ目前の派遣OL御手洗花子は死のうとしていた。だけどひょんなことから、推しそっくりのイケメン死神くんの動画製作を手伝うことに。
クビの原因を作ったいじめっ子正社員女。
浮気願望のある結婚目前エリート男。
一日中同じベンチに座っているお爺ちゃんなどなど……
死神パワーであらゆる人生を勝手に覗いて、好き勝手に言いたい放題!?
今日も花子さんの鋭いツッコミと死神くんの時代錯誤なボケが炸裂する!!
東京の隅っこにある団地の屋上から送る『人生実況解説動画』
果たして、あの世娯楽課所属の死神くんの動画再生回数は増えるのか?
人生崖っぷち花子さんと風変わりな死神くんの幸せになるための人生『再生』ヒューマンドラマ。今日も花子さんは自由奔放な死神くんにメロメロのたじたじです♡
私の地元は自殺の名所だ。
東京外れの団地街。低くても十一階。高いと十七階まである高層団地から飛び降りた人は数知れず。あまりに自殺者が多いので、私が子供の頃に屋上は封鎖された。が、根性ある自殺志願者は、高層階のお宅にピンポン。開けてもらった瞬間にベランダまで猛ダッシュ。そしてそのままアイ・キャン・フライ。そのはた迷惑さと執念は、一周回って称賛ものだ。
だって、今の私にそんな根性はない。せいぜい長年の土地勘的なもので知っていた立て付けの悪い屋上扉を無理やり開けて、まぁ死ねそうだったら死んでみようかなぁレベルの初心者自殺志願者だもの。
仕事を早退した真っ昼間。ボブで切りそろえた髪が風になびく。屋上は寒いね。コート着ていない私には風が冷たすぎるよ。
空はこんなにも青々としているのに、見える風景は地味すぎる。綺麗な山々が見えるわけでもないし、観光スポットなるビルやタワーが見えるわけでもない。どうせ見下ろしても、葉っぱすらない桜通りをのんびり歩くお婆ちゃんや、一体何しているのかわからないけどずっと座っているお爺ちゃんが見えるだけ。保育園児の賑やかな声が聞こえるのはいいね。若者に幸あれ。私も世間一般じゃ、まだ若者の部類に入るんだろうけど。
そんな冬のある日、二十二歳派遣社員女性が死のうとしています。
名前は御手洗花子。自殺動機は、社会人になっても『トイレの花子さん』と虐められたため。
いやぁ、まさか社会人になって、小学校の頃のいじめっ子と同じ職場になるとは思わなかったよね。しかも相手は正社員でさ。またトイレで水を掛けられるとは思わなかったわ。まぁ、水道ホースじゃなくてスプリンクラーで、トイレで煙草を吸っていたとして規律違反を押し付けられたのはビックリ。相手も成長したぁと、なぜかしんみり。
部長から今日のところは帰れって言われたけど、間違いなく契約切られるよね。あと数時間したら派遣元から「どういうことですか?」と怖い電話が掛かってくるに違いない。うろたえすぎて、思わずコート忘れてきちゃったよ。
私が何をしたっていうんだろう?
しょうがないじゃん。私が生まれる直前に死んだお父さんが「花子」て名付けてしまったんだから。
しょうがないじゃん。小学生の時に母親が再婚した相手の名字が御手洗さんだったんだから。
知ったこっちゃないよね。あんたの狙っていた男が「新しく入ってきた派遣好みかも」と言ったなんて。こんな小粒な目でどうやって色目を使えと。てかその男、婚約者がいるって話じゃなかった? そんなにヤリ捨て候補の女が羨ましいの? さっぱり意味わからん。
だけど、死ぬには十分の理由ではなかろうか。
奨学金がたんまり残っているのに、派遣はクビになりそうだし。狭い実家に帰ろうにも、血が半分繋がっている妹が受験生だし。弱音を吐ける友達なんていないし。彼氏なんていたことないし。イベガチャは上限まで回したのに推しはすり抜けたし。
私、頑張ったよ。よく頑張った。こんな名前でよく頑張ったよ。だからもうラクになっていいよね? そうだよね――それなのにどうしてフェンスの向こうで今にも飛び降りそうになっている先客がいるんだあああああああああああああ⁉
「ちょっ、待って! こんな所で何しているの? 扉閉まってたよねぇ⁉ 勘弁してよ何で自分が死のうとする前に人の死ぬとこ見なきゃなんないの寝覚めが悪い……寝覚め? 死に覚め? なんだか知らないけどとにかく止めてくださーい‼︎」
「あー今から死ぬ予定の方ですか? お騒がせしてすみません。僕もちょっと死ぬだけなんで。あと少しだけ待っていてもらえますか? ほんとにちょっと。ちょっとだけなんで」
ホテルで信用してはいけない男ナンバーワンみたいな台詞を吐く白シャツ男は、正直すごくイケメンだった。目鼻立ちパッチリ。肌も白くて、猫っ毛の髪も色素が薄くて儚げ。えーと、外国人かな? まだ若そうだけど、モデルさんかな? とにかく、こんなカッコいい男の子がなんで死にそうになっているかな⁉
「いや、きみ相当カッコいいから! モテモテでしょ? リア充でしょ? それなのにどうして死のうとしているのよ。勝ち組じゃん。人生薔薇色じゃん。生きているだけで丸儲けじゃん?」
「いやあ、いくら見た目が良くても仕事できないと立つ瀬ないものなんですよ。最近動画再生回数伸びなくて……このままじゃクビ……だったらいっそ僕なんて死んだ方が……」
「いやいやいや、仕事なんて一日の半分じゃないですか! そもそも本来は一日の三分の一のはずだけど! でも残りの半分が楽しければフィフティーフィフティー! 人生はプラマイゼロとも言いますし、お仕事で苦労されている分プライベートを――」
私の必死の説得に、イケメンは自嘲するように肩を竦めた。
「はっ、死神にプライベートなんて」
「そんな投げやりにならないで下さい死神だって友達と飲み明かしたり恋人とデートしても……」
そこでふと、私の頭も冷たくなる。
「すみません。今、死神とか言いませんでした?」
「あ、はい。言いました。僕、死神なんです。足も影ないでしょ?」
「あ、本当だ」
よく見ればこのイケメン、太ももから下が透けている。そしてお天気だというのに、本人の言う通り彼から伸びる影はない。
ん? んんん? これは幽霊とかそういう類の……?
冬だというのに、背中にじっとりと嫌な汗を掻く。夢か現か幻か。それともすでに私も死んでいたか……いや、私の影はくっきりあるし、少し剥げたヒールも履いている。そろそろ足も痛くなってきたなぁ。
「申し遅れました。僕、こういうものです」
それはとても屋上スレスレとは思えない丁寧な会釈だった。フェンスをすり抜けて渡された名刺を、私も震える両手で受け取る。
ごく普通の白い名刺にはこう書いてあった。
あの世娯楽提供課所属 溺死=露喰薔薇(仮)――と。
「『ロックベル』と読みます。死神の名前て、死因と好きな名前で構成されるんですよ。カッコいいでしょう? 暴走族みたいで。母親が昔好きだった漫画からイメージしました。母親も喜ぶかと思いまして」
「はあ」
マザコンか。
思わず口から出そうになる単語を必死で飲み込む。
木枯らし吹く屋上の真ん中で、私とロックベル(仮)さんは向かい合って正座していた。仕方ないじゃない。ここには椅子もテーブルもないんだから。だけど彼は「そのまま座ると寒いですよね」と大きな黒い布を折り畳んで、私の下に敷いてくれた。え、このイケメン優しい♡
でも私は気付かないようにする。私が座布団にしている黒い布は死神のマントかな~とか。彼の横に置かれた長い銀色は死神の鎌なんじゃないかな~とか。私は死んでも気が付かないぞー!
「生きている時は憧れたんですよねぇ、暴走族。喧嘩して、バイク乗り回して、派手な特攻服を靡かせて……モヒカンにもしてみたかったなあ」
王子様コスプレが似合うだろうイケメンが、キラキラした目を遠くに向けている。うん、夢を見るのは個人の自由だよね。
だけど、色々聞かせておくれ。
「あのー……」
「なんでしょう?」
「死神って……死ねるんですか?」
てか、聞きたいことがありすぎるよね。他にも(仮)て何だよとか。でもとりあえず気になったのがこれ。その答えはのんびりあっさり返ってくる。
「それが死ねなくて。生者っていいですよね、すぐ死ねて。僕も今まで十三回くらい死のうとしてきたんですけど、もうぜんっぜんダメ。刃物はすり抜けるわ、毒は効かないわ、落ちようとしても空飛べちゃうわ……自殺の名所に来たら変わるかなぁ~なんて思ったんですけど、やっぱり難しそうですね。でもこのままじゃ動画再生回数も伸びないし……僕、どうしたらいいのでしょう?」
いや、迷子の子猫ちゃんみたいな目で聞かれても知らんし。
このままお悩み相談される前に次の質問を……てか、なんで私はこの人(?)と話しているのだろう。イケメンだからか? 推しに似たイケメンだからか? なんだか頭がボーッとするから、そういうことにしておこう。
「さっきも言ってましたけど、動画再生回数って?」
「あ、僕『ノーチューバー』なんですよ」
「何そのパチモン感」
「パチモンですよ。人間界で流行っている動画サイトを真似してあの世でも作ったものですから――てなわけで、僕と一緒に実況解説動画を作りませんか?」
悪気もなしに微笑むイケメン自称死神くんは、両手で私の手を包んでくる。え……男の人と手を繋いだのなんて何年ぶりだろう……さっきから現実味がなさすぎて寒気までしてきたよ。
「と、とりあえず……どうして誘う気になったのか説明を」
「生者の方と一緒に実況するとか、視聴率稼げそうな気がしません?」
オーマイゴッド。神様、あなたの配下であろう死のうとしていた死神くん、すごく長生き出来そうな根性お持ちではないでしょうか。
「実況するのは、生者の人生です。死神パワーで隠し撮りです。それに好き勝手ツッコミを入れてます。もしご協力いただけたら、対象はあなたに選ばせてあげますよ。嫌いな人のあんな姿とか、気になる人のこんな姿とか、盗み見てみたいと思いま――」
長々と説明されている気がするが、半分も聞けていなかった。
「わかった……わかったから」
とりあえず寒い。眠い。クラクラする。
「あれ、聞いてま……て、お姉さん! 大丈夫ですか、お姉さん⁉︎」
視界が九十度傾いたかと思いきや、暗転する。私を抱きとめる胸板が冷たいなーなんて思いながら、私は意識を失った。





