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夜明けの海を歩くには

かつて、太陽と月と星というものがあった。 その頃の近隣の惑星は緑や水に溢れ、もっとも豊かな惑星は青の惑星と言われていた。 やがて人の営みを支えていた太陽が消滅する事を知った人類は、時間をかけ、青の惑星から離れることを決意する。 宇宙移住を促し、太陽から離れ遠くへ。 人々は去っていった。 刻は流れ、ここ疑似惑星カラードには青の惑星の末裔が住んでいる。 北の大地サリードに住まうは夜を担う一族、そして南の島ソルーシャには昼を担う一族。 お互いの長は顔も知らず、隣同士の檻の中で夜と昼の営みを続けていた。 そんな日々に待ったをかける者が現れた。 夜を担う長・サク。 年若い彼は一族の秘密の欠片を知り、己の運命を変える為、旅立つ。五つの大陸にある魔導起動装置を起動し、昼の長に会うために。 魔導 × SF × ファンタジー 過去、未来、そして夜と昼に隠された真実とは。


 フォン、という無機質な音と共に、二つの足音が聞こえてくる。

 ぺたん、ぺたん、というかかとのない靴音と、硬い靴を履いている衛兵の足音。


 サクはごろりと檻の方に頭を向けて寝転んでいるので、格子の外側を歩いている二人の姿は見えない。しかし日ごとに来るのが遅くなっているのは分かる。


 もうすぐ冬だからだ。



 カシャンと隣の檻を開く音がして、ぺたん、ぺたんと人が入った気配がした。


 隣の部屋から暖かい魔導が発せられたのが分かる。

 サクは寝転がりながらも微動だにせず、隣の魔導が強くなるのに合わせて自身の魔導を収縮していく。

 隣が安定したのを確認し、完全に自分が放っていた夜の魔導を止めた。


 今日の仕事がやっと終わった。


 サクはため息をついて身体を起こした。

 隣の檻から先ほどの衛兵がこちらの檻を開けたので、サクは黒の皮パンに手を入れて檻から出ると転送陣の中に入っていった。


 衛兵がサクの村への転送呪文を唱えると、緑色に煌めいたサークルが出現し、瞬く間に景色は変わっていく。


 丘の下へと吹き下がる冬風を背に受けながら見慣れた山小屋に黙って入ると、巻が爆ぜる音がした。


「お帰り、サク」

「ああ」

「ご飯にする? それとも仮眠とる?」

「寝る」


 一言二言しか話さないサクに話しかけてきたのは、一族の次の長おさである従兄弟のヨムだ。

 もうすぐ成人を迎るに辺り、サクが担っている夜を統べる魔導を間近で学びたいと、一年前から一緒に暮らしている。


 とはいえ、ヨムは日中を山小屋で生活し、サクは日の光が弱まるのを見計らって施設に向かう。サクとヨムが同じ家で相見える時間は少ない。サクは夜に備え、日中のほとんどを眠っているからだ。


「何か変わった事は?」

「長老がきて代替わりの前に夜に起きてられるように訓練しなさいって」

「ああ、必要ねぇよ。やり始めれば身体が勝手に慣れる。それまでは普通に暮らしていればいい」

「でも、初日にヘマしたら恥ずかしいよ」

「大丈夫だ。寝てたって一旦放てば魔導は消えねぇよ」

「え、やってみたの?」

「気がついたらオチてた時はある」

「えぇーー……」


 ヨムは目が隠れるぐらいのサラサラな前髪を横に振りながら、あり得ない、と呟きながら台所にいき、湯気の立つミルクを持ってきてサクに手渡す。


 サクは短く礼を言って一口飲み、片手を上げて自室に向かった。


 窓からは柔らかな朝日が差し込んでいる。

 今日も檻の中のあいつは安定しているらしい。


 乱れる事のない昼の営みにチッと舌打ちをしてサクは窓を閉めた。

 薄明かりと暗がりの狭間の中で、ベッドに寝転んで毛布を頭まで引っ被る。

 窓を閉めても溢れ入ってくる光にイラつきを感じながら、眉をひそめて目を瞑った。





 はるか昔、太陽と月と星というものがあった。

 太陽と呼ばれる光り輝く恒星が寿命を迎えるにあたり、この世界の住人は気の遠くなる歳月をかけて魔導を操る術を身につけたという。


 流行り廃りを繰り返しながら脈々と受け継がれた、闇と光を操る魔導。

 燃えたぎる巨星が膨張して周辺の星々を飲み込み消滅した後、それを見越した何百世代も前の先人たちは巨星の影響のない場所まで流れに流れ、見つけ出されたこの世界に根付いた。

 が、残されたこの世界は真っ暗な闇しかなかったという。

 移り住んだ先人の中に闇と光を操る魔導者が居たのは偶然なのか必然なのか、今となっては分からないが、その末裔が今の夜と昼の営みを担っている。



 サクは夜の営みを担っている長だ。成人をした時に一番魔導が強いものがその任を担う。

 任期は基本的に五年。次の長になる魔導をまとう者が出なければ翌年もやらねばならない。サクは七年目だ。やっと夜を担えるぐらいの魔導をヨムが習得したので、次の代替わりの時に任を解かれる。


 休む間も無く永遠と営まれる夜の任を解かれるのを、今か今かと待っていた。

 三年前までは。


 昼の営みを担うあのぺたりぺたりと歩く者の姿を垣間見てから、サクはぴたりと長老たちへ次世代の成長を促す文句をやめた。

 長老たちはやっとサクが長としての自覚が芽生えたか、と胸を撫で下ろしていたが、理由はそんな事ではない。


 サクは寝付かれずにごろりと身体を仰向けにして差し込む光の筋に手を伸ばす。


 三年前の冬の日の事を思い出す。

 その日はサクが一番長く魔導を放つ日で、さすがに一番短い日から比べれば二倍ぐらいの放出量を保たねばならず、クタクタに疲れていた。


 その晩に限って交代するべき昼を担う一族の到着が遅れていた。

 あちらさんの代替わりの日だったのだろう。

 衛兵二人に抱えられるように到着したその娘は泣きながら引きずられるように檻の方へと近づいてきた。


 ぐずぐすの顔でこちらを見た娘は、涙に濡れた目を見開いてさらに泣いた。

 隣の檻に入れられたが、魔導を放つ様子が見られない。


 サクはチッと舌打ちをして衛兵に、少しの間だけ隣の檻に入る、と言った。

 このままではサクの魔導の限界が来てしまう。それは避けたかった。


 一人の衛兵は前例がない、と首を横に振ったが、もう一人の衛兵が泣き止まず陣の中で突っ伏している娘を見て首を縦に振った。


 規則よりも朝が来ぬ方が重大だ、と。



 二人の衛兵に見守られる中、サクは初めて隣の檻に入る。

 サクの檻とは違い、乳白色に彩られた檻の中は眩しく感じられた。

 部屋の中央にある陣に突っ伏している娘。

 陣に広がる白金の長い髪がまたこの部屋を眩しくさせているのだろう。


 サクは足を一歩、陣の中に踏み入れた。


 夜の魔導を保ちながら昼の魔法陣の中に入るのは、柔らかくも暖かく在る空気が静かな圧となってサクの力を自然と押さえつけてくるので息苦しい。


 サクは、気力を振り絞って、突っ伏している娘の肩を叩いた。

 いやいやと首を振る娘の顔の側に片手を出し、夜の一番綺麗な闇の欠片を灯す。


 夜の魔導を感じたのだろう。

 よろよろと娘は顔を上げた。

 サクの創り上げた藍色に近い深い天鵞絨ビロードのような闇の球体に、娘の目がまた見開く。娘は吸い込まれるように触った途端、闇の欠片は煌びやかな星空の欠片になった。


「すげぇ、重なったらこんな風になるんだな……」


 サクが思わず呟くと、娘は聞きなれない言葉をぽそりとしゃべった。


「言葉も通じねぇよな。そのナリじゃだいぶ南の土地だとは思うが」


 膝下の長さの丈ではあるが、防寒も何もない一枚の布でまかなっている服装を見て、サクが住む北の地ウーグルとは気候も違う所から転送されてきたのが分かる。


 星空の欠片に触れている指が細くて、眩しかった。


 何もかもが白々と視界を埋め尽くしていく。

 それそろ、限界が近い。


「さぁ、これでいいだろう? ここは怖い所じゃない。……楽しくもないけどな。でも、そろそろ始めてくれないか? 夜を保つのが、キツくなってきた」


 過剰に放出している魔導のせいで呼吸が浅くなり、冷や汗が垂れてくる。

 様子が違ってきたのが分かったのだろう、娘は嬉しそうにしていた顔を曇らせてこちらを見たかと思うと、驚いたように何かをいいながら、こちらの手を握った。

 大きな薄水色の瞳が心配そうにゆらゆらと揺れている。


「そんなに目を、見開くな。こぼれ、落ちそう、だ……」


 娘が焦ったように何かを叫んでいる。


「わから、ねぇよ。……なに、言ってん……だ……か」


 サクの声が届いたかどうかは分からない。

 また泣きそうになった娘の顔を見たのを最後に、サクの身体はぐらりと揺れ意識が飛んだ。近づいてきた必死な様子の空色の瞳を目に焼き付けながら。


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