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キミは放課後のアイテムマスター

 放課後。誰もいない、中庭の自販機スペース。

 コーヒー牛乳を取りだして振り返ると、地面に魔法陣があった。


「あっ……」


 そこに美少女が出現し、ばつが悪そうにサイドテールをいじる。


「異世界から戻ってきました……なんて……」

「おかえり。大変だったな」


 お疲れ様と、男子生徒は買ったばかりのコーヒー牛乳を手渡した。


「あ、ありがとうございます?」

「ところで、ものは相談なんだが」

「は? 他に聞くべきことがあると思うんですけど!?」

「異世界の話を、部誌に載せさせて欲しい」


 一人だけの文芸部。

 生徒会から課された存続条件が、週刊で部誌を発行すること。


 異世界。新しい切り口だ。


「ウソとか思わないんですか?」

「面白ければ構わない」


 異世界帰りのアイテムマスターと、文芸部員。

 ギャル系後輩と、ぼっち系先輩。


 こうして、放課後の異世界交流が始まった。

「センパイ、遅いじゃないですか。遅刻ですよ、ち・こ・く」

「すまない。帰り際に女子生徒に呼び止められてな」

「センパイと女子……? センパイ、自分の名前が分かりますか?」

金沢彰良(かなざわあきら)

「あたしの名前は?」

北山水奈深(きたやまみなみ)

「じゃあ、あたしたちの関係は?」

「異世界帰りの後輩から、その世界の話を聞いて部誌のネタにしている」

「本物ですか……」


 後輩の女子――水奈深が座ったまま意外そうに首を傾げる。


「おかしいですね。センパイと女子は、水と油のように交わらないはず……」

「キミも、どちらかと言えば女子のはずだが」

「正真正銘女子ですけど?」


 カラーコンタクトを入れているせいで緑がかっている瞳が、表情を変えずに対面の椅子にった先輩の男子――彰良を射抜いた。


 放課後。文芸部の部室で、二人きり。

 けれど、サイドポニーテールの美少女から糾弾されても彰良に動じた様子はない。もう、慣れた。


「であれば、この空間では乳化現象が発生していることになるな」

「別になにも仕入れてませんけど?」

「入荷ではない。マヨネーズ作りで酢と油が混じり合う理由だ」

「よく分からないですけど、ちょうどいい前振りですね」

「俺が呼び止められた件は、もういいのか?」

「どうせ、ノートを貸してとかそういう話でしょう?」


 彰良は黙って、テーブルを指で叩いた。


 水奈深は満開の秋桜(コスモス)のような笑顔を浮かべたかと思うと、恥ずかしそうに下を向き。上目遣いで口を開く。


「センパイ、お昼ご飯を用意したんです。た、食べてくれますか?」

「それは、前日から確認しておくのが無駄なく確実だと思う」

「ですよねー。これもう完全に脅迫ですよ。公開告白で退路をなくす的な」


 一瞬で態度を豹変させ、机に突っ伏した。リップを塗った唇をアヒルのようにとがらせる。


「絶対、長続きしないと思うんですよね」

「統計を取ったわけじゃないだろうけど、なんらかのしこりは残りそうだな」

「そんなカップルが統計取れるほどいたら」


 だんっとサイドポニーを揺らして体を起こすと、わざとらしい笑顔を浮かべて高らかに宣言する。


「はいっ。というわけで、今日のテーマは冒険中の食事プラスアルファですっ」

「それは興味深いな」


 いつからあるのか分からない、くっつけられたふたつの机。

 彰良は、ノートを取り出して取材態勢に入った。


 水奈深が、優しげに微笑んでから空中にスマートフォンやタブレットの画面があるかのようにフリックする。


 彼女にしか見えないメニュー画面が出ている、らしい。

 その真偽は確かめられないが、その結果はいつも目にしていた。


 古びた机の中心に光の粒子が現れる。

 重なり合い、弾け、消え去り。小さなボウルと山のように積まれたドライフルーツらしき物が出現した。


「今日のご飯は究極の携行食、マジカルベリーです。魔法をかけてポーションでつけ込んだ木の実ですね」

「いつ見ても、魔法みたいだな……」

「別に努力したわけじゃないので、便利だなとしかおもわないですけど」


 アイテムマスター。

 自らの魔力を代償に、触れたことのあるアイテムを複製する。


 これが、異世界に召喚された際に付与されたスキルだった。


 永続するわけではないが、たとえば国宝である蘇生ポーションも複製し放題となったら有用性は語るまでもないだろう。


「さささ、センパイ。まずは一献」

「アルコールはないんだよな?」

「大丈夫ですよ。死にはしません。むしろ、逆ですから」


 水奈深は、マジカルベリーを一粒つまんだ。


「はい、あーんしてください。あーん」

「いや、自分で食べ――」


 薄目のピンクのネイルが近付いてくる。


 問答無用。

 強引にマジカルベリーを口へ押し込んでくる。


 指先に唇が触れてしまった気がした……が。


「あっ、ぐっ……」


 もはや、それどころではなかった。


「どうです、センパイ?」


 表情は動かない。

 その分、目が忙しなく動いていた。


 吐き出したいが、それはみっともない。


 葛藤する様に、主犯も笑うのを我慢するのがやっと。


「めちゃくちゃ甘いでしょう?」

「あまいっ」


 辛さは、味ではなく刺激。

 甘さも、度を超えるとそれと同じだと思い知らされた。


 甘いというレベルではない。


 もはや暴力だ。


「コーヒー牛乳、飲みます?」

「……断る」


 あーんまでされ、飲みかけまで譲ってもらったらなにが待っていることか。


「頑固ですねぇ。そこがまた、いじりがいがあるんですけど」

「水を飲んでくる」

「どうぞ~」


 五分後。

 水だけでは足りなかったようで、ブラックコーヒーを買って戻ってきた。


「それで、どうです? 書けそうですか?」

「この強烈な衝撃を記すには、部誌のスペースは狭すぎる」

「それは、あたしの領分じゃないですね」


 いい笑顔で無責任に応援しつつ、解説をする。


「これ一粒で、一日は動ける感じですね」

「忍者の兵糧丸か。それとも、エルフのレンバスか……だな」

「でも、それは副作用? みたいなもので」

「副作用の使い方間違っていないか?」

「分かってますよぅ。だから、ちょっと可愛く小首を傾げて疑問形で言ったじゃないですか」

「確かに、可愛らしかった」


 動きが止まった。


「センパイ、まさかクラスでもそんな調子のいいことを言ってるんじゃないでしょうね?」

「正直に生きろというのが、死んだ祖父の教えだ」

「はあぁ……。いつか天罰が下りますよ」


 言っても無駄と悟ったのか、後輩はお気に入りのコーヒー牛乳をストローで吸い上げる。


「それ、ヒットポイントを回復させるんですよ」

「ヒットポイント」


 ライフ、ヘルス、生命力。

 ゲームのパラメーター。


 それを現実の物として語られるのは、何度体験しても慣れない。


「要は、怪我をしてもマジカルベリーを」

「怪我をしてないから、実感がないな」

「まあ、一粒だとかすり傷しか治せませんけどね」

「それはつまり……」


 答えはひとつだった。

 はっきりと言わないのは、現実を認めたくなかったから


「そうですね。一回の戦闘で、このボウル一杯なくなりましたね」

「そうか……。大変な旅だったんだな……」

「代わりに、回復呪文使わなくて済むので、マジックポイント節約できましたし」


 買ったはいいが、飲む気になれないコーヒーをもてあそびながら考える。

 一粒で24時間行動できる究極の携行食を二粒、三粒と食べたらどうなるのか……。


 試す気には、なれなかった。


「末期とかもう、怪我をしてないのに戦闘が終わったらマジカルベリーをねだられましたからね」

「麻薬か?」

「中毒になる成分は入ってないです。たぶん、きっと」

「それ、素直に書いたら生徒会からなんて言われると思う?」

「それは分かりませんが、時にはチャレンジも必要じゃないかと」

「必要な挑戦だろうか……?」


 ペンを放り投げ、腕を組んで天井を眺める。


 それを眺めてから、水奈深は立ち上がった。


「それじゃ、そろそろ帰りますね」

「ああ、今日もありがとう。また明日」

「はい。また明日」


 そのまま、つかつかと人影のない部室棟を移動し角を曲がる。


「はああぁあああっっんんっっ。ヤバイっ、やばかったぁっっ」


 そして、うずくまって感情を思うままに爆発させた。

 現状、どちらかというとヤバイのは彼女自身だ。


「えー、もう。やだ。センパイ、かわいーーー」


 最初は、打算で付き合っていた。


「あーんされて、めっちゃ焦ってた」


 異世界から帰ってこれたのはいいが、向こうで一年も過ごしたのに地球では一時間も経っていなかった。


 そのギャップは、家族や友達と過ごせば過ごすほど大きくなっていく。


 だから、なにも知らない第三者に向こうのことを話すのは精神の均衡を保つのにちょうど良かったのだ。


 それなのに、いつからだろうか。


 話を聞いて、必死にメモをする顔を見つめるようになったのは。

 武器を手にして、冷静な振りをしながら子供みたいに目をキラキラさせるのを思い返すようになったのは。


 この気持ちが恋だと、気付いたのは。


「はあ……センパイ、好き」


 だから、告白はできない。したいけれど、できない。


「でも、この時間がなくなったら死んじゃうぅ……」


 異世界帰りのアイテムマスターと、文芸部員。

 ギャル系後輩と、ぼっち系先輩。


 放課後の異世界交流は、まだしばらく続きそうだった。

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