俺のプラモが最終防衛兵器なんだが!?
あの日、世界は終わりを迎えるはずだった。
怪獣と呼ばれる巨大生物が街を破壊し、人々が思い思いの終末を過ごす中、主人公の蔵方 巧は積んでいたプラモデルを組み立てていた。
それは人生の積み残しを消化するためだったのに、ここでまさかの事態が起こる。
なんと最後に組み立てた美少女プラモが動き出し、しかも巨大化してしまったのだ。
彼女が怪獣を倒したことであっさり回避された終末。
だが、驚く巧に対し、元の大きさに戻ったプラモは更に予想外のことを言い始める。
「この戦いは始まりにすぎない。私が戦うためには武器が必要なんだ! そう、君が作る新しいプラモが!」
これは、世界の終わりを食い止めるためにプロモデラーを目指す男の奮闘劇である。
世界が終わる。
そう言われたら、どう過ごすだろうか。
好きな人と過ごす?
自分勝手に暴れる?
諦めて自堕落になる?
俺は、心残りをちょっとでも片付けるタイプの人間だった。
―――――――――
ぱちん。
ぱちん。
切れ味バツグンが謳い文句のニッパーから、そんな音がし始めて随分経った。
(何年も前に買ったヤツだし、この数日間ずっと使ってるもんな。切り跡、残るようになってるけど……ま、いっか)
手入れをすれば元の切れ味に戻るらしい、とは聞くけど、今はその時間も惜しい。
つけっ放しのテレビを観れば、もう時間がないのは明らかだ。
『怪獣が三城地区にて活動中! 住民はただちに避難してください!』
ワイプ越しに悲鳴じみた声で訴えるキャスターがいて。
でかでかと映ってるのは、街を踏み潰す巨大生物。
何も知らなければ、特撮番組の一シーンだと思っただろう。
だけどこれは現実だ。
巨大生物。
またの名を怪獣。
突如現れたソイツは、瞬く間に人間社会をぶち壊した。
戦車や戦闘機、ミサイルといった防衛兵器はまるで歯が立たない。
神出鬼没で世界中、どこにでも姿を現す謎の生き物。
海の向こうでは世界トップクラスの軍事力でも敵わず、首都が壊滅したとかなんとか。
おかげで世界は今、「終わりを迎えつつある」という空気が蔓延していた。
いくら人間社会がしぶとくても、流石にこの状況でマトモに機能するはずもなく。
『住民はただちに避難してください! 生きるための行動をしてください!』
現状、世界は真っ二つに割れてる。
何とかして生き続けようとする人と、諦めて思い思いの最期を迎えようとする人。
ちなみに俺は後者だ。
というか、俺よりも先に会社が諦めた感ある。
「混乱が小さい今のうちに、会社を畳もうと思う。今までよく働いてくれた」
そう言って全ての業務が停止したのが半月前。
今も給料は支払われているが、来月か再来月には完全に会社がなくなるそうだ。
そんなわけで、俺は今、心残りをなくす方向で日々暮らしている。
「……まぁ、これで最後なんだけどな」
ふと、手を止めて振り返る。
棚に置いたプラモ。その大半はこの数日で完成させたヤツだ。
昔からの趣味だったけど、社会人になってからは意外と時間がなくて、買うだけになってたもの。
今になってそれらが完成品として並んでいくのは、感慨深いものがある。
そして、そこに並ぶ最後の一個も、もうじき完成する。
「それが毛色の違うヤツ、ってのが……なんか、不思議な感じ」
今作っているのはいわゆる「美少女系メカ」ってやつだ。
簡単に言うとロボットを女の子にしたタイプ。
意外とクオリティが高いのと、別売りの追加パーツで自由なカスタマイズができるってことで、つい最近買った。
まだ作ってる途中だが、かなりいい買い物をしたと思ってる。
惜しむらくは自由なカスタマイズを試す余裕がなさそうなトコだが、そこは諦めよう。
何せ、世界が終わるかどうか、って状況だし。
『三城区の皆さん、怪獣は三城区にとどまっています! 今すぐ避難を―――』
「あぁ、もううっさい」
いい加減にうっとうしくなって、テレビの電源を切る。
すると、遠い所で何かを壊すような音が聞こえ始めた。
意外と近付いているのかもしれない。
「……ま、完成させて眺める時間はあるだろ」
とりあえず気にせず、手を動かすことにした。
全身は完成している。後は武器周りだけだ。
ここまで来ると組立説明書を見なくても大体わかる。
パーツもわかりやすいのでぱぱっと切り離した。
「で、メイン武器がこれで……こっちはここ……」
組んだものから一つずつ、プラモ本体に取り付ける。
そしてようやく、完成。
「できたぁ……」
すっかり口癖になった呟きと共に、完成した美少女ロボを掲げた。
原型になったロボの特徴を残しつつ、美少女要素も取り入れたデザイン性。
あくまでロボというのを忘れない絶妙なバランス。
更に各パーツに設けられたジョイント部が、カスタマイズのやりやすさを実感させる。
これは人気が出るのもわかる。
(できれば、もっと早く買っておきたかったかも)
そうしたら自分のプラモ生活が何か変わったかもしれない。
まぁ、どっちにしろ今更な話だ。
このプラモが人生最後の制作物。
後はこれを飾り棚の一員にして、世界の終わりを迎えるだけだ。
(やり切った感あるな……)
重い腰を上げ、完成品を取る。
バキバキと体の節々が鳴りまくった。
「とにかく、これで完成っと」
「おぉそうか、待ちくたびれたぞ」
「ようやくって、別に待つほどのもんじゃ―――」
ふと。
「……ん?」
疑問一個。
今、俺に話しかけてきたのは誰だ?
「え、誰? どこにいる?」
この部屋は俺の一人暮らし。
ペットもいない。
話し相手なんて絶対にいないはずだ。
なのに何故、声が聞こえたのか。
背筋が凍る思いで周囲を見回していると。
「とにかく、まずは礼を言わねばな」
手元から声がした。
ぎょっとして目を向けると、握ったままの美少女プラモ。
いや、まさか。
「感謝するぞ、君」
プラモが独りでに動き、敬礼のポーズ。
シールだったはずの表情が動き、にっこりと微笑んできた。
「おわぁああああっ!!!!」
びっくりして腰を抜かし、弾みでプラモを取り落とす。
それは重力に従って真っ逆さまに落下して―――
「おっとすまない、驚かせてしまったな」
くるりと一回転し、両足で綺麗に着地した。
一方の俺はカッコ悪い尻もちで、ついでにランナーが尻に刺さる。くっそ痛い。
「~っ!?」
「っと、痛そうだな……大丈夫か?」
声にならない痛みが漏れると、勝手に動き出した美少女プラモがおろおろし始める。
微笑みも一転して心配そうな顔に変わり、いかにも気遣っている雰囲気だ。
だが、それがわかる分混乱も倍増する。
「い……あっ、ま……ちょっ、う、嘘だろ!? な、なんでプラモが、動いて……!?」
「……あー、そうか、そういえばそうだった。いやすまない、まずそこからだったな」
申し訳なさそうに後頭部をかき、顔をしかめる。
サイズ差はさておき、その仕草はどう見ても人間そのもの。
だけどこのプラモにそんなギミックはないはずだ。
それとも俺が見落としてただけで、そういう機能も組み込まれた高性能プラモだったのか。
「ひとまず落ち着いてほしいんだが、私は―――」
が、そこで。
ズゥゥウウウウンッ!!!!
「「……っ!」」
俺とプラモが同時に顔を上げる。
視線が向いたのは窓の外、地響きの震源地。
グォオオオオオオオオッ!!!!
怪獣が、迫っていた。
それを見て俺は現実を思い出す。
いきなり動き出したプラモに構ってる場合じゃない。
世界の終わりが、すぐそこまで来ている。
「認識コード、UTR-001の接近を確認……あぁ全く、説明は後回しか」
だと言うのに。
美少女プラモは当たり前のように動き出す。
「えぇと、君!」
「うぇっ!?」
「そうだ、君だ! 名前は!」
「な、名前!? く、蔵方! 蔵方 巧!」
「タクミ、よし覚えた! 話の前に、組み立ててもらったお礼だ! ひとまずアレを破壊してくる!」
「は、破壊!?」
こいつは一体何を言っているんだ。
そんな疑問をよそに、彼女は窓の向こうの怪獣に向き直った。
「コンバートシーケンス、起動」
途端にプラモの周囲で何やら光の線が描かれ出す。
SFアニメでよく見るようなスクリーンやら回路やらのようなものに囲まれ、プラモの体も輝き始める。
「ベースボディをフォーマット……情報量カットのため、クオリティにデフォルト補正を実施……」
その輝きの中で、美少女プラモは矢継ぎ早に言葉を続け、輝きも増していく。
「実施完了、オプション兵装のチェック……ひとまず問題ない。オールフォーマット、戦闘躯体のアウトプットに移行……」
「お、おい、お前、何を―――」
「60……80……100%!」
更に突然のカウントが始まり、終わり。
「起動ッ!」
次の瞬間、一際強い光に目が眩んだ。
そして視界が元に戻った時、俺は信じられないものを目にした。
俺の部屋を守るように立つ、怪獣と同じスケールの、美少女プラモを。
―――――――――
「コンバート成功……スケール差異、各挙動、問題なし……よし、行けるな」
手の握り具合を確かめ、私は全ての行程が問題なく終わったことを確認する。
突如のことに驚いたのか、相手は警戒もあらわに戦闘態勢を取りつつある。
その反応は正しい。
実際、私は彼らを駆逐するものなのだから。
「さて、組み立て時期が遅れるイレギュラーはあったが、ようやく私の使命が果たせる」
右腕部にセッティングされたライフルと、各ハードポイントにセットしたサブウエポン。
更に背部の固定兵装。全ての兵装とのリンクをチェックした上で、私は構えた。
「行くぞ、アナザービースト! これより、お前を破壊する!」
―――――――――
その日、世界の終わりは覆る。
今思えばそれは、俺がプロモデラーの道を突き進む、最大の転機だった。