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絶望坂を蹂躙するのは悪役令嬢か復讐王子か

政変により兄を殺され、首謀者として王宮を追われたノルベルト王子。

追い詰められた国境へ向かう最後の山道。

その坂は絶望と血に染まる。


辛くも隣国グランツへ逃げ込み伯父に保護を求めたノルベルトは、自らを悪役令嬢と名乗るキャロラインに出会った。

祖国への復讐を誓う王子と、破滅の未来を知り運命への抗いを決意する悪役令嬢は共闘する。


成長したノルベルトは身分と名前を偽りキャロライン付きの騎士として王立高等学院へと進学。そこでヒロインとの運命的な出会い……は、キャロラインによって強制的にキャンセル。そう、ノルベルトの復讐の炎は決して消えない。


次々とフラグをへし折るキャロラインだったが、運命は破滅への誘いを強制する。

血塗られた坂をもう一度真っ赤に染め上げ、定められし運命を蹂躙するのは復讐王子か悪役令嬢か。

「殿下! この森を抜ければ国境です」


 暗い森の斜面を駆け続ける集団が止まった。


「わ、わかった……姉さん、少し……」

「そうですね。このまま小休止!」


 姉と呼ばれたのは鎧姿の女性。

 全身に赤黒い染みが付いており、美しい顔の左半分は血が滲んだ布で覆われていた。


「殿下、皆の前ではアンナとお呼びください」

「わかっているよ、姉さん」


 アンナを姉と呼ぶのはまだわずか十歳のノルベルト。

 血のつながりはないが、アンナの母が乳母だった関係でノルベルトはアンナを姉と慕っている。

 だが、その頬は痩せこけ、大きな黒い瞳が、まるで飢えた獣のように光っていた。


「伯父上への密書はちゃんと届いたかな」

「信じるしかありません」


 八日前、兄である第一王子が暗殺された。

 その瞬間、ノルベルトを取り巻く世界が変わった。


「伯父上は僕の無実を信じてくれるだろうか」

「殿下は王妃陛下の忘れ形見。きっとエインワーズ公は助けてくれます」


 アンナにとっても、すでに家族といえるのはノルベルトだけだった。


 第一王子暗殺の報を受けたアンナの父は、ノルベルトを連れて王都を脱出するようにアンナに指示を出した。


 父と、第一王子妃であった姉は暗殺に加担したとして処刑され、王子とともに脱出させようとした母と妹は足手まといになるからと屋敷に残り、兵に囲まれた後、自害した。


 今やノルベルトは暗殺の首謀者として廃嫡の上、追われる身となり、腹違いの兄である第二王子の立太子が発表されたのである。


「本当に僕だけが逃げていいのだろうか」

「すでに第二王子派による革命は成功してしまいました。今のままでは、巻き返すことはできません」

「それはそうだけど」

「まずは御身の安全を優先してください。山頂を超えれば、隣国グランツです。エインワーズ公がきっと待っています」

「逃げたとして、その後はどうするの。姉さんたちや、みんなは? もうここへは戻って来れなくなるかもしれないんだよ」

「それでもノルは皆の希望なのです。必ず生き延びて、いつか、この国を正道に戻して下さい。そうでなければ、死んでいった者達が浮かばれません」


 アンナは、そういってノルベルトの身体を抱きしめた。


「すでに殿下の命は、殿下だけのものではありません」


 王子とはいえ、まだ子どものノルベルトにはあまりにも重たい言葉だ。

 それでもアンナは、ここまで皆を鼓舞し続けた姿に王としての未来を感じていた。

 

「姉さん……苦しいよ」

「どうか殿下、忘れないで。我々が付いています……」


 自分は生きて国境を越えることはできないだろう。

 そう思っているアンナは続く言葉を飲み込んだ。



 斥候に出ていた兵士が戻ってきた。


「敵です。やはり山頂手前で待ち構えていました」

「そうですか」


 アンナは大きく深呼吸をしてからノルベルトを見つめた。


「殿下、約束して下さい。何があっても諦めずに最後まで駆け抜けると」

「姉さん」

「どうか我らの忠義にお応えください」


 アンナの言葉に、その場にいた全ての兵士達が膝を落とし、ノルベルトへの忠誠を誓う。


「みんな……ありがとう」


 ノルベルトが顔を強張らせながらも微笑んだ。


「それでいいのです。ノル、私の可愛い弟。どうか生き延びて」


 アンナは小さな声でそう呟き、剣を抜いて山頂を指した。


「さぁ、行きましょう! 目指す場所はあの先です!」



 森が開けた場所で敵は待ち構えていた。

 上り坂という不利な状況の上、倍以上の戦力差。

 唯一の救いは山道で足場が悪いため、敵が馬から降りていたことくらいだろう。


 ノルベルトを中心とした錐形の隊列を組み、雄叫びを上げ、ボロボロの兵士たちは坂道を走った。絶望の先にある未来への希望を届けるために。


 全身に剣を受けながら背後から味方に自分ごと貫かせる者。


 傷を負いながらも敵兵たちを抱きかかえるように倒れ込み、ノルベルトが駆け抜ける僅かな時間のために命を散らす者。


 血を吐きながら両手を拡げて敵兵を押しとどめ、背後にわずかな空間を作る者。


 次々と削られるように味方が斃れていく。

 その中を――


「道を空けろぉぉぉぉ」


 アンナとノルベルトはお互いを支え合うように、駆け上がっていた。

 アンナの脇から大量に流れる血は、すぐに治療を開始しなければ命に関わるものだろう。

 ノルベルトの背には二本の矢が刺さっていた。


 それでも、二人の足は止まらない。

 あと少し。

 あと少し。


 だが、国境まで残りほんの十歩というところでアンナは背後から投げられた槍で貫かれた。


「ぐふっ」


 口から血を噴き出し、よろめく。


「姉さん!」


 姉をかばうようにノルベルトは両手を拡げた。

 二人の足はついに止まってしまった。


「ノルベルトぉぉぉ!」


 アンナは目の前に立つ愛しい弟の襟を掴むと、最後の力を振り絞って放り投げた。


 坂の上へ。



「無駄なあがきを……殺せ」


 追っ手を率いていたギードは、放り投げられた衝撃で動かないノルベルトを殺すように指示を出した。

 だが、部下達の様子がおかしい。


「どうした!?」

黒家(こっけ)です! 黒家の兵が展開しています!」


 山頂へ移動し反対側を見ると、そこには黒衣の騎兵部隊の姿。

 中央には特徴のある黒い長槍を構える大男。


「黒家エインワーズか!」

「ギード様! 王子の身体は山頂を超えています!」


 あと一歩。

 あと一歩の距離だ。

 この僅かな距離の間には絶対超えてはいけない、見えない線がある。


 不意打ちのようにグランツ王国へ攻め入り、撃退されたのは二年前。

 そして結ばれた屈辱的な十年間の不戦条約。

 ヴェルフ王国には今すぐ開戦をする理由も、余力も無い。


 ギードは任務に失敗したことを知り、その怒りの矛先を探した。



 地面に落ちた衝撃で一瞬気を失っていたノルベルトは、倒れて動かないアンナの姿を見つけ、よろよろと立ち上がった。


「ノル……無事……よかった」

「姉さん!」

「駄目!」


 どこにそんな力が残っていたのだろう。

 戻ってこようとするノルベルトを見て、瀕死のアンナは叫んだ。

 ノルベルトの足が止まる。


「行きなさい……」

「そんな、姉さん!」


 そのアンナにギードは近づくと、おもむろに、剣を突き立てた。

 何度も振り下ろされる剣。


 何度も刺されながらも、アンナはじっとノルベルトをみつめ続けていた。

 呻き声すら上げず、ノルベルトをみつめる。


 だからノルベルトは動けない。

 姉と約束を交わしたノルベルトは動けない。


 最期まで、最期の瞬間までアンナはノルベルトから視線を外さなかった。



「ノルベルトよ。女を犠牲にしてまでつないだ命だ。せいぜい大事にするがいい」


 アンナが事切れたことを確認すると、ギードは剣についた血を払った。

 国境を境にして相対する二人。


「僕は……戻ってくる。必ず。そして王都まで続くこの道を笑いながらお前達の血で染め上げよう。それまで国はお前達に預ける」


 血走った目でそう告げると、ノルベルトは祖国に背を向けた。



「ほう、倒れぬか」

「お父様、助けて差し上げないの?」


 エインワーズ公クライヴの隣には、美しい金髪の少女の姿があった。


「お前を殺すかもしれない男なのだろう」

「お従兄(にい)様ですよ」

「私には、お前の命の方が大切だ」


 キャロラインはその言葉に笑みを浮かべた。


「変えられぬ運命など認めない。お従兄様はその最初の鍵です」


 クライヴは娘の言葉に溜息を吐くと、こう言った。


「なら賭けよう」

「何をですか?」

「彼が私の元へ倒れずに辿り着けば、その命を助ける。だが、途中で倒れるようであれば殺す」



 ノルベルトは重い身体を引きずるように一歩ずつ、整然と並ぶ黒衣の集団に近づく。

 一歩、また一歩。

 一歩、また一歩。



「エインワーズ公とお見受けする」

「いかにも」


 クライヴは目の前に立つ少年を計るように見た。


「ヴェルフ王国が第四王子、ノルベルトだ。貴公にこの身柄を預けたい」

「それが我が国にどんな価値を?」

「貴国が我が祖国に攻め入る際の錦にでもなろう」

「ふむ」

「お父様!」


 そこへキャロラインが口を挟んだ。

 ノルベルトが視線を送る。


「君は?」

「エインワーズ公が長女キャロラインです。殿下の従妹(いもうと)ですわ」

「従妹?」

「お父様、もういいですよね。賭けは私の勝ちです」

「そうだったな。我が妹の遺児ノルベルトよ。当家がその身を引き受けよう」


 その言葉に安心したのかノルベルトがふらついた。

 慌てて馬から降りたキャロラインがその身体を支える。


「お従兄様、もう大丈夫です。お休み下さい」

「感謝……を」


 そう言ってノルベルトは意識を失った。その身体をキャロラインは抱きしめた。


(お従兄様の命を使って私は運命に抗う。私を恨むかしら。それでも悪役令嬢としてただ破滅を待つだけなんて私は認めない)


「誰かお従兄様の治療をお願い。お父様、早く帰りましょう。お母様が心配しますわ」

「マリーがか? 心配するくらいだったら兵を率いて加勢にきておるわ」

「それが心配なのです。お母様はいつもやりすぎます」

「確かにそれは困るな。心配のあまりヴェルフ王国を滅ぼしかねん。お前達、急いで撤収だ。マリーが我慢できなくなる前に戻るぞ!」


 慌ただしく動き出した黒衣の騎士たちは、山頂から睨み続けているギード達を無視するかのように、その場を撤収した。

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