エルリアルドの剣 ~魔女の猫カフェで猫になったら?~
猫カフェでお茶を飲んだら、みんな猫になりました。
これはきっと『猫の魔女』の仕業に違いありません!
お店の女店主が魔女だったなんて、何たる迂闊。気が付きませんでした。
私――メリアは魔女見習い。
魔法には自信があったのに、とんだ失態です……。
「にゃぁ」
「なごー?」
茶トラ模様の猫は、元・アルドくん。
凛々しくて頼りになる剣士なのに、今はすっかり猫の姿に。
ぴんと立った耳に、長い尻尾。人懐っこさはそのままに家猫ちゃんの雰囲気です。
その横でちょこんと座って、毛づくろいをしている黒猫は、妹のエルリアちゃん。ちょっぴり神秘的な不思議な雰囲気のエルリアちゃんに、黄金色の瞳がよく似合っています。
「にゃん」
「にゃぁ?」
二人、いえ二匹は寄り添って、いちゃいちゃしはじめました。
茶トラのアルドくんが、黒猫のエルリアちゃんに顔をすりすりとこすりつけます。そして上に乗ってごろん、ごろん。仲良くにゃぁにゃぁとじゃれ合います。
まぁ、二人は普段からこんな感じなのですけど……。
猫になってますます歯止めが無くなったと言いいますか、仲良し感が加速しています。
もう、羨ましい。というかアルド君のシスコンにも困ったものです。
もしかして、自分たちが猫になったことに気がついていないのかしら?
「しゃぁ! シャアアッ!」
俊敏な動きで、早速近くの窓枠に駆け上ったのは、元ロリシュさん。
森の狩人たるエルフ族だけあって、猫の種類はベンガルみたいです。
グリーンアイが印象的。山岳地帯の山猫のようなブチ模様が体についています。
「ぎにゃぁ!」
店にいた他の猫達を威嚇して、この店の頂点に君臨しようとしているみたいです。
まぁ、あの子は普段からあんな感じなので違和感ないですね。
「……ミァ?」
そして、ガラス窓に映る私は白い猫。
種類はマンチカン? なんだかわからないけれど、まぁ白猫ならイメージぴったりね。
あっ、アルドくんがこっちに来ました。
「にゃぁ」
えっ……? 顔を舐めてきます。だめ、でも。あっそんな、嬉しいっ。
「にゃごー」
「にゃーん」
普段はこんな事しないのに(あたりまえですけど)アルドくんったら大胆すぎです。
ここは――人里離れた森の中。
ぽつんと一軒たっていた可愛いお店『猫カフェ、またたび亭』。
その名の通り、周囲にはマタタビの木があり、実をつけています。
エルリアにかけられた「竜の呪い」を解くために、東を目指して旅をしていた私たち。
途中の森で見つけた猫の足跡型の看板と「美味しいお茶とケーキあります★」の張り紙に誘われて、お店に足を踏み入れました。
カランコロンと軽やかなドアベルが奏でる音と、焼き菓子の甘い香り。
「いらっしゃいませー」
マスターは綺麗な女の人でした。
アルドくんなんて、その時点からデレッとしましたっけ。
店の中には猫が何匹かいて、窓辺でひなたぼっこをしていました。猫ちゃんはみんな人懐っこくて可愛くて。遊んであげて、思わずお店のテーブル席でくつろいでしまいました。
そして、マタタビ入のハーブティと、木の実のケーキもとっても美味しい。
ほっ……と一息ついたとき、気がついたら猫になっていたのです。
この店いる猫たちも、きっとお客さんとして来てしまった人たちに違いありません。
つまり、この店のマスターは人を猫に変える悪い魔女……!
「あら? 貴女だけ意識があるのですね。うーん……魔女さんですか?」
「なーご! ぐるぐる(こうみえても私だって魔女です! まだ見習いですけど……)」
私は近づいてきたマスターを威嚇しました。
きっと魔法耐性のお陰で、人間としての意識を保てるのでしょう。これもリヒテロッタ先生の下で厳しい修行を積んだおかげですね。
こんな時、頼みの綱のアルドくんは……?
ロリシュのベンガル猫に「あそぼう!」と飛びついて、猫パンチをくらっています。何をやっているんですかもう。
こうなったら、ピンチを切り抜けられるのは私だけ。
「折角だから猫になりきればいいのに。勿体ないですよ?」
「にゃおー!(そうはいきますか!)」
爪を立てようとした私は、マスターにひょいっと抱きかかえられてしまいました。
「おーよしよし、可愛いですねー、うりうり」
「なー……ご(やめ……あうっ)」
喉やお腹をそんなに撫でられたら、とても気持ちいいに決まってるじゃないですか!?
おのれ悪い魔女め、負けるもんですか……でも、気持ちいい……。
その時です。
「きゃぁ!? だっ、ダメよそれは大事なマタタビなのにぃいいっ!」
マスターが慌てて店の外に飛び出していきました。
私たち猫も、開いたドアから店の外へ。
すると、店の周囲にあったマタタビの木を、黒い毛並みの大男がバリバリと食べていました。
『メゲェ?(美味い、最高だぜ?)』
ゆっくりと振り返ったのは、黒山羊のペーター君でした。
もっちゃもっちゃとマタタビを枝ごと噛み潰しながら、メェと一声。黒い毛をはやした筋肉もりもりの大男、だけど顔だけが黒山羊です。
アルドとエルリアの大親友、先月『野菜の魔女』ヴェシータの魔法の野菜を食べてから、人間(?)に変身出来るようになった特別な黒山羊くんです。
「いっ、いやぁああ!?」
猫の魔女さんが頭を抱えてへたりこみました。
そりゃそうでしょう。
地獄から召喚された悪魔みたいな見た目ですし。
すると「ぼふん」と音がして、私たちの魔法が解けました。
次々と猫から人に戻ります。
「あれ?」
「おー?」
「えぇ……!?」
三匹で団子になって遊んでいたアルドくん、エルリアちゃんにロリシュも気が付いたようです。
「貴女の企みは、全部まるっとお見通しですっ!」
私はメガネをくいっとさせながら、ビシッと言ってやりました。
勝った、魔女に勝ちましたよ。
何もしてませんけど……。
「あっ、すみませんお客さま。本当は二十分ぐらいで元に戻るんですけど、こんなに早く戻しちゃって……。よろしければ、もう一度体験なさいます?」
猫の魔女が申しわけなさそうに私たちにいいました。
「……え?」
店の看板をよく見ると、小さく注意書きがありました。
『猫カフェで猫になりきってみませんか? 魔法のハーブティで猫気分を味わえます。★猫になりますが二十分で元に戻ります』
「え、えぇっ……それじゃぁ」
「はい、私の魔法のハーブティで猫になって、楽しめるお店なんですよ。たまに説明書きを読まずにいらっしゃるお客さまもいますけれど……」
苦笑するマスターさん。
「す、すみませんっ……てっきりわたし」
店に居た猫たちは、どうやら本物のネコだったようです。
『メゲェ?』
ペータ君の食べたマタタビは猫たちのおやつや、ハーブティの材料だったみたいです。
マスターさんは優しい人で、ペーターくんの摘み食いを謝ったら笑顔で許してくれました。
「アルは人懐っこすぎ。もうすこし節操もって」
ご満悦のアルド君に、すこし恥ずかしそうなエルリアちゃん。
アルド君の横っ腹をぐりぐりとしています。
「えー? 僕何かしたっけ?」
アルドくん、覚えていないのですね。
もしかしてエルリアちゃんは、意識が少しあったのかも知れません。彼女がその身に宿す「竜の呪い」は強力な魔法。その影響かもしれません。
ということは私の事をペロペロしたのも覚えていないのですね。
「もう少しで店のボスになれたのにさー」
ロリシュさんは何を目指していたのですか?
「はぁ、やれやれ」
こうして――。
猫カフェ騒動は幕を閉じました。
空は青くて、森では小鳥たちの楽しげに歌う声で満ちています。私たち四人と一匹の旅は、まだまだ続くようです。
遥かレムリア大陸の東を目指して。
<おしまい>
◇
アルド「特報……!」
エルリア「2020年4月」
ロリシュ「第二部、連載再開っ!」
メリア「『炎の魔女と歪みの塔』編」
ペーター君『メェエ(たのしみにな)!』