第36羽
ムキになって言っちゃったけど、良く考えたら空くんへの想いは誰にも言ってないんだった……。
……いいよね。 どうせ加藤さんになんかとっくにバレてるだろうから。 それに、言わずにはいられなかったんだもん。
今までたまってた鬱憤もあるし、今日なんか特にね。
―――うっ……! 加藤さんのあの表情……。
ぱっちりとした目を細めて、こんな女が私と張り合うなんて笑っちゃう、なんて思われてるのかな……だめ、今になって足が震えてきた……。
「こんにちはー」
私がこの状況に耐え切れなくなってきた時、またしてもタイミング良く緊張感を削ぐ声がして、空くんが常盤くんを連れてリビングに戻って来た。
―――た、助かった……。
常盤くん、度々ありがとう。
ほっとしている自分がちょっと情けないけれど、慣れない台詞を言っちゃったから仕方ないよね。
本質的に競い合うのは苦手な私があんな事言えるなんて、恋の力は偉大だ。
「い、いやぁ、なんか新鮮だね。 二人共私服もかわ……」
「さっ、じゃあそろそろ女子チームはお料理に取りかかりますか!」
常盤くんがもじもじと話している途中、加藤さんが “ぱん” と手を叩いてキッチンに向かう。
せっかく褒めてくれようとしていた常盤くんを無下に扱う加藤さんに、「はは……」と乾いた声を零す常盤くん。 私は、「ありがとう」と言ってから、加藤さんを追って乙女のキッチンへと向かった。
先にエプロンを身に付け終わった彼女は、
「私も負けないからね、ライバルさんっ」
そう言ってウインクをされた。
「……加藤さん」
一応、ライバルだと思ってくれてるんだ。 ていうか―――可愛い。
女の私が一瞬ドキッとする程だ。 ピンクのエプロンをした加藤さんは、本当に可愛くて、綺麗……。
「ほら、水崎さんもエプロンしなきゃ。 まさか空くんの借りるつもりじゃないでしょうね?」
「も、持ってきたよ」
そうだ、ぼーっとしてる場合じゃない、私も頑張らないと! あ、加藤さん、さっきのウインクは空くんにはしないでね、怖いから。
持ってきたエプロンを身に付け、私も準備に取り掛かる。 よしっ、いよいよお料理開始だ!
私達がキッチンで作業をしていると、空くんと常盤くんが様子を覗いている。 あ、あんまり見ると失敗しちゃいそうだからやめて……でも、嫌ではない、よ。
「こんな光景を見れるとは……灰垣くん、誘ってくれてありがとう」
「勇のおかげだね、男だけの家だから僕もなんか感動するよ」
も、もうその辺で……私ホントにダメになるから。
「空くんが来て欲しかったら愛里は毎日来てあげるよ?」
さすが加藤さん、褒められ慣れてる。 そんなの許さないけどね。
「き、記念に写メ撮ってもいいかなぁ、なんて」
そう常盤くんが言うと、
「いいけど、空くんの携帯で撮ってね」
「僕の?」
「だって常盤くんなんかスケベな顔してるから、空くん撮っても送っちゃダメだよ?」
「ひ、ひどい……」
加藤さん、さっき邪魔されたのを根に持ってるのかな? ごめんね、耐えて常盤くん。
「冗談だよっ。 はい、撮っていいよ!」
加藤さんが私の隣に寄り添ってくる。 別にいいんだけど、並んで撮られると、ほら……身長差が目立つんだよね………。
「じゃあ撮るね」
空くんが携帯をこっちに向けてくる。 ベタに私だけ首から下だけなんてことは……そんな事空くんはしない。
「はい、チーズ」
シャッター音がして、「一応もう一枚撮るね」と言われ、また何とか笑ってみる。
へ、変な顔してないかな、すごく気になる……。
「あ、灰垣くん、見せてっ」
「うん、どうかな?」
常盤くんが空くんの携帯を覗き込み、
「おお、いいね。 うちの台所に飾っておきたいよ」
「絶対やめてね常盤くん」
間髪入れずキツい一言を放つ加藤さん。
「………はい。 灰垣くん、ちょっと見ていい?」
「え? うん」
空くんの携帯の画面を常盤くんがタッチしている。 空くんは気にしてないみたいだけど、私だったらちょっと嫌かも。
「あれ? 水崎さんの写メがある」
「――えっ?!」
そ、そうだ、パンケーキ食べた時のやつ……。
「そ、それは……」
「前に出掛けた時に撮ったんだ。 パンケーキと真尋ちゃんがいい感じでしょ?」
空くん、嬉しいんだけど、やっぱり他の人に見せないで……。 私が恥ずかしくて俯いていると、
「空くん、女の子の写メを勝手に他の人に見せるのは感心しないねっ! 今後はやめなさい」
加藤さんが空くんにビシッと指をさして叱る。
「あ、そうだよね、嫌かも知れないし……ごめん真尋ちゃん」
「う、ううん、いいよ」
しょんぼりと私に謝る空くん。 撫でたい。 やっぱり何でも許してしまう。
「そらちは色々初心者なんだから、これから愛里が一つ一つ教えてあげるねっ」
「はい、よろしくお願いします」
「うん、素直でよろしい」
そらちって言わないで。
確かに空くんは部分的に疎い所があるかも。 でも、加藤さんに何でも教わるのは嫌です。 絶対に。
「常盤くんはホントそろそろいい加減にしてね」
「――ヒッ……! はい、ごめんなさい……」
凍りつくような冷たい声だった。 そして蔑むような目。 きっと常盤くんは戦慄した事だろう。 まあ、今回は常盤くんも悪いよね。
「ホントに空くんは女の子の気持ちがわからないんだから……」
「ご、ごめん」
空くん……。 そんなに言ったら可哀想だよ、ほら、落ち込んじゃってる……。
「加藤さん、私はそんなに……」
「私だって……傷つくんだから……」
―――え……そっち?!
てっきり私の事を言ってくれてるんだと………。
「僕、愛里ちゃんにも傷つくような事したの?」
「した」
不思議そうな顔で話す空くんに即答する加藤さん。
まあ、逆の立場だったら私も傷つくな。 好きな人の携帯に恋敵の写メなんてあったら……
―――大ダメージかも。
「気づかなかった、本当に初心者だな。 だからって許される事じゃないし……何かだめな所は言ってね、勉強します」
責められるのは可哀想だけど、加藤さんの気持ちもわかる……。
「じゃあ、撫でて」
「なっ?!」
ちょ、ちょっとそれは嫌なんだけど……!
キッチンから顔を出して催促するエプロン姿の美少女。 これは、キケン……。
「撫でれば、いいの?」
「そっ、傷ついてる女の子を慰めるのは当然の事だよ?」
「うん、そうだよね」
いや、違わないけど違う……! ああん、このジャッジ難しいやつだよ、あ、そうっ! 違わないけど嫌なやつだ、じゃあどうすれば……
―――あ、間に合わない。
空くんの手が加藤さんの頭を優しく撫でている。 それなのに、「だめ」とも言えない状況な気もするし……これが小悪魔の底力か。 加藤さんはやはり恐ろしい手練れだ。
「んふっ、許してあげる」
「ありがとう、ごめんね」
満足気に微笑む加藤さん、それを労わるような優しい笑みで応える空くん。
―――くっ……どっちも可愛い……。
ふと見ると、呆れた顔をしている常盤くんが視界の端に居た。 まあ、そうなるよね。
ていうか、この場合私も傷ついたんですけど、撫でてください。
………ダメか、私のはただの――― “嫉妬” だもんね。




