第12羽
いつも通り、一人の休日。
私は行きつけの美容院に行った帰り、特にやる事もなく街中のベンチに腰を下ろし、休日を楽しむ人々を眺めていた。
子供と手を繋いで歩く人、友人と、恋人と歩く人、私のように一人でいる人。 それぞれ違う休日、そして違う表情をしている。
私は、周りにどんな風に見えているかな。 多分、無表情に見えていると思うけどね。
「すいません、一人ですか?」
「………」
「時間あったら近くにお洒落なカフェがあるから、一緒に行かない?」
「………」
ナンパか。 こんな時はこの無表情が役に立つ。 黙ったままでいるだけ、それで相手に興味がないことを伝えてくれるから。
………ほら、いなくなった。
時間あったら? それだけはある。 それを一緒に過ごしたい相手は傍にいないけどね。
付き合いの長いお節介な美容師が、無駄に髪をセットしたからかな。 ナンパが近寄って来たのは。
「あの……」
………また? すごいね、美容師。
今度行った時、この話をしたら喜ぶかな? 私が言っても上手く伝わらないかも知れないけどね。
「澄田先生?」
「………」
――――うそ………。
先生、そう呼ばれたから、ナンパではないと分かってた。 学校の関係者、もしくは生徒、でも生徒で私の名前を知っているのは少ないだろう。 名乗らない事が多いから。
でも彼は、それを知っている僅かな生徒の一人。 そして、私も覚えている、一番印象深く……。
「やっぱりそうだ」
相変わらず明るくて、柔らかな声色。
私から周りの景色や音を消してしまう、その愛らしい顔で微笑む彼は―――
「灰垣……くん」
「はい。 こんにちは、この前はお世話になりました」
こ、この前……。
アレは、事故……事故、だから……。
きっと彼が言っているのは、保健室で休ませてもらった事だと思う。 でもあの日は、色々あったから……。
「どうしました?」
「………なんでも」
灰垣くんは余裕すらあるような態度で話しかけて来る。 てことは、気にしているのは私だけ。 情けない、こんな少年が何とも思ってないのに、大人の私が馬鹿みたいに狼狽えて……。
最初、眠っている彼が寝ぼけて私を抱きしめたのは……覚えてない、だろうけど。
最後は………。
「先生、もしかして……」
――な、なにっ?
灰垣くんが、私の顔を覗き込んでくる。
もしかして、『この前の事気にしてるんですか?』なんて言われたら恥ずかしすぎる……!
こっちは気にしてないのに、いい歳した女が何をそんなに……って思われて……
「熱あります? 顔、赤いです」
「っ!?………熱なんてありません、平熱です」
「そうですか、良かった」
………本当に、良かった………。 馬鹿にされなくて。
私は、やっぱり気にしてしまう。
あの時、灰垣くんと付き添ってきた女子との関係が気になって、そんな事を考えている自分が恥ずかしくなった。 その時、体温計が鳴り、私は足早にベッドにいる彼の元に向かった………。
気恥ずかしくて周りを見れなかった私は、ベッドの側にあったパイプ椅子に勢いよく躓いて、は、灰垣くんに倒れかかってしまい……その………。
身体を起こしていた彼を、また押し倒す形になってしまって、気付けば、彼の顔が……わ、私に………私の、む、胸に………
―――挟まっていた……。
彼が息苦しそうな声を出すから、私は慌てて、もがくように彼から離れようとして――――飛んだの………。
ブラウスのボタンが………。
はぁぁ………無駄に大きな胸も考えものね………。
私はあれから何度も、あの日の事を思い出してはジタバタとしていたのに、この少年は………
―――何も気にしないのね。
………いくら私でも、気に食わない。
普通このぐらいの男の子ってもっと感受性豊かで、ドギマギするものじゃないの? そんなに私には魅力がありませんか?
私の谷間に挟まれて、し、下着を見たくせに………私だけこんなの、段々腹が立ってきたわ……!
「灰垣くん」
「はい」
「休日に外で先生はやめてくれる? 周りに誤解を招くわ」
大体私は先生じゃなくて養護教諭なんだから、休日に生徒と会っているいけない先生に思われても困るのよ。
「そうですよね、すみません。 では、朋世さん」
「………」
―――はい………。
はっ……! つい心で返事をしてしまった……。
下の名前も覚えてたの? ていうか、選択がおかしくないかしら?! 普通 “澄田さん” をチョイスしない? 何で “朋世” になるの?!
こ、このコやっぱり、ちょっとズレてるのかな……。
「朋世さんも外では、空って呼んでくださいねっ」
「………はい」
―――あ……っ! こ、今度は現実世界で『はい』してしまった……!
見た目が無愛想なだけで本質は “ついていくタイプ” が顔を出してしまった……こんな年下に、情けない………。
「隣、座ってもいいですか?」
「………ええ」
……なんで、暇なの………かしら。 私も暇だけど……。
「この前と違って、いい天気ですね」
「……ええ」
この前は、雨に助けられた所もあるから、雨も悪く言えないけどね。
灰垣くんは、何の用事で来たんだろう。 私なんかと時間を潰していていいの?
だって、私と居ても、つまらないでしょう。
たった一人の、私の元恋人もそう言って―――
「朋世さん」
「は――……なに?」
「これから僕に付き合ってもらえませんか?」
「………」
「もしお時間あったら、ですけど」
―――それは………それだけは、ある。
一緒に、時間を過ごしたい相手が、傍に――――いた………。
「はい」
「本当ですか? 良かった」
そんな、嬉しそうに笑わないで……私、つまらないよ?
「あの、さっきから “はい” って……なんで僕に、そんな話し方するんですか?」
「癖よ」
それはね、勝手にそうなるの。
君に、
――――堕ちているから………。




