000、プロローグ
「だからさー、この混迷の時代、チャンスをものにしないとダメなわけよ?」
その夜――
俺はある知人の誘いを受け、普段行くことのない店で飲んでいた。
いわゆるところの、キャバクラというヤツである。
一応売れない漫画家仲間の集まり……ではあるのだが。
今夜の主催者は漫画家を廃業してアートだかデザインだかの仕事を始めた男。
漫画家時代から要領は良い男で、漫画も上手かった。
ただ、
「上手いというだけで面白くはない」
というのが、知り合いの編集者の意見である。
俺としては、少なくとも技術は俺より上だったなと思う。
ただ、続きが読みたい漫画家と言われれば、ちょっと頭をひねる感じ。
そいつはキャバ嬢相手に滔々(とうとう)と自慢をし、仲間にマウンティング。
客観的に見る分には面白くもあるが、近くにいると不快だ。
「だからさー、絵馬さんもいい年なんだから、そろそろ本腰入れてさー……」
黙って飲んでいると、俺をネタにしてきた。
年齢についてはこいつに言われたくはない。
「いつまでもやっすい風俗でぬいてないで、たまには良いオンナ抱かなきゃダメよ?」
と、強引にそばのキャバ嬢を抱き寄せていた。
まるで漫画の三流悪役みたいだが、現実だ。
ホンマにこんなことやるヤツおるんだなあ、と俺はむしろ感心してしまった。
キャバ嬢は笑っていたが、目が笑っていない。
ビジネスライクというのはこういう態度なのだろうか。
「あんたの面じゃさ、フツーは無理なんだから、せめて高級風俗とかさ……」
と、そいつはキャバ嬢に煙草の火をつけさせて、煙を吐き出す。
他の仲間は何か言いたそうにしている者もいたが、みんな口を出さない。
面白いくらいになり金丸出しの態度だが、自分で気づいていないようだ。
まあ、そういう立場になれば大方盲目になってしまうもかもしれないが。
だんだんウザったく感じてきた頃、スマホに着信があった。
確認すると、『これから迎えに行く』とのしらせ。
「おい、何してんのよ、俺がしゃべってんだろ? 見せろよ」
そいつは俺がスマホを見たのが気に入らないらしく、スマホに手を伸ばしてくる。
と、その腕を別の手がつかんだ。
そいつは苦痛に貌を歪め、手を引っ込ませる。相当強い力だったのだろう。
「タケオ殿。お迎えにあがりました」
そういうのは、我が家の同居人であるエルフだった。
褐色の肌に、ピンクがかった銀髪。すらりとした肢体。
あらゆる点で周辺のキャバ嬢とは比較にならない美貌。
自分より圧倒的に上の存在を見て、キャバ嬢を呆然としている。
「騒がせ賃だ――」
エルフは近づいてきた店員に、輪ゴムでまとめた高額紙幣を放る。
「では、帰りましょうか」
「ああ、うん」
俺が立ち上がると、エルフは俺の腕に手をからませた。
並ぶと俺より背が高いので、ちょっと恥ずかしいのだが。
「あ、タケさん、おつかれでした」
わりと仲の良い仲間の挨拶を受けながら、俺たちはキャバクラを後にする。
「タケオ殿はああいう感じの店がお好みなのですか?」
「いや、仲間内で誘われたからね。断った方が良かったかな?」
「ですね」
俺たちはそんな会話を交わしながら、夜のネオン街から帰路につく。
思えば、ずいぶん状況が変わってしまったものだ。
俺は最初にこのエルフと出会った時のことを思い出し、感慨にふける。
あの時から、世の中も色々変わってしまいつつあるが――
そういえば、このネオン街も少しさびれた感がなくもない。
始めは、まさに唐突だった。




