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努力の先に

作者: 和江と別府

「頑張る」困難に耐えながら努力すること。

「努力」目標の実現のために、心身を労して努めること。

「努める」力の限りを尽くしてあることを行うこと。

「耐える」持ちこたえること

「我慢」辛いことに耐え忍ぶこと

「苦労」物事が上手くいくように、精神的・肉体的に励むこと



辞書を引くと、括弧内の言葉はこのような意味をもつそうだ。

もちろん日常会話ではそれらとは違う使い方をしている場合も多くあるし、見るけれど。



「努力は必ず報われる」という言葉がある。



今度は「報われる」の意味を辞書で引くと、「払った労力に対して、ふさわしいお返しが来る」とのことでどうやら必ずしも目標の実現だけが努力を報うものではないとも考えられるだろう。



ふさわしいお返しが来ればよいのだ。



今度は「ふさわしい(相応しい)」釣り合っているとのことなのだが、こればっかりはどのような努力に対してどのような結果が来るのが相応しいかの基準は無い。それに往々にして自分も含めて、人は自分の努力は大きく他人の努力は小さく見えるものなのでややこしい。まして「心身を労する」の心の部分など他人が判断するのは非常に難しい(というか不可能である)



ほかにも耐えているだけでは努力でないなど、辞書にはやはり血が通っていないのかと思うようなことまで書いてあるように感じる。



ただ、それでも自分も他人もそれぞれが行ったと思う努力に対しその分の結果(目標実現でもそれ以外でも)が来たほうが心は穏やかだ。人の意見がどうであれ「やっても意味がなかった」や「やらないほうが良かった」と思うより「やって良かった」と思いたい。



事実はどうであれ思いたいし、事実やって良かったなら尚さら良い。

そして「やって良かった」と思えたら報われたということだろう。



大切な人ができた者を見た。その者が破れた夢のために費やした努力は、そこでの話のタネにしかならなかったけれどその種は確かに心に花を咲かせた。というのは臭い言い回しすぎるか。

そしてそれは当人にとって、相応しいどころか余るような幸せであるのは事実だ。



幸せを手にしたら今度は失う恐怖と向き合わなければならない。

ただ、その者たちはそれと向き合いながらも幸せそうで美しかった。

その者たちに老婆心で伝えることは何もないのであろう。



きっとこの世界には、努力した本人すら気づいていない「やって良かったと思える努力の結果」がある。

気づいていないのか、当人の意識はその先にあるのかは分からない。

ただ、もし気づいていないのであればどうか気づいて欲しい。




努力は必ず報われるかもしれない。









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