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37話・バレンタイン……


 バレンタインデイ当日――。


 誠高校では朝からチョコを求める男子と、チョコを渡したい女子とで混乱していた。その中でも一年のグレイの男は別格の存在だった。主に本命という意味で、石田勇のロッカーとバッグには数多のチョコレートで溢れかえっていた。


 勇は持ち切れないチョコの量を貰っている為、寺の住職にお願いして車で配送してもらうようだ。どうやら、恵まれない子供達などに配る予定らしい。


 そういう俺はもうグレイではないから、気合いの入る女子達からの告白ラッシュを受けていた。けど、全て断った。俺はもう自分の好きな人間は決まっているからだ。今、好きな女と付き合う事しか考えていない。


「ようやく下校時間か。帰ろう」


 下校のチャイムと共にスクールバッグのみの俺は誠高校を後にする。路地を抜けて誠駅とは逆の方向を歩く。ほとんどの生徒が通らない道で三人の女を待っていた。


「東からの風がやけに冷たいな……嫌なぐらい冷たいぜ」


 コートの中まで突き刺すような冷たい風が身にしみた。すると、黒髪ショートカットの女が早歩きでこちらに向かって来た。やけにロボットみたいに歩いてやがるな。


「お、おう赤井。私を選んでくれたらバレンタインチョコはやるぞ。感謝せよ」


「その時は感謝する。後は唯と東堂だな」


「あの二人もすぐに来るだろう。今日の目的地は決まってるのか?」


「今日の目的地は特に決まっていない。その辺の公園で発表するだけだ。個室に集まっても、そこから盛り上がるとは思えないからな」


「エグいな赤井。そこまで考えてるのか」


「選ばれた奴しか盛り上がらないだろ? だから発表したら解散になる。俺だって今は心苦しいんだよ。少なくとも選ばれない人間が二人もいるわけだからな」


 そうこうしてると、黒髪ポニーテールの東堂が現れた。そして最後に金髪巻き髪の唯がしかめっ面で登場する。


「どうした唯? やけに辛そうな顔だぞ?」


「新しいローファー履いて来たら足が痛いわ。まだ馴染んでないから辛い」


「別に急ぐ予定も無いし、ゆっくり歩けよ。確かこの先に小さな公園があっただろ。そこに行こう」


 こうして、バレンタインの俺の彼女発表をする為に公園に向かって歩き出す。公園に到着するまで全員が会話しないと思っていたが、東堂が嫌な沈黙の流れを断ち切った。


「今日、全てが完成するんだね。私の物語も完結できるわ」


「やっぱり今日のコトもネタにするのね。東堂さん、もしかして自信アリ?」


「西村さんの倍はね!」


「言うじゃないの……やはり東堂真白は強敵よ風祭」


「ん? 私の愛は赤井に届いているから私の圧勝だろう」


 俺の近くでよくこんな会話が出来るものだ。こんな発表前なのに唯と風祭のバトルを見る事になろうとはな。発表したら面倒な事にならないといいが。

 そして、少し先に公園が見えると全員が黙った。もう数分後には三人のウチの誰かが決まる緊張感が四人の男女の口を閉ざしていた。


(丁度、青信号か)


 信号が青になったので俺は先頭で渡り出す。風祭も東堂も続く。


「ちょい、待ってーっ!」


 新しいローファーの為、足に違和感を感じていた唯が遅れて来ていた。まだ青信号だからギリギリ間に合うだろう。俺と風祭は信号を渡りきる。東堂は遅れる唯を横断歩道で振り返って待っていた。


「東堂、先に渡った方がいい。唯なら間に合うだろ」


「そうだね。なら――」


『!?』


 突如、けたたましい音を上げつつ猛スピードで走る乗用車が迫って来ていた。背後にはその乗用車を追う警察車両がある。


(あの車、警察車両から逃げてる!? マズイ――)


 追跡される車はまだ横断歩道を渡っている唯めがけて突っ込んで来る! 右足のローファーに気を取られていた唯は、走って来る車を見つつ停止していた。俺も風祭も動き出すが、一番近い東堂が唯を押していた。


「西村さん危ないっ!」


「えっ……」


 という唯は押し戻され、横断歩道に残った東堂は乗用車にはねられてしまった。


『――!』


 その場の全員の顔が固まった。

 細身の東堂の身体が宙を舞い、そのまま硬いコンクリートの地面に叩きつけられる。時が止まったような一瞬が――とても長い一瞬が過ぎて地面に座る唯の叫び声が聞こえた。我に帰る俺は、風祭と共に東堂に近寄る。


「東堂! 無事か!?」


 警察車両に追われていた車の運転手もガードレールにぶつかった衝撃で意識を失っていた。追跡していた警官達は警察車両から降りた。すぐに俺は救急車を呼んで、激しく身体を打ちつけて動かない東堂に声をかける。唯も風祭も必死に東堂の名前を呼んだ。けど、白い顔から生気が消える東堂は何の反応も示さない。


 事故に遭う東堂は意識不明の重体だ。

 コンクリートの地面に溢れる生暖かい血が、東堂の生気を奪って行く。こんな事になるなんて予想も付かず、俺は東堂の名前を叫びながら絶望していた。


(俺は東堂を……)


 こうして、バレンタインの彼女発表は取り止めになった。その事に関して、唯も風祭も思う所はあるだろうが決して俺に答えを求めようとはしなかった。


 三日後になっても、病院に搬送された東堂の意識はまだ戻らない。このままだと、グレイの出版の件も白紙になるのは時間の問題かも知れない。こうして、俺の答えの発表が出せないまま、元の曖昧なグレイゾーンの関係として三人と付き合って行く事になった。


 恋と性欲と愛の区別が選択出来ないまま――。

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