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34話・逃亡


 マコトグランドホテルに一人で宿泊した俺は朝を迎えていた。昨日の夜に今、俺の身に起きている事を親には連絡していた。親が言うにはウチにおかしな事は起こって無いようで安心している。当然と言えば当然だが、不安の一つでもあった。歯を磨いて顔を洗う俺はあまり顔色の良くない顔を見て苦笑いをした。


「……ま、人生色々あるわな。レッド、グレイと来て俺の次の色は何になるやら」


 溜息もしつつ、俺は朝食を済ませた。そして、唯と風祭にLINEでメッセージを入れる。昨日の段階で勇にもメッセージしてあるから、今日はしっかりとお寺の掃除をしてるはずだ。そして、昼になり唯が東堂を連れてくる時間になった。俺は東堂をロビーで出迎えた。


「おう、東堂……って、あれ? 東堂一人だけ?」


「西村さんは誠高校の方にも不審者がいないか確認しに行ってくれたみたいなの。風祭さんも風紀委員会として動いてくれるよう。ごめんなさい……私の小説でこんな事になるなんて……」


「起きた事は仕方ない。とりあえず部屋に行こう」


 今後の話をする為に俺は東堂を部屋に連れて行った。コーヒーを入れて、甘い物が好きな東堂にドーナツを差し出したが今は食べる気がしないようだ。苦いコーヒーの香りを嗅ぎつつ、俺は少し固まっている東堂に話しかけた。


「変に落ち込むなよ東堂。別に俺も少し過剰なぐらいの防衛をしてたらこうなっただけだ。まさかホテルに泊まるとは思わなかった。でも、いつまでもここにはいられないし、東堂もそれは同じだ」


「そうだね。私の小説が赤井君に迷惑をかけて傷つけたのは全て私の責任です。ごめんなさい」


「あぁ、今回は俺も参ったよ。だからこそ、今後の対応はしっかりしよう。お互いの為にもな」


 そうして、少し東堂も落ち着いたようだ。無理に俺がドーナツを食べていると、ようやく東堂もドーナツを一つ食べた。一息入れて、二杯目のコーヒーを飲んでから俺はゆっくりと話し出す。


「……俺は個人的にグレイの件の対応は、出版社と話し合って東堂が判断するしかないと思ってる。まずは東堂自身が自分の作品をどうするのか? という事と、出版社も作者へのつきまとい行為を辞めるよう訴えてもらうしかない。まずは東堂自身の事を解決してくれ」


「私の件が解決すれば、赤井君へのつきまといも解決されるの?」


「それはわからない。けど、まずは東堂と出版社は何かをファンに向けて発信する必要がある。色々言われても、まだ本も出して無い作者へのつきまといはあり得ないからな。全て警察沙汰になると警告する必要がある」


「出版社の人も、私と会って話して今後の対策を取ると言ってた。でも、正直言ってグレイを出版するのは赤井君のプライバシーを出版するという事だよ? 私はソウジロウというキャラクターは赤井君そのままで書いているんだから」


「そう……だな」


 確かにそうだと、俺は思った。あのグレイという小説の主人公は俺をネタにしている以上、俺に似ているキャラクターだ。同時に、あれはフィクションでもある。ただのエンタメのフィクションなんだ。


「俺としては、グレイという小説は高校一年の一学期から二学期の思い出……としての小説だと思っている。それをたまたま東堂がネタにして書いてくれた。それだけだ。俺の作品ではないが、俺だけの作品とも言える作品だ」


「赤井君……」


 東堂は少し泣きそうな目で俺を見ていた。そんな東堂を励ますように話す。


「グレイという作品がこれだけ人気が出たんだ。出版社も認めたなら出すべきじゃないか? その為にわざわざ時間を割いて書いていたわけだろ? 俺をネタにした効果はあったじゃないか」


「有り過ぎた……ね。狙いとしては悪くないと思ったけど、自分と赤井君にまで実害が出るとなると出版への話は躊躇してしまうよ」


 やはり東堂としては、躊躇する面があるようだ。俺としてはファンがいる以上、出版という答えしかないと思っている。少し、二人の間で沈黙が流れた。


『……』


 すると、部屋のインターホンが鳴った。


「ん? たぶん唯だろ。俺が出る」


 スタスタと入口まで歩いて行く。念の為ドアスコープを見ようとすると、低い男の声が扉の前からした。その声の主の言葉の内容に戦慄する――。


「外道出版の者ですが、青眼マシロさんのインタビューをさせてもらいたいんですけど? よろしいですか?」


「……?」


 何でこんな場所に出版社の人間がインタビューしに来るんだ? と混乱する俺は息を呑んだ。そして、入口に歩いて来る東堂を制止する。ここで東堂を出すわけにはいかない。


(どうする? 俺はどうしたらいい? 東堂には奥に行って貰って、外の男にはここにはいいと言うしかないか……ここは俺の借りてる部屋なんだから、誰も入れさせない)


 扉の外の人間には青眼マシロはここにいないと伝える事にした。その出版社の人間を確認しようと、ドアスコープを覗く。茶色の長い髪の人間を見て焦る俺は扉を開けてしまった。


「やぁ」


「何で……勇がここに? インタビューの男は?」


「今の声は僕の声だよ? 低い声だと友達でもわからないもんだね。これはいい発見かも知れない。誰かに見られないウチに、僕も部屋に入れてね」


 マコトグランドホテルに青眼マシロへの本人インタビューまで来ると思いきや、隣の部屋にいたらしい勇が助けに来てくれたんだ。東堂も制服を着ている突然の勇の登場に驚いている。そして、勇は色々と話してくれた。


「実は昨日の夜から僕もマコトグランドホテルに滞在してたんだ。総司のピンチには、やっぱり僕が必要でしょ?」


「助けてくれるのは嬉しいが、変なネタを仕込むなよ。俺も東堂も今は変なネタに対応してる余裕は無いぜ?」


「だからこそやったのさ。外道出版という点で気付いてよ。それに、総司は青眼マシロに関しては知らぬ存ぜぬを貫かないと。ねぇ、東堂さん?」


「ホント、石田君は神様のような人だね。常に友達のピンチに駆けつけるなんて、ヒーローしか出来ないよ。石田君もありがとう」


 そう言って、東堂は頭を下げた。確かに勇はヒーローかも知れないなと俺も思った。どこか勇は人を見守っている面がある。その勇にもコーヒーを入れてやり、俺達は少し落ち着いた。ふと、東堂は勇の制服姿を見て言った。


「今日、学校無いけど何で石田君は制服を着ているの?」


「これね。あえて誠高校の制服を着て誠駅周辺とかをウロウロしてみたんだよ。おバカさん達が引っかかるかもってね」


 わざわざ誠高校の制服を着て街を歩いていた勇は、誠駅前や誠高校付近などで調査をしていたようだ。どうやら唯や風祭と協力して、さっきまで行っていたようだった。


「実際、誠高校の制服を着ていたら知らない男にインタビューされたんだよ。青眼マシロの通っている高校の生徒だよね? ってね。今の時代、ネットで人気が出るとまだ素人であろうが関係無いようだね。警察沙汰になると凄んで追い返したけど」


「成る程な。そんな輩も実際にいるとなると、東堂も出版社と共に声明を出さないとならない。皆も協力してくれてるから、それを無駄にしない為にもな」


「そうだね。ここは毅然とした態度が大事だよね! やってやるわ!」


 その気合いが入る東堂に勇は拍手をしていた。でも、顔はすぐにマジメな顔になる。


「ホント、面倒な事になったね。でもさっきの僕のような事をする人間は今後も現れると思う。これからどうするかを考え、早く実行しないと」


 軽く東堂を攻めている感じがする勇は立ち上がって、スマホを眺めた。そうして、東堂は再度俺に確認するように言う。


「私は……グレイを出版した方がいいのかな?」


「それは東堂の判断だ。それに、もうネットにあるグレイは消えないんだからな」


「なら、私は私の意思を貫くわ」


 どうやら東堂も覚悟が決まったようだ。そうして、スマホで誰かと連絡をしていた勇は振り返る。


「帰り道の東堂さんは西村さんが何とかするよ。総司は僕と来て」


 いきなり、マスクとニット帽を渡された。勇もウインドブレーカーを着て制服を隠していた。そのまま俺は勇に連れられてホテルの部屋を出た。唯が来るまで鍵は開けるなよと伝えて、俺は東堂と別れる。どうやらそもそもの元凶である東堂の事を、勇は嫌っているようだった。


 その事に関しては何も言わず、俺はニット帽にマスク姿で自宅マンション付近まで歩く事になったんだ。怪しげな女達が存在する異様な場所になったエリアに辿り着いた。





「勇、あれはグレイのソウジロウファンというヤツだよな?」


「そうだろうねぇ。男のファンは東堂さんに行くから、ソウジロウの元ネタである総司のファンだよ。マスクは外さないようにね」


「わかってる」


 俺のマンションの近くには、確かにキョロキョロしてる見慣れぬ女達がいた。俺と勇は通りすがりの人を演じながら、その場を通り過ぎた。特に気付かれる事も無かったが、あまり生きた心地はしなかった。わざわざ自宅の前で変装してるなんて、バカらしいからな。そして、マンションから離れた場所で俺達は話す。


「これじゃ、自宅にも戻れないな。実物を見たら不快で仕方ねーよ。何なんだアイツ等は?」


「もし、総司の自宅付近が危ないと感じるなら少しの間、総司も僕の部屋に泊まるといい。総司の家族には話してもらう事になるけど、やはりグレイのソウジロウのモデルを知りたい女子がウロウロしてるようだから」


「別に俺はいいさ。わざわざ隠れる必要も無い。そもそも隠れるのは逃げだろ?」


 付けていたマスクを外して言う。


「イライラしないでよ総司。今は大事な時だ。東堂さんといた時は大人になれてたじゃん。実際にあの女達を見たからこそ、大人の対応をしないとね」


 その勇の言う「大人」という言葉がやけに癇に障った。それに、東堂は確かにこの事件の元凶だが、ここまでは想像していない。そもそも自分の小説がヒットするかなんて、青眼でもわからないからだ。


「……大人になったらわかる? 大人になったらわかるって何だよ? それはこの世の中に救いが無いという事を理解しろって事か?」


「総司、マスク。マスクは付けて。それに東堂さんにも少し甘いよ。彼女は遊びならいいけどそれ以外は向かない女だ。少なくとも総司にはね」


「何だよそれ? お前が東堂を評価するなよ。東堂を評価するのは俺だ。勇でもマジで許さないぞ?」


 挑発に乗ったのか、勇もイラついた顔を俺にして来た。でも少しずつ儚げな目で言う。


「僕はグレイゾーンのグレイ。少なくとも、総司よりは中立だ。それは君が一番しっているはず」


「……グレイゾーンだから人より苦労してて、世の中が見えてるって事か? お前の話はもう聴きたくもない!」


 キレてしまう俺はニット帽を地面に叩きつけた。どうやら、俺達の言い合いに気付いた女達が俺の顔を確認したようだ。ネットにアップされた画像と確認し、女は走って来る。


「総司逃げて! ここは僕が対処するから! 早く!」


「お前は俺の母親か? グレイ野郎」


 無償で助けてくれる勇に対して暴言を吐いた。俺は勇のような行動をする事が出来ない。したくも無い。昔の俺はムカついたら殴る。それだけで解決していたからだ。結局、俺はレッドの頃から本質は何も変わっていないと思った。それに絶望した俺は駆け出している。


(逃げるなら、どこまでも遠くに逃げてやる――)


 その逃避行は、そこそこの距離のエスケープだった。いつの間にか、電車を乗り継いでいた俺は修学旅行で来ていた箱根のエソラ旅館に逃げていた。


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