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33話・押し寄せる濁流


 そして、東堂との約束の日になった。場所は年末のデートと同じ誠駅前のミブカフェで待ち合わせをしていた。外が見える窓側の一人の席に俺はいた。気持ちを落ち着かせる為に早めに来て、俺は一人カフェラテを飲んでいる。


(……)


 あの年末の日は真冬の池にも入ったし、その後に東堂にキスをされた時に何かがあったかも知れない。そこの話は今日は聞くかはわからない。まずは青眼マシロという作者のグレイというネット小説について聞かないとならないからだ。


(このカフェは基本的に人が多いし、もう少し落ち着いた所に移動した方がいいな。意識し過ぎかも知れないが、グレイというキーワードで反応する奴がいたら困るし)


 二杯目のカフェラテを飲み干すと、もうすぐ待ち合わせの午後一時だとスマホで確認する。すると、スマホにLINEからのメッセージがあった。東堂かな? と思いつつLINEを開くとやはり東堂からのメッセージだった。しかも、その内容は俺にとって意外なものだった。


「……今日は来れない? どういう事だ?」


 東堂からのメッセージは今日は行けないというメッセージだった。突然の事で俺も驚いているが、先の文を読んでいると行けない理由は自分のファンにあるらしい。細かい事はメッセージするよりも、唯と風祭に伝えてあると書いてあった。


(何で唯と風祭に? 東堂はファンがいる……のは当然だがそれは小説のファンだ。まさか、インタビューの背後の姿だけで熱狂的なファンが生まれたのか? そっか……まだ高校生だ。美少女高校生とインタビューにもあったから、青眼マシロを知りたい奴は暴走してしまうな……)


 その五分後に本当に金髪とショートカットの女達は現れた。東堂と待ち合わせをしていたカフェに唯と風祭が現れたんだ。




 三人になったので外が見える一人がけの席から、空いていたテーブル席に座る。そして、唯と風祭は東堂に起こっている事を話し出した。


「総司、落ち着いて聞いてね。東堂さん、昨日の夜に誠駅前で知らない男に声をかけられたようなの。それはどうやら青眼マシロのファンみたいなの。青眼マシロが誠高校の生徒というのもバレてるようね。どうやら誠高校の生徒達もグレイという作品を盛り上げようと、裏で盛り上がってるようだよ」


「知らない男に? 確かにそれは東堂のメッセージにもあったな。でも誠高校の件は知らないぞ? そこを説明してくれ」


「これを見てくれ赤井」


 と、風祭は自分のスマホを俺に差し出した。風祭のスマホを見ると、誠高校の裏サイトで俺や東堂の事が色々と書かれていた。まだ出版こそされていないが、ネットでの人気は凄まじい青眼マシロの正体と、元ネタの俺を知りたい人間が多数いるようだ。モザイクこそあるが、ネットに上がっている写真は俺と東堂と判断できる写真だった。


「これは……マジなのか。ここまでもう盛り上がってるのか。東堂がインタビューを受けたのがネットの記事になっただけで、ここまで特定されてしまうのか……」


 まさか、あんな顔もわからない背後の姿の東堂から人気に火が付き、それが俺にまで波及して来るとは思わなかった。誠高校の誰かが見つけて、そのタイトルの「グレイ」というキーワードから俺の存在が元ネタと気付いてネットにアップした。


(こうなると、誰も信用出来なくなるな……クソッ、俺もグレイなんてやるんじゃなかって思えてくるぜ……)


 投げやりな気持ちになるのを察する風祭は心配そうに聞いて来た。


「赤井、大丈夫か? 西村の話を聞けそうか? もっと人がいない場所へ移動するか?」


「いや、いい。続けてくれ唯。俺は大丈夫だ」


「その顔はどー見ても大丈夫じゃ無いわよ。私と風祭に嘘は通じないわよ総司」


 無理をしているのを察する二人は頷き合う。そして、少し周囲を気にした唯は小声で言う。


「東堂さんの家の近くにも、怪しげな車が止まっていて出るに出られないようなの。それに、総司の顔もバレてる人間にはバレてるからここから出た方がいいわ。少し、人気の無い場所に行きましょ」


 そうして、俺達は駅前のミブカフェを出た。そのまま唯を先頭に歩いて行くと、唯と共にクリスマスイブに来たマコトグランドホテルに辿り着いた。そのまま唯は中に入るので、俺と風祭も中に入って行く。その客室内に入ってから深呼吸をした。俺は部屋のソファーに座り、二人は向かい側のソファーに座った。


「……わざわざここを用意してくれたのはいいが、ここまでする事なのか? 俺は芸能人じゃないぞ?」


「芸能人じゃないけど、総司を芸能人扱いのようにしてる人間はいるのよ。ねぇ、風祭?」


「そうだぞ赤井。私と赤井のマンション付近にもウロウロとしてる見慣れない女達がいた。まだハタチ前後ぐらいの女達だからおそらく……」


「俺達のマンション付近に……マジかよ」


 流石にそこまでは考えていなかった。東堂が狙われるのはインタビューを受けているから仕方ないとして、俺の自宅方面にも人が現れるとは予想外だ。その答えを唯は教えてくれる。


「簡単に言うなら、その女達はグレイの主人公であるイケメンのソウジロウ。つまり、赤井総司に会いたい。そして、青眼マシロのファンは美少女の東堂真白に会いたい。絶対的な事は言えないけど、東堂さんが昨日駅前でファンに出会ってしまったのは偶然じゃなくて必然」


「なら東堂も俺にその事を早く言ってくれればいいのに」


 手を振る風祭はそれは違うという合図をしながら言った。


「それはキツイ意見だぞ赤井。流石に東堂さんも今日になって、自宅付近をウロウロしてる男達がいるとは思わないだろう。あくまで昨日だけの偶然。誠駅前での偶然だと思ってたはず」


「それもそうか。ならこれから東堂もどうするんだ? 俺も一度、東堂と話さないとならないと思ったからこそ今日誘ったのに」


 いつの間にかスマホを見ている唯は指を動かしながら言った。


「そろそろ東堂さんから電話があるかも。一応、ここに来てからメッセージしたから」


「マジか……うおっ! ジャストタイミング」


 唯の言った通り、東堂からLINEでの電話があった。それにすぐに出た俺は東堂の状況を確認する。


「大丈夫か東堂? コッチは東堂のお願い通り、唯と風祭が助けてくれた。ありがとうな」


「私のせいでゴメンね赤井君。コッチもおそらくファンらしき人は見かけないけど、今日は外に出るのをやめとくね。誠駅前とかは特に危険だろうから」


「東堂の身が安全なのが大事だ。ただ、今聞いておきたい事がある。いいか?」


「うん。いいよ」


 いつの間にか立ち上がっていた俺は、唯と風祭に見つめられながらその名前を言葉にした。


「作者・青眼マシロ。作品名・グレイ。これは東堂真白。お前の事だな?」


「そうだよ。インタビュー記事を読んでくれたんだね。話すの遅れてゴメンね」


「いや、いい。それじゃ、東堂も気を付けろよ。何かあれば警察。そして編集にも伝えておけ。インタビューを依頼したのは編集だろうからな」


「わかった。ありがとう赤井君。今度全てを話すわ。今後の事もね」


 その今後の事もね……という言葉で俺は少し安堵していた。そんな緩んだ俺を正すように唯が割り込んで来る。


「ちょっと代わって総司」


「どうした唯?」


「総司、邪魔。あー、私よ。西村よ東堂さん。いきなりだけど、明日にマコトグランドホテルに来てくれる? 私が東堂さんをここまで送るから、来て頂戴。総司を巻き込んだ以上、ファンから逃げても総司からは逃げないでね」


「わかった。明日はよろしくお願いします。西村さん」


「任せておいて。じゃ、また連絡するわ」


 勝手に東堂との約束を取り付けた唯は少しイラついた顔だった。この事態を招いた東堂が気に入らないが、ファンもファンだと思っているようだ。すると、少し蚊帳の外だった風祭が手を伸ばしていた。


「私も東堂さんと話したい」


「ふーん。なら話しなさい。私は総司と話すから」


 そう言って唯は風祭に俺のスマホを渡す。俺と唯はソファーに座った。もう切れてる……と風祭はボヤいているのは見ない事にした。


「総司の為にここは月曜の朝はまで借りているから月曜の朝までいられるわよ。とにかく、明日は東堂真白とグレイの件についてしっかり話す事。いいわね? 手加減すんじゃないわよ?」


「当然だ。俺も色々とネタにされて、こんな被害を受けてるんだ。東堂とはちゃんと話す」


「その気持ちを忘れないで。ピンチはチャンスよ総司。ここは利用された以上、何かで利用してやらないとね」


「何かで利用か。それも良い案だな。なら、明日は決戦だな」


 そう、明日は決戦だ。

 遠慮なく東堂に言う事は言わないとならない。お互いの今後の為にもな。そんな事を思いつつも、青い夜に東堂とキスをした出来事を思い出していた。二人が結ばれたかもしれないあの青い月の日の事を――。


 そして、そんな重い空気をブチ壊す事を風祭は言い放つ。


「三人でお風呂でゆっくりしようよ。な!」


『はぁ!?』


 この状況で何故そうなる!? と俺の言葉の前に唯が言った。


「変態か男女。何で三人で風呂に入るのよ? まさか、クリスマスに風祭とセックスしたの総司?」


「してない。キスまでだ。それは信じろ。キスまでしかしてない」


 ニコニコしてる風祭を見てイラついている唯は腕組みしつつも、その案に乗ったようだ。


「……まぁ、信じるわよ。なら三人で入ろうか。水着はレンタルしてね」


 そうして、俺達三人は水着になって俺達は大きめのバスタブに入った。唯のスレンダーな身体と、風祭の肉感的な身体は最高の目の保養だ。二人の肌の感触が、今の俺の荒んだ心を癒してくれた。


「悪いな二人共。こんな逃亡みたいな事に付き合わせて」


「気にするな赤井。人生色々だ」


「何語ってんのよ男女。で、これからどうするの? 東堂さんに出版を辞めてもらうのか、ネット小説も消してもらうのか?」


「それは、東堂と会ってから判断する」


 風呂の中で二人の肩を抱き寄せた。そうして、翌日なり一日遅れで東堂と会う事になった。

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