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32話・世間に広まるグレイ


 俺は、東堂真白の書いたであろう「グレイ」を読んだ――。


 連載されている話数は50話ほど。俺が今読んだ話は10話ほど。だいたい15分ぐらいで読んだ形だ。けど、これだけで充分だった。これだけでどういう内容かは理解出来た。


(……)


 ベッドに座りスマホで青眼マシロの小説を読んでいた俺は、スマホを置いた。隣にいる風祭もそれに気付いた。


「悪い風祭。今日は帰ってくれ。少し……一人になりたい」


「私が側にいちゃダメか?」


「悪いな。これは俺の問題だ。また連絡する。悪いな」


 あまり気分の良くない俺は風祭には帰ってもらう事にした。おそらく風祭もこうなる可能性がわかっていたようで、不安げな顔をして俺に聞いた。


「赤井。私は余計な事をしたか?」


「いや、いづれわかる事だ。東堂からの発表を待っていたけど、こうなる事は東堂もある程度はわかってただろう。早めにわかって良かった気がする。本として出される前にな」


「赤井……」


「今日はありがとうな風祭。三学期も初日は風紀委員会の風紀チェックがあるなら、風邪ひくなよ」


「あぁ、赤井もな」


 心配そうにしている風祭は自宅に戻り、俺は自室のベッドで横になった。そしてもう一度青眼マシロの書いたネット小説のサイトをスマホで開いた。


(これは東堂真白だ。間違い無く東堂真白。俺は東堂にどんな顔をして会えばいい? あの恐ろしい女にどういう顔をして……)


 東堂真白の書いたグレイの主人公は俺そのものだ。あくまでエンタメとして描かれているが、その行動や思考は俺にソックリだった。これは東堂の青眼によって見透かされた「俺そのもの」としか思えない主人公だったんだ。これがいつか出発される事になれば、俺が世界に広まるという事だ。


「風祭が知ったとなると、三学期が始まれば唯も知る事になるな。そうして、誠高校全体に広まって行く可能性がある。唯ならこんな時でも強気に笑い飛ばすんだろうな……」


 すると、スマホが反応してLINEでメッセージがあると画面に知らせて来た。まだ唯からのあけましておめでとうメッセージは来てないから、唯だろうと思ってLINEを開いた。


「あ……」


 青い月のアイコンの相手からLINEでのあけましておめでとうのメッセージが届いていた。そのメッセージを見て俺の手は止まっていた。それは黒髪ロングの魔性の女、東堂真白だった。


「……」


 その名前に、俺は恐怖していた――。




 それから俺は熱を出して寝込んでいた。

唯や風祭も連絡をくれたが、お見舞いなどは断っていた。医者からはインフルエンザではないとされていたが、俺は家族も風邪だと嘘をついて三学期に会おうと連絡した。


「今は……誰にも会いたく無い。誰にもだ」


 俺の全てを東堂にさらけ出されている感じが恐ろしかった。しかも、それがネット小説として人気が出てしまっていて出版化の話もある。そうしたら、俺は――俺のプライベートな事は――。


 エンタメのフィクションになっていても、東堂真白の書いた「グレイ」という作品は、俺にとって「リアル」な作品だった。


 それは三学期の始まり前にピタリと完治していた。そうして、東堂真白と再会する誠高校の三学期が始まった。






 誠高校の三学期は相変わらず風紀委員会が校門前で白い鉢巻を巻いて身だしなみチェックをしていた。竹刀を持つのは辞めた風祭は俺に気付く。俺は勿論、何も無く通り過ぎるが風祭には風邪は完治したと伝えた。

 一年一組の教室に到着すると、まだ東堂も唯も来ていない。クラスメイトと声を掛け合うと、黒髪になっている唯はマスクをして登校して来ていた。


「おはよう唯。……もしかして風邪か?」


「おはよう総司。風邪は完治したようね。私も少し風邪気味よ。休み明けはお互い気をつけないとね」


「そうだな。その黒髪はウィッグか?」


「あの男女がウルサイだろうからね。その為の対策よ」


 そうして、唯は自分の席に座りカバンを置く。すると、唯の後に入って来た生徒に気付いた。


「あ、東堂さんおはよう。東堂さんは元気そうだね」


 唯が手を振った先に髪が長く黒い色白の女がいた。勿論、東堂真白だ。


「おはよう西村さん、赤井君。寒くて私も風邪ひきそう」


「おはよう東堂。まぁ、東堂は小説で忙しいからな。あれから編集との話し合いは進んでるのか?」


「うん。進んでるよ。インタビューも受ける予定」


「え? 東堂さんインタビュー受けるの? 東堂さんかわいいから作者買いされるんじゃない?」


 身を乗り出して来る唯を押し戻す。まさか東堂もインタビューなんてネタがあると思わない俺は初手に失敗した。会った勢いのまま小説の話をするんじゃなかったなと思う。クラスメイトにも俺達の話を聞かれたくないから唯の耳元で言う。


「インタビューとかの話は東堂にとっても聞かれたく無い可能性もあるから、この話はやめておこう。それに後で話がある」


「わかったわ。後でね」


「そんなにくっついてどうしたの二人共?」


 ニッコリと微笑む東堂に俺と唯も微笑んだ。他のクラスメイトを警戒しつつ、俺は東堂に言う。


「東堂も小説を書いてる事は知られたく無いだろ? まだ本が出るかもわからないのに。だからこの話はまた今度だ」


「そうだね。でもインタビューに答えたらバレる可能性が高いよ。顔出ししなくてもね」


「そっか。この話は今度ゆっくりしようか」


 そうして、三学期の東堂との対面は終わる。放課後の帰り道に唯にも東堂のネット小説の件は話す事になった。唯もその小説を読み、作者名と内容から東堂真白だと断言していた。


 昼休みになり、教室で昼飯を食べる気がしない俺は、寒くて人のいない屋上へ来た。唯に東堂に風祭は、三人で食べてるようだか俺は混ざりたくなかった。他の女達もグレイではない俺に興味があるようだが、俺もあの三人を特別視してるのをわかってるから手を出せずにいる。

 その三人の女達も、文化祭で盛り上がり過ぎて人気が爆発したのもあり実は影で他の女達からは嫌われていた。そこまでは知らない俺は寒空の下の屋上にいる茶髪の男に声をかけた。


「久しぶりだな勇。お前とは一番久しぶりだ」


「当然じゃん? だって総司、風邪引いててお寺の掃除にも来てくれなかったし!」


「それは元々、お前の仕事だぞ勇。それを忘れるな」


 菓子パンを食べている勇の隣に座る俺は、勇の年末などを聞いたりしていた。何故かホストクラブの客達と国内旅行をしていたようで、寺の住職からマジ切れされたとしてへこんでいた。どこにいるか連絡はしていても、旅行までしてはダメだ。だから年末年始は勇から連絡が無かったんだなと思った。その勇はカレーパンを食べつつ聞いてくる。


「ねぇ、総司。クリスマスから年末は、特別な進展はあったの?」


「進展は……あったな。色々あり過ぎた……とも言える。恋と性欲と愛の区別があの三人でついた程だ」


 カレーパンを喉に詰まらせながらも、驚き顔の勇は興奮しながら言う。


「え! まさか、あの三人の誰かとエッチした?」


「……に近い事はしたな。でも本当に入っていたかは……」


「本当に入っていた!? 総司、誰としたの? 風祭さんか東堂さん?」


「……何故、唯が選択肢から消えてる?」


「だって西村さんが総司とエッチしたから、絶対に女王気分を周囲にわかりやすく表現してくれるはず。それが無いという事は、あの二人しかいないでしょ?」


「いや、実際は相手と交わった証拠も無い。それ程に謎の多い出来事だったんだ。あの女は……」


 淡々と話している俺の心を察したのか、クリスマスからの三人とのデートは決して楽しいだけのものじゃないと感じたようだ。


「成る程ね。ま、その話は話せるようになったら聞かせてよ。僕もその子は危険だと最近凄く思う。その子は総司を天国と地獄……いや、煉獄に連れて行きそうな女だと思うよ。気をつけた方がいい。総司はネタにされてるわけだから」


 確かに、あの三人の中で一番危険なのはあの女だ。独自の世界観を持ち、他人をネタして物語を生み出す魔性の女。

 唯一、東堂真白の中には俺の性欲を吐き出してしまいたいという欲望に駆られてしまう。それに負けないようにしないとならない。そうしないと、俺のセックスまでの話はまでストーリーにされてしまうからな。


 後はちょっとした雑談をしながら俺達は昼を過ごした。もう足元まで侵食している悪意の濁流に気付く事も無く。




 その半月後、あるネットの記事で東堂がインタビューで美少女と話題になっていた。顔出しはしていないが、背後だけで写った写真からの想像で火が付いてしまったようだ。

 そこから色々な情報がネットでは飛び交っている。これを知っている唯も風祭も、俺を心配し出していた。


「ここまで来ると、もう行く所まで行くしか無いな。これで本が出れば東堂は一躍スターだ。俺にも影響が無いといいが……」


 ネット記事のインタビューで、青眼マシロは東堂真白だと確定した。でも、それは本人と会ってから聞こうと思っていた。

 一度回り出した歯車は他の何かと噛み合ってしまうらしく、誠高校の人間がとうとう青眼マシロを東堂本人だと見つけてしまう。そうして、校内にもネット上にもグレイという作品はノンフィクションという噂が広がった。


 もう限界だと思う俺は東堂にLINEをした。そして、俺はLINEで東堂からメッセージを受けて二人で会う事になった。


 そうして、グレイという存在だった事への後悔さえする事が起こり始めた。

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