30話・青い夜に貫かれた月
青い月が見つめる地上で、ただ東堂真白の姿を追いかけていた。誠海岸公園内は人も多く無く、薄暗い園内で一人の人間を見つけるのはそこまで難しくはないはず。白い息を吐きながら髪の長い不思議な女を探す。
(東堂自体も足はそこまで早く無い。どこかに隠れでもしない限りは数分で見つけられるはずだ……)
脇道などを通らずに真っ直ぐ公園の歩道を駆けていると、青い街灯の下にブルーのコートを着た髪の長い女が俺を見ていた。
(……逃げるつもりは無いようだな。やはりあの女は三人の中でも異質だ)
どうやらこれは俺と遊ぶ為の鬼ごっこのようだ。けど、俺はこの鬼ごっこに乗らないとならない。またどこかへ走る女に駆けながら俺は話した。
「東堂! お前の目的は何だ? これも小説のネタなのか? お前の青眼には俺達の結末はどう見えている!?」
「フフフ。私は未来予知なんて出来ないよ。私と西村さんと風祭さんの誰を選ぶかもわからないし。こんな事をしていたら私を選ぶ確率は無さそうだけどね」
「なら、何故こんな事をする!?」
「赤井君の推測通り、小説のネタの為だよ」
東堂は路地を左に曲がった。そして螺旋階段のある方向へ向けて走る。
「好きな事を書いていいのが小説だろ? それもネットで書いてるなら東堂の自由のはず。それは想像で補えないのか?」
「想像も大事だけど、現実の刺激も必要だよ。想像だけだと地に足が付いて無い感じがする時もあるし」
螺旋階段を降りる東堂は池があるエリアに向かっているようだ。それを見た俺は更に加速した。
「あと赤井君。一つ言うなら、好きな事だけは書けないよ。ある程度はエンタメにしないと売れないしね。どうせ時間をかけて書くなら、まずは売れないとならない。自分を殺してでも売れないとね」
「なら――」
螺旋階段を降りずに、一気に下へと飛び降りた。
「……自分を殺して俺を物語にするのか?」
目の前に現れた俺に東堂は微笑んだ。ぐっ……と東堂の右手を握った俺は鬼ごっこの終わりを迎えた。その捕まった鬼は答える。
「自分を殺してるのは赤井君も同じだよ。恋と性欲と愛の区別なんてどうでもいいじゃん。もっと自由になりなよ。自由にね」
その青い瞳は俺の全てを見透かすように見据えていた。イライラする俺は自由に自分の意見を言ってしまう。
「東堂……お前はその青眼で、一体どれだけの人間の内面を見透かしていたんだ!? お前は他人をネタにして楽しんでる! 架空の小説でもそれはやってはいけない事なんだよ!」
この女の青い目が不快でたまらない。
この女は俺にとっての悪に思えて来た。
だが、どこか憎めない面もある。
まるでかつての唯のような感覚を覚えた。
そして、その青い目の女は言った。
「全てが見えないからこそ、人間は面白いんじゃない」
この女のたまに見せる陰鬱な感じに欲情してる自分がいるのを確信する。間違い無く東堂は俺の性欲を解放する存在であると思った。そしてそれを青眼で見抜いたのか、青い月を背後にする魔の女は言った。
「赤井君をネタにして成功したら、私と性交してくれる?」
「……お前は俺とセックスがしたいのか? お前が好きなのは小説だろう? そんな女とセックスなんて……」
「私は痛くても、赤井君は気持ちいいだけだよ。なら、そこまでのリスクは無いはず。私が嫌いなら仕方ないけど」
そして、ゆっくりと東堂は歩き出す。それに引かれるように俺もついて行く。空の青い月が水面に照らし出される池のある場所へ辿り着いた。その近くでくるっと一回転する東堂は長い髪を揺らしながら話す。
「物語で人が死ぬシーンは、夜景が綺麗だと映えるでしょう? この池なんて最高だと思うわ。青い月に照らされる死なんてね」
「そんなような事を前にも言ったな……」
「覚えてくれてたんだ。なら、それは本当か見ていてね」
「?」
「青い夜の赤井君が、月の私を貫いて」
言うなり、東堂が池に落ちた。
本気か――と思ったが助けるしかない! この寒さの中で池に落ちたら、池の冷たさで身体も動かずに溺れ死ぬ……。
「寒いが、仕方ない!」
水を含んだ服の重さを考えて俺はパンツ一丁になった。外の寒さも堪えるが、池の中はもっとヤバいだろう。けど、少しの間なら問題無い。風祭に言わせるなら気合いだ! 池の中に飛び込んだ俺は、腹に何かを打ちつけながらも腰あたりまで沈んでいる東堂を捕まえた。そうして、そのまま東堂を池の中から引きずり出した。そのまま俺は地面に倒れこむ。
「はぁ……はぁ……。東堂、お前の入水は失敗だ。こんな事をして何になるんだよ? 寒っ!」
「わざわざ裸になって助けてくれたんだ。やっぱ赤井君は面白いね。物語の主人公に最適過ぎて困っちゃうな。こんな死ねない池なのに」
「死ねない池? 何言ってんだ?」
「暗くてわかりづらいけど、冬はここの池の水も減るの。だから実際は膝ぐらいまでしか水は無い。暗いからかなり深く見えるよね」
「だから飛び込んだ時に胸を打ったのか! あの激突は池の底だったのかよ……」
マジか……と思いつつ、着ていたシャツで身体を拭いていた。確かによく見ると東堂は下半身しか水に浸かっていなかった。この状況ではそんな事を考えている余裕は無かったから仕方ない。
東堂もそうだろうが、俺もパンツもビッチョリだから後ろを向いてもらってる間に脱いだ。
(今日はノーパンで帰るしかないな。でも、東堂はどうするんだ?)
そんな事を思っているとしっかりと俺の着替えを見ていた東堂は語る。
「結局、赤井君は助けるんだよ。自分を欺いても、欺ききれないのが赤井君。だから私は貴方に興味を持った。白と黒を行き来してる心の葛藤……好きだよ」
「? おい、東堂。まだ着替え中だ――」
上のシャツしか着ていない俺は東堂に抱き締められた。顔が真横にあるから東堂の顔は見れないが、目の前の池の中に白いパンツが浮いているのが見えた。
「東堂、アレは……」
「いいよ。別に今は必要無いし」
「え……?」
唇を舐めて白い息を吐き出す東堂は俺を見据えた。相変わらず東堂の顔は見れずに抱き締められていた。全身が寒いはずなのに、身体の芯から熱さが込み上げて来る。目の前の女を犯してしまいたいという「性欲」が――。
「ねぇ、赤井君」
「何だ?」
「青い夜は月を貫くのよ」
「青い夜が月を? 何を言って……!」
芝生の上に押し倒されてしまい、ゆっくりと東堂は俺の上に乗っかる。芯まで冷えた身体の冷たさの中に、湧き上がるような変な熱さを感じる俺は、あっ……と声を上げるとキスをされていた。
『……』
そして遠くの青い月を見上げた東堂は言う。
「記憶に残る死を愛の花束に」
その意味があるのか無いのかわからない言葉を聞いた時、このまま東堂を犯してしまいたかった。それだけの官能的な場面だった。
そう、俺が東堂に芽生えていまものは「性欲」だった。これで、恋と性欲と愛の全てのピースが偶然にも揃ってしまう。西村唯、東堂真白、風祭朱音という三人の女によって、俺の悩みは具現化していた。
こうして、青い夜は終わりを告げた。




